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野菜を細かく切れるようになったと誉める母に○んでほしい




大学を卒業し、就職をしたのを機に独り暮らしを開始。

実家ではほとんど母に家事を任せっきりだったから、はじめは悪戦苦闘したものを、五年も経てば、人並みに料理がつくれるように。

難しい料理にも挑戦しだして、そのことを帰省したとき話したら「ふーん?じゃあつくってみなさいよ」と母が挑発してきた。

「台所で火事を起こさないでよ」といつものように小言も忘れず。


つくったのはビーフシチューとサラダ。

「へー!やればできるじゃないの!」「野菜、細く切れるようになったじゃない!」と拍手されて満更でもなかったものの、以降、帰省して料理をふるうたび同じ文言で誉められて、だんだん不愉快に。

「いや、はじめて料理をつくってあげたときから細く切れていたし」「何回、同じこといったら気が済むの」と苦言しても「えー?そうだっけ?」「誉めてあげているのに、なーに怒ってんの!」と笑いとばされる。

たしかに誉められて苛だつのは理不尽だし、自分が子供っぽいようで嫌気がさすし、でもやっぱり「細く切れたわねー!人って成長するものなのねー!」と大袈裟にやんややんやされると、馬鹿にされているように思えてならず。

結局、実家で料理をつくるのをやめたのだが、それからというもの、なぜか母の提供する食事が不味くなっていった。


味付けが異常に濃かったり、辛い料理が甘かったり、野菜がぶつ切りだったり、吐瀉物のような見た目だったり。

料理が得意だと自負する本人は気にせず、ぱくぱく食べて「料理は経験がなんぼだから、はじめたばかりのあんたに、ここまでできないのは当たり前よ」「まあ、あんたも、これくらい野菜を細く切れるようになればねー」と偉そうにのたまうものだから頭が混乱してしまう。

なにかの当てつけか?と考えるも、いつものように自慢たらしく料理をふるまい、いつものようににこやかに皮肉る母は、悪意を自覚しているように見えない。

「人に説教できる料理か、これが!」とツッコミたいところなれど、否定的な言葉をしたらとたんに「どうせ、お母さんなんか居ないほうがいいんでしょ!そうでしょ!」と発狂して手に負えなくなるに「ちょっと食欲がないから・・」とやり過ごした。


そのうち味まで吐瀉物になってしまい、実家に寄りつかなくなったものの、海外に単身赴任している父がもどっきての久しぶりの家族団欒からは逃げられず。

母の提案で二人が料理をつくって父にふるまうことに。

わたしとちがい、父は思ったことをそのまま口にするタイプとあって、常軌を逸した母の料理の不味さを指摘しないはずがない。

だから、帰国前にきつく釘を刺しておいた。


「今、お母さんは精神的に不安定で、その影響で料理もひどいことになってるけど、なにもいわないであげて。

一口、二口、がまんして食べて、胃の調子がわるいからって謝って、のこりはタッパにつめてもらえればいい。

あとでわたしが、こっそり捨てておくから」


ふだんから父は無神経ながら、一人娘に甘く、わたしのいうことには従う。

指示どおり、食事会ではふるまってくれたが、ひとつだけ誤算が。

母がつくった、見た目も味も吐瀉物のようなビーフシチューを食べたあとの口直しにか、単純に旨いと思ってか、わたしのつくったサラダをばくばく食べたのだ。

「胃の調子がわるい」との設定を台なしに。

「どうしたものか」と焦るわたしを尻目に、母は「お腹が痛いっていうのは嘘なの!?」と怒ることなく「もうなによ!お父さん!」とけらけら笑ったもので。


「加奈に気を使うことないのよ!」


一瞬、飲みこめなかったのか、父はぽかんとし、でもすぐに「阿呆いうな」と眉をしかめた。


「料理はもうお前より、加奈のほうがうまいだろ」


父はわるい人ではないが、母に興味がなさすぎる。

おかげで思いっきり地雷を踏んだもので、慄然としたわたしがとりなす前に、母が急に立ちあがって天を仰ぎ「おぎゃあああああああ!」と赤ん坊のように絶叫。

狂うのを通り越して、悪霊にとりつかれたような有りさまだったが、声の発生源は大口を開けた母ではないよう。

ごとり、と重いものが床に落ちた音がして、テーブルの下を覗きこんだら血まみれの裸の赤ん坊が号泣していた。

スカートの中から垂れるへその緒で、母とつながったまま。


食事会が済んで早々「じゃあ俺はこっちでの仕事があるあら」と帰ろうとした父に呆れつつ「あれなに!」とすがるように聞いたら「ありゃ、かつて生まれなかったお前の姉だな」とあっけらかんと答えた。

わたしが生まれる五年前、母は身ごもったものの、交通事故にあって流してしまったらしい。

再び懐妊したなら、その忌まわしい記憶が悪影響をもたらすかもと危惧して、記憶を封印し、ぶじ出産したあとも忘れたまま、わたしには伝えなかったとのこと。

いや、あらためて告白されたところで、母が妊娠せずに超高齢出産をした謎の現象の説明がつかなくて、でも、わたしがショックを受けているうちに父は家をでていってしまった。


そりゃあ、わたしも追いかけるように逃げたかったが、へその緒をつけたまま、血まみれのまま、泣き叫んだままの赤ん坊を、愛しそうに抱いてあやす母を放っておけるわけがない。

病院にいかない?と聞くも「また、わたしの赤ちゃんを殺す気ね!」とヒステリックに噛みつくし、せめて赤ん坊の血を拭いたり、へその緒を切りたいところ「殺される!自分の娘に娘が殺されるー!」と頑として離そうとせず、ほんとうに噛みつきそうに暴れるし。

途方に暮れて疲れ果てたわたしは、テーブルに突っ伏していつの間にか眠ってしまったようで、気がつけば、玄関から笑い声が聞こえてきた。

お隣さんと話しているらしく、ぎょっとして玄関に向かうと、相かわらず、血まみれで泣き叫ぶ赤ん坊を抱いている。

が、お隣さんは笑みを絶やさず「あら加奈ちゃん、久しぶりー」と手をふってみせた。

どうやら、へその緒をつけたままの赤ん坊は、わたしと母にしか見えないらしい。

おそるおそる母と買い物にいって確かめてみたから、なにか抱えているような腕の形をしているのを不思議がる人がいたとはいえ、だれも悲鳴をあげたり110番せず。

本人にしろ、鼓膜が破れそうに泣き叫ぶ赤ん坊をうれしそうに抱きつづけながら、家事をしたりテレビを見たり花を生けたり、問題なく日常生活を送っていたので、わたしは予定どおりアパートへともどった。


アパートについたときは「すべて幻だったのではないか」と現実感がなくなったとはいえ、でないお乳を血まみれの赤ん坊にあげている、グロテスクな光景が忘れられず、悪夢にうなされつづけることに。

できたら二度と実家には帰りたくなく、母とも関わりたくなかったが、毎日、電話をして異変がないか確認。

母を心配してというより、なにか事が起こって赤ん坊の存在が世に知れわたったとき「どうして家族なのに放っておいたんだ!」と責められるのを避けるためというか。

それにしても前は一ヶ月に一、二回しか電話しなかったところ、毎日毎日、母と言葉を交わすのはかなり辛い。

不気味がって怯えるわたしの気も知らないで「もう甘えん坊なんだから!」と母ははしゃぎ、飽きもしないで「野菜はちゃんと細く切れるようになった?」と姑の鬼ババアのように、しつこくしつこく小言をぶつけてくるものだから。

もともと健康で元気はつらつとしていたのが、血まみれの赤ん坊と生活するようになってさらにパワーアップ。

ヒステリーを起こすことはなくなったが、妊娠しないで授かった子供をなんの疑問も持たずかわいがり、平穏に過ごしているほうが恐ろしいような。


この状況がつづいたら、へその緒でつながったままの赤ん坊を抱くあの人の介護を、いつかはすることになるのか・・・。

一ヶ月、一日も欠かさず連絡しつづけて、だんだんと心が病んでいき「ねー妹は、あなたとちがって、かわいげがないわよねー」と電話口でいわれようものなら怒りが湧くより、吐き気がするほど。

平均寿命の長いこの国にあって母はまだ若いほうだし、長生きしそうだし、先行きを考えると死にたくなる。

「いや、お母さんが・・・」と口にしかけて「なに?」と聞かれ「ううん!なんでもない!」と慌てて電話を切った。

もともと鈍感なうえ、血まみれの姉に夢中な母は、察しなかっただろうものの、翌日、電話にでず。


居ても立ってもいられなくなって、急いで実家に帰ったなら母が台所で倒れていた。

ほほ笑んだまま、片乳をだしたまま、首にへその緒を巻きつけたまま、死亡。

腰が抜けたように床にへたりこんで、やおら辺りに目をやるも、血まみれの赤ん坊は見当たらない。

母に視線をもどして、へその緒の先っぽが切れてるのに気づき、呟いてしまった。


「ありがとう、姉さん・・・」


「いや、お母さんが・・・」と暗い本音をこぼしそうになったとき、電話の向こうで血まみれの赤ん坊は勘づいたのかもしれない。

親の死に悲しむより胸を撫でおろし、姉に感謝をするわたしも、母のことはいえず正気の沙汰ではないだろうが、生まれてこのかた、これほど心の安らぎを覚えたことはなかった。








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