第13話: 『帝国の審判』
皇帝カイゼルの降臨は、戦いの終わりを意味していた。
彼の全身から放たれる、怒りと魔力が入り混じった凄まじい威圧感の前に、王国の精鋭であるはずの特殊部隊は完全に戦意を喪失した。
「ひっ……!」
リーダーの男は、作戦の完全な失敗を悟り、最後の抵抗としてエリアーナへと再び手を伸ばそうとする。だが、その動きはあまりにも遅すぎた。
カイゼル様の姿がブレたかと思うと、次の瞬間にはリーダーの男の喉元に、彼の剣の切っ先が寸止めで突きつけられていた。
「動くな。次に動けば、その首が飛ぶぞ」
人間離れした神速の剣技。カイゼル様はリーダーの男を皮切りに、残りの侵入者たちを、殺すことなく、しかし的確に関節や腱を断ち、完璧に無力化していった。その動きは、怒りに燃えながらも恐ろしいほど冷静で、彼の戦士としての、そして支配者としての格の違いを見せつけていた。
やがて後続の帝国騎士団が離宮になだれ込み、動けなくなった侵入者たちを次々と捕縛していく。嵐のような夜が、ようやく終わりを告げたのだ。
「エリアーナ!」
カイゼル様は剣を鞘に納めると、すぐさま私の元へ駆け寄った。彼の大きな手が、私の頬や腕に触れ、どこにも怪我がないか必死に確かめている。その瞳には、先程までの冷徹さはなく、ただただ私の身を案じる深い愛情だけが揺らめいていた。
「大丈夫です、カイゼル様。私は、どこも……」
言葉の途中で、私はハッとして、彼の手を振り払うようにして駆け出した。向かう先は、襲撃で傷ついた近衛騎士たちが倒れている場所だ。
「隊長! しっかりしてください!」
特に重傷を負った隊長のそばに膝をつき、私は彼の肩の傷口にそっと両手をかざす。そして、自分の聖なる力を、ただ一点に集中させた。温かな光が私の掌から溢れ出し、見る見るうちに、深くえぐられていた傷が塞がっていく。
「おお……聖女様の力が……」
「なんと、慈悲深い……」
その光景を見ていた他の騎士たちから、感嘆の声が漏れる。カイゼル様も、私の行動を何も言わずに、しかし愛おしさに満ちた瞳で見守っていた。私は、もう守られるだけの存在ではない。この国の人々を守り、癒す、未来の国母なのだから。
後日、捕らえられたリーダーの男が、カイゼル様の前で尋問にかけられた。
帝国の容赦ない尋問の末、彼はついに計画のすべてと、王国の絶望的な現状を白状した。食糧は完全に尽き、疫病は国中に蔓延し、もはや国家の体を成していないこと。この襲撃が、文字通り、破滅を前にした最後の賭けであったこと。
「聖女様を奪還できなければ……我々の国は、もう……」
力なく項垂れる男の言葉を聞き終えたカイゼル様は、静かに、しかし冷酷極まりない決断を下した。
会議の席で、大臣たちは口々に王国への侵攻を進言した。だが、カイゼル様はそれを一蹴する。
「腐った国を滅ぼすのは容易い。だが、それではエリアーナの聖なる力を、血塗られた争いのために使うことになる。それは私の本意ではない」
彼は玉座から立ち上がり、帝国が下す「審判」を宣告した。
「帝国は、本日をもって王国との国境を完全に封鎖する。いかなる物資も、人的な交流も、一切を断つ。彼らが自らの愚行が生んだ絶望の中で、静かに滅びていくのを見届けるのだ」
そして、彼は続ける。
「さらに、捕らえた賊の身柄と、今回の襲撃のすべてを記録した水晶を、再び『遠見の水鏡』で全世界に公表せよ。聖女を力ずくで奪おうとした野蛮な国が、どのような末路を辿るのか。諸国への、何より雄弁な見せしめとなろう」
それは、一滴の血も流さずに、しかし最も残酷な方法で、王国に終焉をもたらす死の宣告だった。
私はその決定に、何も言わなかった。度重なる裏切りと愚行の果てに、かつての故郷への同情は、もう欠片も残っていなかったから。そして何より、カイゼル様のこの決断が、私をこれ以上争いに巻き込ませまいとする、彼の不器用で、深い愛情の形であることを、痛いほど理解していたから。
北の地へ向かった遠征部隊の無事を祈りながら、私は、自らが招いた罪によって静かに滅びゆく故郷の運命を、ただ受け入れるしかなかった。
王国に残された、最後の審判が、今まさに下されようとしていた。




