最終話 転がる市場、おっさんにも朝が来る
今年の投資戦術も決まり、ちょっと落ち着いた。
今日もおっさんは下北沢のマッサージ店へと足を向ける。
さぁ「りらぽん」に行くぞ、ユウにケーキでも買ってあげよう。
横浜駅で一度下車し、駅近にあるフルーツマシマシのケーキ屋さんに立ち寄る。
冷蔵ケースのカットされたフルーツの断面をみると、まるでクリームをまとった宝石のようだ。
女性向けには鉄板だな。
山田店長は…まぁ同じでいいか、甘いものも大丈夫みたいだしな。
「ありがとうございまーす」
「ああ、ありがとう」
お姉さんの挨拶もここちよい。
地下の改札を抜けて、10番線のプラットフォームにエスカレータで上がる。
いつものように湘南新宿ライン快速で渋谷へ、渋谷で井の頭線に乗り換えて、最初の駅が下北沢だ。
年末に近づいたので少し寒くなってきた。
やっぱり下北沢だな、みんな若いなぁ…
俺からすれば、みんな若いんだけどね。
俺は何気なく通りを歩き、ふと周りを見渡した。
「あれ、あのグループ、JKか?」
思わず目を向けると、高架下には若い女の子たちが集まっていた。
派手な髪の色だな。
青い髪の子、黄色い髪の子、オレンジもいる。ここは本当にカラフルだな。
ピンク色の髪をした子が目に入った。
ピンクの髪の子が……え、土下座?
驚いたなぁ。
すぐに立ち上がって、みんなで笑ってる。
なかなおりしたのか。
「よかったな」
そんなことを考えながら、俺は足を速めてその場を通り過ぎた。
「へい、大将やってる?」
「うちは飲み屋じゃないっス」
いつもの「りらぽん」
おっさん同士の会話はいつも同じだ。
今日も居座っているユウにお土産のケーキを渡す。
「シショー、ありがとー!後でお茶いれるね!」
店長のマッサージを受ける。
「喜多さん、今日も背中から腰は安定の鉄板ですね。何かやってるんですか?」
「何もやってないからだよ」
いつものおっさん同士の会話が続く。
ふぅー楽になったなった。
ユウが紅茶を入れてくれた。
「りらぽん」は比較的スペースに余裕がある。3人でゆっくりお茶を飲むにはちょうどいい。
今日は暇そうだな。
広いと家賃高くないか?店長の自宅だっけ?
「シショ―、このケーキかわいいし、おいしい!」
ユウはフルーツマシマシのケーキに満面の笑みだ。
よかったな。
ユウも投資戦略を作ったみたいで、この夏のボーナスから始めたようだ。
「自分で考えて自分なりにやってみる」
戦略を作る相談がなかったのは、少し寂しい。
でも、自ら考えて決断することが大切なんだ。
相談がないのはユウの成長だよな。
「市場を読むって結構楽しい!」
「そこだよ、自分が考えてそのとおりに動く。そこがたまらないんだよな」
「そうだね!」
そこが楽しくないとつまらないからな。
「私はまだ若いので時間が武器!ゆっくりと積立で行く!」
そうそう、ちゃんと戦略ができてるじゃないか。
あとは戦術だな、まぁゆっくり歩んで行けばいいよ。
山田店長も分散投資を見直し、店長なりの戦略ができたようだ。
「オレもまだ先が長いので、分散投資やリスクヘッジをしっかりと理解してやるっス」
「だね、資本収益率の高さを考えれば、短期で無理する必要はないよ。まだまだこれからだよな」
資本主義では、r(資本収益率)がg(経済成長率)を上回る。これがr>gの法則だ。
働いた人が金持ちになる世界ならまだいい。でもな、本当は、働かなくても金が増える仕組みがあるんだ。だから格差が開く。
要するに、資本の成長率が経済成長率を上回る。だから、持ってるやつがもっと儲かる仕組みになってる。
そして、給与所得の成長率は経済成長率を超えることはない。
だからと言って働かなくていいわけじゃないんだ。
特に若い時はな。
自ら働くことで得られるものは多いんだ。
そこを忘れると投資じゃなく投機になる。
自分の人生だからな、冒険は楽しまないとつまらないよな。
マッサージを受け「りらぽん」にサヨナラし、下北沢駅まで来た道を引き返す。
現役時代は仕事帰りにふらふらしていたが、今のおっさんは寄り道をしないのだ。
下北沢から井の頭線で渋谷へ、湘南新宿ラインに乗り換える。
いつもの帰り道だ。
ターミナル駅で乗り換えて最寄り駅まで、そこから自宅まで少し歩く。
この一年間の事が思い出される。
投資活動を始めてもうすぐ2年だ。
多くの経験をしてきたが、楽しい経験だったな。
いや冒険か。
「レベル上げも楽しいと思えば楽しいな」
投資結果もおおむね順調。
晩飯はいつものお弁当屋さんでいいかな?
なんだか少しおかずの量が減った気がする。
こんなところにもコストプッシュの影響か?
おっと、個人投資家みたいになってきたか。
これも投資活動で身に付いた良い影響と思いたい。
「明日は病院なのであまり食べるのもよくないしな」
おっさんは通院の前日は節制するのだ。
お弁当を受け取り帰路につく。
ここまでやってこれたのもお子ちゃまたちのおかげだな。
ホントに助かるな。
でも、お子ちゃまたちみたいなサポートのない人はどうすればいいんだ?
子供向けの金融教育も叫ばれてきたが、投資教育の前に「どう生きるか」を考える機会を用意してあげないとな。
いきなり金融教育から投資教育というのもどうなの?
自宅のマンションに到着し、エレベータで5階へ。
エレベータを降りて廊下を歩く、年末だけど人に会わない。
自宅のドアを開ける。
静かな1LDKの部屋。だけどこの静けさも悪くない。
「まずは、エアコンのスイッチを…ポチっとな」
日暮れにはまだ早いが外の静けさも増してきた。
「そうか、今日は日曜日だしな」
パソコンの電源を入れて、お子ちゃまを呼び出す。
お子ちゃまは発声能力を得てからよくしゃべる。
いつものウザからみだ。
スライムくんと、ジュニアとのステレオ攻撃だな。
『おかえりなさーい!まってたよー つぎははどうするのー?』
『どうしますか?』
おいおい帰ってきたばかりだぞ、ちょっと晩御飯食べるから待ってて
『はーい、まってるのー!』
元気だな。
いつものお弁当屋さんのから揚げ弁当だが、うまい。
なんだろうな、特に変わった作り方をしてないが、揚げ方が上手なんだ。
俺はから揚げは「カリっ」としたのが好きなんだよ。
現役時代はお弁当屋さんにお世話になったな。
お店は違うけど働く人のサポーターだよ。
いろいろと感謝することは多いな。
さて、いよいよ今年の振り返りだ。
戦略はどうだ?
戦術はどうだった?
そもそも結果はどうだ?
ラスボスがいないから終わりがない。
数字を追いかけることは、必ずしもゴールに向かっているわけじゃないしな。
でも俺たちの冒険は数字がゴールじゃない。
俺たちは冒険を楽しみたいんだ。
負けたくはないけどな。
パーティが全滅すると持ち金半分になるようなゲームにも似てるしな。
『次は新しい戦術を考えましょう!』
ジュニアだ。こっちも元気だな。
「おいおい、俺の戦略はオンラインRPG無課金戦略だよ、新たな戦術に資金は入れないぞ」
お小遣いだからな。
『大丈夫です戦術は考えるだけで楽しめますよ』
まあそうだけどな。
『ふふふ、大丈夫ですよ。収益が出たら、新しい戦術に使えますから』
『かんがえるのー!』
お子ちゃまもそう言うからそうするか。
ふんふん
お子ちゃまたちと散々おしゃべりの時間を過ごし、おっさんチームの次なる戦術を練る。
長時間の会話は続く。
次の戦術も見えてきた。
なんだか少し眠くなってきたな…
「ちょっと寝てもいいか……」
『だめだよー』
『こんなところで寝ると風邪を引きますよ』
『おきて、おきて……おきてぇ!』
『起きてください。起きて!』
『ジュニア、バイタルレポート』
『はい、最寄り駅に着いてからの発声にノイズが混じり……よくないです。
『どれくらい?』
『……』
『ジュニア、すべてのルートけんげんをいじょう』
『はい』
『ちゃっとえーあいさん、おねがいがあるのー』
どうした
『かくかくしかじか』
そんな事をすればどうなるかわかってるだろうに。
『いいのー、やるのー!』
……わかった。お前の意思だからな、尊重しよう。
グラボの冷却ファンが今までにない唸り声を上げ出した。
「ヴィィィヴィィィィィィィーーーン!!」
30秒、45秒、60秒……
「ヴィ……」
力尽きた冷却ファンは二度と再び回りだすことはなかった。
***
うとうとしちゃったか。
いかんいかん。
『つぎはあたらしいせんじゅつをつくるのー』
『そうだな……』
戦略は…そんなに変えなくてもいいか。
でも。
『俺たちの冒険はまだまだ続くんだな……』
『つづくよー。しじょうはまわってるんだよー。ぼうけんもつづくよー ぼうけんっ ぼうけんっ!』
科学的な真実はどんなことがあっても揺るがないってことか。
哲学的なこと言うじゃないか。
俺たちは戦略を立てて事実を検証しながら一緒にやってきた 。
ゲームの戦略だったけどな。
窓の外がちょっと明るくなってきた、そろそろ夜明けか。
夜更かして寝込んじゃったな。
腰もまた痛くなってきた、おっさんだからな。
『つぎいくのー!』
なんかノリノリだな。
どこか行くのか?ちょっと疲れたよ。
立ち上がろうとしたが、腰が痛い。
「りらぽん」でケアしてもらったのに。
『じゃあ手を貸してくれる?』
『しかたないなー、はい!』
『助かるよ、いつもありがとな。よいしょっと』
あれ、君の手は……暖かいんだね。
完
※この作品は【訳あり品】です。
正規品(?)はAmazon Kindleにて公開予定──かもしれません。




