第10話: 『聖女の証明』
私の凛とした宣言は、静寂に包まれた近隣諸国の宮廷に、さざ波のように広がっていった。水鏡の向こう側で、王侯貴族たちが驚きと疑念の入り混じった表情で私を見つめている。
特に、王国の宮廷では、アルフォンス殿下と偽聖女リナが、信じられないものを見たというように顔をこわばらせて固まっていた。
私は構わず、演説を続ける。その声は、もう震えてはいなかった。
「私はかつて、生まれ故郷の王国で『偽りの聖女』として断罪され、すべてを奪われ、追放されました」
私は悲劇のヒロインのように涙を誘うのではなく、ただ淡々と、客観的な事実として過去を語った。
「ですが、この呪われた帝国で、敬愛するカイゼル皇帝陛下に保護され、私は初めて自分の力の本当の意味を知りました。私の力は、この傷ついた大地を癒し、苦しむ民を救うための、唯一の希望なのだと」
私はそこで一度言葉を切り、水鏡の向こうにいる全世界の人々へ、力強く訴えかけた。
「ですから、王国が主張するような略取や監禁は、断じて事実ではありません。私は、私自身の意志で、ここにいます。私を心から必要としてくれるカイゼル陛下と、この国の民のために、私の力のすべてを捧げたいのです」
だが、言葉だけでは、まだ疑念は晴れないだろう。私は静かに目を閉じた。
「どうか、ご覧ください。これが、私の意志。私の祈りです」
意識を集中させる。対象は、この美しい庭園の中で、まだわずかに呪いの名残が燻る一角。私の祈りに応えるように、聖なる力が体中を満たしていく。
次の瞬間、奇跡は起こった。
水鏡を見つめる全世界の人々が、息をのんだ。私が意識を向けた場所の黒ずんだ土が、みるみるうちに生命力溢れる色を取り戻し、そこから、まるで純潔の象徴であるかのように、清らかな白い百合の花が、一斉に、次々と咲き誇っていく。
その光景は、どんな雄弁な言葉よりも、私の力が本物であることを、そして私の言葉が真実であることを、神々しく証明していた。
唖然とする諸国の前で、カイゼル様がそっと私の肩を抱き、一歩前に進み出た。その声は、皇帝としての絶対的な威厳に満ちていた。
「これが、我が帝国の『至宝』であり、私の愛する妻となる女性だ。彼女を『偽り』と断じ、無慈悲に追放した王国に、彼女を非難する資格がどこにあるというのか」
そして彼は、全世界に向けて宣告する。
「これ以上、我が愛する人と、我が帝国の名誉を傷つけるというのであれば、我々はそれを『宣戦布告』と見なす」
この揺るぎない宣言と、私が起こした奇跡。二つの決定的な事実を前に、国際社会の風向きは完全に変わった。王国は、慈悲深い本物の聖女を自ら手放し、あまつさえ敵国にその力を与えてしまった、愚かで卑劣な国として、その信用を完全に失墜させた。水鏡に映るアルフォンスとリナの顔面は、蒼白を通り越して土色になっていた。
最後に、私はもう一度前に進み出て、慈愛を込めた微笑みを浮かべた。
「私の力は、争いのためにあるのではありません。生命を育み、人々を癒すためのものです。私はこの帝国で、その使命を果たし続けます」
私の言葉を最後に、魔法通信は静かに終わりを告げた。王国の陰謀は打ち砕かれ、帝国の完全な外交的勝利が確定した瞬間だった。
「……エリアーナ!」
放送が終わった途端、緊張の糸が切れた私を、カイゼル様が力強い腕で抱きしめた。
「よくやった……! 本当に、お前は私の誇りだ!」
彼の胸の中で、私はようやく安堵の息をついた。この大きな試練を乗り越え、私たちの絆は、もう誰にも壊せないほど強く、固く結ばれたのだ。
だが、カイゼル様は私の髪を優しく撫でながら、低い声で呟いた。
「だが、これで終わりではない。追い詰められた獣は、何をするか分からん。奴らは必ず、次の手を打ってくるだろう」
彼の瞳に、新たな決意の光が宿る。
「だが、案ずるな。次こそ、どんな手を使おうとも、お前は私が必ず守り抜く」
王国の次なる一手は、もはや外交や陰謀ではないかもしれない。もっと直接的で、暴力的な手段。
新たな戦いの予感に身を震わせながらも、私はカイゼル様の腕の中で、強く頷いた。この人と共にいる限り、私はもう何も恐れない。




