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第12話: 『黒き皇帝の帰還』

 けたたましく鳴り響く警報の鐘は、悪夢の始まりを告げるゴングだった。


 離宮の庭に舞い降りた黒装束の集団は、帝国が誇る警備網を、まるで蜘蛛の巣を破るかのようにいとも容易く突破していく。彼らは魔法と特殊な暗器を使いこなし、駆けつけた警備の騎士たちを的確に、しかし命は奪わずに無力化させていった。彼らの目的が、私を「生きて」確保することなのは明らかだった。


「エリアーナ様、こちらへ!」

「きゃあ!」


 離宮の侍女たちがパニックに陥る中、私は恐怖で凍りつきそうになる足を叱咤し、思考を巡らせる。私がここにいては、皆が危険に晒される。しかし、むやみに逃げても、被害が広がるだけだ。


「未来の皇后陛下! 我々が死んでも、あなた様はお守りいたします! どうか、隠し通路よりお逃げください!」


 離宮を守る近衛騎士の隊長が、血路を開こうと剣を構えながら叫ぶ。その忠義に胸が熱くなる。同時に、強い意志が私の胸に灯った。


 もう、ただ守られるだけの私ではない。


 私は窓から庭を見下ろし、侵入者たちを睨みつけた。そして、強く意識を集中させる。


 ――私の庭を、私の大切な人たちを、これ以上傷つけさせはしない!


 私の祈りに応え、庭園が、まるで生きているかのように動き出した。私が育てた薔薇のしなやかな蔓が、鞭のようにしなって侵入者たちの足に絡みつき、地面からは樫の木の太い根が突き出して、彼らの進路を阻む壁となる。


「なっ……!?」

「植物が……動いているのか!?」


 予想外の抵抗に、侵入者たちが目に見えて動揺する。これは殺傷を目的としない、私の精一杯の抵抗。私が時間を稼いでいる間に、帝都の本隊が駆けつけてくれるはずだ。


 だが、敵の中に一人、格の違う男がいた。黒装束の集団を率いるリーダーらしき男は、襲い来る植物の妨害を、冷静に短剣で切り裂き、あるいは巧みな体術でかわし、一直線にこの部屋へと迫ってくる。


「陛下をお守りしろ!」


 近衛騎士隊長が、その男の前に立ちはだかる。激しい剣戟の音が響き渡り、火花が散る。しかし、実力は相手が上だった。甲高い金属音の後、隊長は肩を深く斬られ、苦悶の声を上げて膝をついた。


「やめて!」


 私は、倒れた隊長を庇うようにして、リーダーの男と対峙した。男の冷たい目が、品定めをするように私を見つめる。


「ようやくお会いできた、聖女様。大人しく我々と来ていただければ、これ以上の流血沙汰は避けられます」


 男が私に手を伸ばし、その指先が私の腕に触れようとした、その瞬間だった。


 バリンッ!!


 部屋の窓ガラスが、内側から弾け飛ぶようにして粉々に砕け散った。そして、夜の闇よりも暗い黒い影が、突風と共に部屋の中へと舞い降りる。


「―――私の宝に、指一本触れるな」


 地を這うような、怒りに満ちた低い声。そこに立っていたのは、遠い北の地にいるはずの、皇帝カイゼル様だった。彼の首からは、私が贈ったサファイアのお守りが、エリアーナの危機を知らせるかのように、淡い光を放っていた。


「な……ぜ、皇帝がここに……!?」


 リーダーの男が、初めて狼狽の声を上げる。カイゼル様は、遠征用の軽装鎧のまま、その手には抜身の剣を握りしめていた。彼の全身から放たれる怒りのオーラは、部屋中の空気を凍てつかせるほどに凄まじい。


 カイゼル様は、まず私の無事を確認するように一瞥すると、私を背中にかばい、王国の侵入者と対峙した。


 絶体絶命の危機に舞い降りた、帝国の黒き皇帝。


 戦況は、この瞬間、完全にひっくり返ったのだ。

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