最終話: 『愛する人と、愛する国で』
帝国の「審判」は、静かに、しかし絶対的な効力をもって実行された。
『遠見の水鏡』を通して全世界に公開されたのは、捕らえられた王国特殊部隊の痛ましい証言と、離宮襲撃の動かぬ証拠だった。聖女を力ずくで奪おうとした王国の野蛮な凶行に、近隣諸国は戦慄し、一斉に王国との国交を断絶。完全な孤立状態に陥った。
国境を封鎖され、いかなる支援も断たれた王国の崩壊は、驚くほど早かった。
蔓延する疫病と飢饉に、統治機能は完全に麻痺。民は国を見限り、王宮には怒れる民衆が押し寄せた。偽りの聖女リナは、その魔性の魅力も虚しく、民衆の怒りの渦の中へと消え、王太子アルフォンスもまた、すべての権威を失い、歴史の闇へと葬り去られたと伝え聞く。
自らが犯した愚行の代償として、かつて栄華を誇った王国は、静かに、しかし確実に、歴史からその姿を消していった。
一方で、光を取り戻した帝国には、希望に満ちた報せが舞い込んだ。
「陛下! 北の『嘆きの氷壁』にて、巨大な『月光石』を発見いたしました!」
カイゼル様の遠征部隊が、多大な犠牲を払いながらも、ついに聖女の力を増幅させるという伝説の触媒を発見し、帰還したのだ。
帝都の中央広場に運び込まれた月光石は、それ自体が淡い光を放ち、周囲の空気を浄化しているかのようだった。カイゼル様に促され、私がそっとその冷たい石に触れた、その瞬間。
私の体から、これまで感じたことのないほど強大で、温かい聖なる力が溢れ出した。純白の光が、私と月光石から、まるで太陽のように放たれる。その光は帝都を瞬く間に覆い尽くし、やがて帝国の全土へと広がっていった。
長年この国を蝕み続けていた「呪い」の根源が、黒い霧のように霧散していくのが見えた。大地は完全に癒え、空はどこまでも青く澄み渡り、帝国はついに、本来の緑豊かな姿を取り戻したのだ。国中が、割れんばかりの歓喜に沸いた。
すべての災厄が去り、帝国に真の平和が訪れた季節。
私とカイゼル様の結婚式が、盛大に執り行われた。近隣諸国の王侯貴族もこぞって祝福に訪れ、帝国が新たな時代の中心となることを誰もが確信していた。
純白のドレスに身を包み、カイゼル様の隣に立つ。バルコニーから国民の歓声に応える私の胸には、もう一片の不安もなかった。私を溺愛してくれる最愛の人と、私を信じてくれる国民。ここが、私の本当の居場所なのだ。
――そして、数年の月日が流れた。
帝国は、聖女と賢帝の治世の下、かつてないほどの繁栄を謳歌している。
そして、私たちの腕の中には、新しい命が宿っていた。カイゼル様の黒髪と、私の瞳の色を受け継いだ、可愛らしい王子様。
「見て、エリアーナ。あの日、お前が初めてこの庭に花を咲かせてくれた」
「ええ。覚えていますわ、カイゼル様」
かつては不毛だった離宮の庭園で、私たちは家族三人、穏やかな午後の光を浴びていた。色とりどりの花々に囲まれ、幼い息子の笑い声が響く。
偽りの聖女と罵られ、すべてを失い追放された、あの日。
私の人生は絶望の淵にあった。でも、あの出来事があったからこそ、私は自分の本当の価値を知り、心から愛せる人々と出会い、このかけがえのない幸せを見つけることができた。
私の隣で、息子を愛おしそうに見つめるカイゼル様が、そっと私の手を握る。
その温もりを感じながら、私は澄み渡る青空を見上げた。私の物語は、最高の幸せと共に、これからもずっと続いていく。




