第2話 覚醒と出発
俺は今、猛烈に悔しい。
なぜか胸がざわついて、落ち着かない。
下北沢マッサージ店の山田店長が儲けてるのが悔しいのか?
いや、違う。彼が得意げに語っていた内容に、自分が全然ついていけなかったこと——それが、一番こたえたんだ。
定年退職してから、「まあこんなもんだろ」と思ってた。
けど実際、何も“次”がないままの自分に、ちょっとした焦りがあったのかもしれない。
その焦りを、山田さんの一言がグサッと刺してきた。
「投資って、未来の自分に対する贈り物なんスよ。」
ぐうの音も出なかった。
***
翌朝。
コーヒーを淹れながら、パソコンの電源を入れる。
俺の相棒は、17インチのデカ画面ノートPC。老眼に優しいやつだ。
グラボもついてるぞ、オンラインゲームはやらんけど。
「投資 初心者」と検索。
出てきたのは大量の解説サイト、You○ube、SNS投稿……どれを見ても胡散臭く見える。
やっぱり、ウィキ○ディアにしよう。
一応、中立っぽいし、寄付したこともあるしな。
調べるのは久しぶりだけど、今は必要に迫られている。
***
まず、「証券口座の種類」から。
用語が多い……特定口座?分離課税にNISAか。
まあいい、今日は“何となく”でも頭に入れておくのが目的だ。
詳しく覚えなくてもいい。今、やることが大事なんだ。
そして気づいた。
これって、まるであの頃のRPGじゃないか?
はじまりの村で、最初に渡されたり見つけた、どうでもいい武器や防具。
知らない言葉、見たことない敵、手探りの探索。
ネットも攻略本もなかったけど、楽しかったよな。
となり町までもたどり着けず、全滅して、またやり直して。
そうだ、あれだ。今の俺は、投資というRPGのスタート地点に立ってるんだ。
***
よし、戦略を決めよう。
俺はプロでもないし、資金も潤沢じゃない。
だからこそ、「楽しむ」が最優先だ。
無課金おっさん式・投資戦略(初期案)
・お小遣いの範囲でやる(追加投資しない)
・無理しない(生活優先)
・楽しくなくなったら撤退OK
・情報は自分で集める(攻略本禁止)
ようするに「無課金プレイ」だ。
どこかの勇者みたいに、村人から始めて少しずつ世界を広げていく。
勝ち負けじゃなく、続けられる仕組み作りが大事なんだ。
***
次は作戦を立てる。
パソコンの表計算ソフトを開き、ガントチャートを作る。
投資の学習を「プロジェクト」として動かすなんて、現役の時みたいだな。
今月の目標:
・ウィキ◯ディアで用語を調べる
・証券口座をどう作るか調べる
・自分の投資ルールをまとめて整理する
そうだ、印刷して壁に貼っておこう。
画面だけ見てると飽きるからな。
紙にすると、ちょっと“本気感”が出る。
俺は17インチの画面を横目に、A4プリントを見ながら、ペンを走らせた。
まるで、あの頃の“攻略メモ”みたいだ。
いいじゃないか。これが俺のやり方だ。
***
「自分で考える」って、こんなに楽しかったっけ?
久しぶりに感じるワクワクがある。
誰かに言われたからじゃなく、自分で調べて、自分で納得するプロセス。
思えば現役時代、プロジェクトを回す時もそうだった。
他人任せにすると、必ずどこかでトラブった。
だから自分で考え、自分で行動してきたんだ。
今もそれは変わらない。
たしかに、もう俺は会社員じゃない。
でも、おっさんなりにも戦える場所はある。
それがたまたま「投資」というRPGだっただけだ。
***
こうして俺は、村人Aから一歩を踏み出した。
仲間もいない。師匠もいない。
だけど、剣のかわりに知識を、盾のかわりに経験を持っている。
それで充分だ。今はな。
※この作品は【訳あり品】です。
正規品(?)はAmazon Kindleにて公開予定──かもしれません。