15. それが白石のやり方(偶然と信じたい)なのかもしれない
15. それが白石のやり方(偶然と信じたい)なのかもしれない
白石はオレの部屋のソファーにごろりと寝転がりながら、間の抜けた声で言った。
「ただいま~。疲れた~」
「ここはオレの部屋だぞ? お前は隣の部屋だ。」
何を当たり前のことを言っているんだ。ここはオレのプライベート空間であってお前の部屋じゃない。毎日のように来ているとはいえ「ただいま」と言われる筋合いはない。オレは冷蔵庫に向かいながら、白石の方を振り返らずにそう言い返した。
「あ。先輩。私オレンジジュースで」
……なんだこいつ。何当たり前のように頼んできてんだ。まぁ、用意しないと騒ぐだけだろうし、ジュースくらい用意してやるけど。
「あの先輩? 私、思うことがあるんですけど……?」
まだ何か言うのか。思うこと? どうせまたオレをからかうか、訳の分からない要求をしてくるだけだろう。経験上、こいつが「思うこと」に期待することなんてものは何もない。関わらないのが一番だ。オレは返事をせず、オレンジジュースをテーブルに置き、そのまま参考書に視線を落とし、無視を決め込んだ。
「無視しないでくださいよ!」
ソファーからむくりと体を起こした白石が、抗議の声を上げた。
「うるせぇ。どうせくだらないことだろ?お前は自分の部屋に帰れよ」
「とても重要な話なんですよ!」
「は?」
重要な話? こいつの言う「重要」は、世間一般の「重要」とはかけ離れていることが多いけど……重要なのか本当に……とりあえず顔を上げて白石を見た。彼女は少し頬を膨らませて、至って真剣な表情をしていた。
「私たち付き合ってるのに、なんで一緒に登下校しないんですか? その方が一緒にいる時間長くなりますよ? 良くないですか?」
オレの頭の中で、ぷつんと何かが切れる音がした。まただ。また、その前提から入るのか。何度否定すれば理解するんだこの女は!
「良くないな。お前とは付き合ってねぇし。だから登下校しない。以上。」
簡潔に、かつ分かりやすく、そしてこれ以上論じる余地はないとばかりにオレは言い切った。これ以上話しても無駄だ。オレとこいつは恋人でもなんでもない。ただの隣人、そして先輩後輩だ。いい加減その現実を受け入れてほしいもんだが……こいつにはどうやっても通用しないらしい。オレが突きつける現実をいつも自分の中の都合の良い世界観で塗りつぶしてしまう。
オレの断固とした態度に、意外にも白石はあっさりと折れたように見えた。
「そうですね! 先輩がそう言うなら、仕方ありませんね……」
おっ?本当か?諦めてくれたのか?良かった良かった! これで、この面倒くさい『付き合ってる前提』から解放されるのか。この人を振り回すウザい後輩とも、少し距離を置けるかもしれない。オレの心の中で歓喜の歌が流れそうになった。ようやく平和が訪れる――
「じゃあ、私がこれから毎朝迎えにいきますから!」
――と、思った矢先。白石は、まるで最高のアイデアを閃いたとでもいうように、キラキラした目でそう言い放った。
「は?」
「そしたら一緒に登下校できますよね? 明日から早起きしないと!」
白石は、もう明日から一緒に登下校することが決定事項であるかのように、楽しそうに計画を立て始めている。脳が、彼女の論理についていけない。いやいやいや。おかしいだろ。なんでだよ。どういうことだよ、それが「仕方ありませんね」の結論になるんだよ。
「だって先輩と一緒に登下校したいですもん。ほんの些細な彼女のお願いくらい聞いてくださいよ!」
彼女のお願い?オレの理性のタガが外れそうになる。ソファから立ち上がり、白石に詰め寄った。
「だから付き合ってねぇだろ! いいか、絶対迎えにくるなよ? 来たらもう、2度と部屋には入れないからな!?」
今回は本気で、こいつの奇行を止めたいと思った。部屋に入れない、というのは半分脅しだったがそれくらい言わないと分からない気がした。オレの剣幕に、白石は少し怯んだように見えた。そして観念したようにため息をついた。
「わかりましたよ……素直じゃないんだから先輩は!」
結局、白石が本当にオレの部屋まで迎えにくる、という非常事態は起こらなかった。さすがに、部屋に入れなくなるのは嫌だったのか、それともオレの真剣な顔に少しだけ思うところがあったのか。
しかし、なぜか分からないが学校までの道や、帰り道でたまたまばったりと一緒になることが増えた。そして、そうなると白石は当然のように隣に並んで歩いてくる。まるであの時の「一緒に登下校したい」という願いが別の形で叶っているかのようだ。
(結局、こいつのペースに巻き込まれるんだよな……)
オレの抵抗も虚しく、白石の強い意志(と偶然)によって、オレたちの『一緒に登下校』は、いつの間にか当たり前の日常になっていた。
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