第1話: 『偽りの聖女』
王城の大広間は、数多のシャンデリアが放つ光で白夜のように明るく、集まった貴族たちの宝石やドレスがその光を乱反射させていた。
公爵令嬢である私の名前はエリアーナ。この国の王太子、アルフォンス様の婚約者として、そして代々国を守護してきた「聖女」として、今夜も彼の隣に立つはずだった。
――そう、彼の隣に、あの少女がいなければ。
壇上の中央に立つアルフォンス様の隣には、私ではなく、可憐な笑みを浮かべる小柄な少女が寄り添っていた。名をリナという、数週間前に異世界から召喚されたばかりの少女。
集まった貴族たちの視線は、好奇と期待に満ちて壇上の二人へと注がれ、私、エリアーナの存在はまるで最初からなかったかのように、隅へと追いやられている。
「皆、静まれ!」
アルフォンス様のよく通る声が、広間の喧騒を切り裂いた。貴族たちが一斉に口をつぐみ、視線がより一層、壇上へと集中する。
「今宵、皆に紹介したい者がいる。我が隣に立つリナこそ、神々が我らに遣わしたもうた『真の聖女』である!」
高らかな宣言と共に、リナが一歩前へ進み出た。彼女がそっと両手を天に掲げると、その掌から眩いばかりの光の粒子が溢れ出し、広間を蝶のように舞い始める。光の粒子が触れた場所では、テーブルに飾られた花がより一層鮮やかに色づき、貴族たちの間からは感嘆のため息が漏れた。
目に見える奇跡。誰もが賞賛する、派手で、分かりやすい聖なる力。
アルフォンス様は満足げに頷くと、今度は氷のような視線を私に向けた。その瞳には、かつての親愛の情などひとかけらも残っていない。
「そして、ここにいるエリアーナ・フォン・クライネル!」
突然名前を呼ばれ、私の体はびくりと震えた。アルフォンス様は私を指さし、断罪するかのように言葉を続ける。
「お前は長年、聖女と偽り、王家と国民を欺いてきた! リナ様のような明確な奇跡を一度たりとも見せたことのない、偽りの聖女だ!」
偽り――その言葉が、鋭い刃となって私の胸を貫いた。
違う。私の力は、そういうものではないのです。私の力は、派手な光を放ったり、一瞬で花を咲かせたりはしない。ただ、私がそこにいるだけで、この国の土地が痩せるのを防ぎ、空気を浄化し、深刻な疫病の流行を阻んできた。目には見えないけれど、じわりと、けれど確かに、この国そのものの生命力を支えてきたはずなのだ。
「アルフォンス様、お待ちください! 私の力は……!」
か細い声を振り絞って反論しようとしたが、アルフォンス様はそれを鼻で笑った。
「黙れ! 言い訳は聞き苦しいぞ。お前のような偽物のおかげで、我が国がどれほどの危機に瀕していたことか! だが、もう案ずることはない。真の聖女リナ様が、これからの王国を導いてくださる」
周囲の貴族たちも「そうだ、そうだ」「偽物め」「よくも我らを欺いてくれたな」と、さっきまでの賞賛の声を、そのまま非難の刃に変えて私に突き立てる。誰も、私の言葉を聞こうとはしない。助けを求めようと視線を送った父である公爵も、家の体面か、王命への畏怖か、苦々しい顔で目を逸らした。
ああ、もう、私の居場所はどこにもない。
「よって、ここに宣言する! エリアーナ・フォン・クライネル! 貴様との婚約は、ただ今をもって破棄する! そして、国を欺いた大罪人として、永久に国外へ追放することを命じる!」
決定的な宣告が、私に下された。
抵抗する間もなく、屈強な衛兵たちが私の両腕を掴む。引きずられるようにして壇上から降ろされ、貴族たちの嘲笑と侮蔑の視線が作る道を、私は進む。最後に見たアルフォンス様の顔は、私という汚点を排除できたことに安堵しているかのように、晴れやかですらあった。
そのまま私は王城から連れ出され、ほとんど荷物も持たされぬまま、夜の闇が広がる王都の門の前に、一人突き放された。
背後で固く閉ざされた門の音が、私の人生の第一章の終わりと、絶望の始まりを告げていた。
行くあてなど、どこにもない。
冷たい夜風が頬を撫で、私はただ、これからどうすればいいのかも分からぬまま、暗い道の先を呆然と見つめることしかできなかった。