第9話 芽生えた疑問、けれど今は戦火に身を投じて
「依頼……ですか? 俺……あっ、失礼しました。私に?」
戦艦ジャンプシー内にて補給中のシド(と09)が通信で会話しているのは、防衛艦隊司令のタック准将だ。
どうやらシドに依頼したい事があるらしく、直接アドホック号に連絡してきたようだ。
戸惑いの表情を浮かべるシドに、タックは「うむ」と小さく頷いて肯定する。
そしてタックは至極真剣な面持ちで「依頼」の内容を口にした。
『分かっていると思うが、現在、我が方の戦況は圧倒的に不利である。防衛線が突破され、コロニーが反乱軍に占領されるのも時間の問題であろう。この現状を打破するには、敵に想定外の甚大な被害を与えなければならない。そこでキミには、この「甚大な被害」を敵軍に与えてもらいたいのだ』
そんな無茶な、と叫びたいシドだったが、つい先程それを単機でいとも容易くやってのけたのが彼と09のアドホック号だ。
この後に准将の口から出てくるであろう悪夢のような言葉を予想し、シドはキリキリと痛みだした胃に心の中で涙を流す。
ただ、真面目な顔で続きを聞くようにする。それだけは頑張った。
『強力な武装を申請していたね。もちろん許可しよう。元々こちらから連絡するつもりだったのだが、折よくキミの方から申請があったので渡りに船だ。――キミには我が防衛艦隊が1発だけ保有する光子魚雷、これを託す。それを用いて敵第6艦隊旗艦「ナーグラート」を撃沈してもらいたい。これは敵陣に単機で突入し、見事敵艦を破壊したキミにしか頼めない事だ。どうか受けてほしい』
(ほら見ろ!)
やっぱりメチャクチャな話が飛び出てきたとシドは心中で叫ぶ。
確かに光子魚雷は反物質弾頭を備えた強力で非常に高価な兵器だ。当たれば重級戦艦だろうが何だろうが一発で消し飛ぶのは間違いない。
だが、そのナーグラートとやらは何処にいると言うのだろうか。いや、聞くまでもない。敵本隊のど真ん中であろう。
ワープ技術が発展した現代では、司令官が乗る艦をポツンと後方に置くことはない。周囲を護衛艦で固めながら中央部で指揮をとっているのが普通だ。
そしてそこには第6艦隊の精鋭もいるはずである。
シドはいよいよ本当に逃げたくなってきた。
モニターの向こうでは准将がシドを説得する為、熱のこもった口調で作戦の意義や報酬について話を進めている。
『ナーグラートを落とせば敵の戦力は大きく減じることになる。そうなれば敵軍は後から救援にやって来る子爵軍との戦いを恐れ、コロニーから手を引き撤退するはずだ。どうかキミの力でコロニーを守ってほしい。もちろんギルドとの協定で決められた報酬額に上乗せして特別報酬も支払おう。危険に見合った額を約束する。どうだろう、やってくれるか? シド・ワークスくん』
結局は、准将はシドに「コロニーの為に死んでほしい」と言っているに等しい。
断れるなら断りたい。だがそれは叶わないだろう。なぜなら――
『素晴らしい! この私に相応しいミッションです。ぜひ受けましょう』
とても乗り気なAIが一体いるからである。
敵を屠れるのがそんなに嬉しいのか。
シドは、ニヤリと恐ろしい表情で微笑む美しい女性の姿を幻視した気がした。
(畜生、この戦闘狂め! あーもう、受けるしかねえのかよ。どいつもこいつもクソがッ)
こうなればシドに選択肢は無いようなもの。できるのは心中で悪罵を吐くだけだ。
彼はもう諦めて唯々諾々と准将の依頼を受けるつもりである。
正常な精神だったらきっともう少し聞き分けが悪かったはずであるが、彼自身それに気がついていない。
この1時間の戦闘でだいぶ感覚がおかしくなっているようだ。
シドは諦観の境地でコクリと頭を下げ、薄っぺらい笑顔で心にもない力強いセリフを吐く。
仕事上、ファンや記者の前で意気込みを語るのは慣れている。心が死んでいても意外とスラスラ言葉が出てきた。
「私にお任せください准将閣下! 必ずや成功させてみせます!」
『ありがとう! キミは英雄だ!』
「ハハハッ、とんでもありません」
乾いた笑いがコクピットに響く。
スピーカーからは微かに、
『フェイク動画は必要ありませんでしたか。消しておきましょう』
と呟く09の声が聞こえてきた。シドの心の中にまた一つ悪罵が増える。
◇◇◇
コロニー防衛軍の作戦は単純だ。いや、そもそも戦力に余裕が無さすぎて複雑な作戦行動がとれないと言ってもいい。
ともかく内容としては、伯爵軍主力と相対する防衛軍第一部隊はそれまでの遅滞作戦を放棄し、一転して攻勢を仕掛け、無理矢理に乱戦へと持ち込んで敵を撹乱。
伯爵軍には破れかぶれの玉砕に出たと見せかけておき、その隙に本命であるアドホック号が重級戦艦ナーグラートを撃沈する。ただそれだけの作戦だ。
そして今まさに作戦は実行中。防衛軍第一部隊は艦隊を前進させ、3倍近い敵に対して奮闘している。
他の部隊を見ても、第三部隊は拮抗状態だが、第二部隊が敵に突破される寸前。敗北は間近である。
コロニー側に勝機があるとすればここが最後のチャンスであろう。
既に作戦の要であるアドホック号はジャンプシーから発艦している。
タック准将以下、防衛軍の将官たちは奇跡を願うような気持ちで作戦の成功を祈っていた。
この時、過言ではなくコロニーの明暗はシドと09に託されていたのだ。
そして当のアドホック号では、
「やべえ、感動だわ。まさか本物の戦艦のカタパルトから発進する経験ができるとは……!」
シドが逼迫した戦場にそぐわない場違いな感動で一人打ち震えていた。
緊張感の無いセリフに、09の呆れている気配がする。
『それのどこが嬉しいのですか? 当たり前の事でしょうに』
「わからないかなぁ? 憧れるもんなんだよ、オペレーターの人が『発進5秒前』とか『ご武運を』とかって言ってくれたり、『出るぞ!』とか言ってブースター吹かすの」
『ブースターを吹かしたのは私です』
つまらなそうにツッコミを入れる09。もし顔があればさぞ冷めた表情をしているだろう。
どうもシドのテンションがおかしいが、それは当然09も分かっている。
彼女はキッパリとした声でシドの頭を殴りつけるように言った。
『そろそろ現実逃避は終わりにしてください。集中できなければ私もあなたも死にますよ? カタパルト発進を最後の良い思い出にしますか?』
「うぐっ……」
現実逃避と切り捨てられ、顰めっ面で言葉に詰まるシド。
躁状態になって恐怖から逃れようとしていたが、彼女の言葉で現実に引き戻されてしまった。
目を背けていたものが再びシドの心に重くのし掛かってくる。
シドは恨みがましそうに文句を言った。
「お前……せっかく人が嘘でもテンション上げて乗り切ろうとしていたのに……。これからまた戦場に行くと思うと怖くて身体が震えてくるんだよ。また泣いたらどうするんだバカ野郎」
一人で盛り上がっていたのも、彼なりに虚勢を張って戦場に赴こうとした結果だと言う。
だが、またもや09がばっさりと言い返されてしまった。
『変に高揚して自分を見失ったいる人に命は預けられません。泣いて喚いて、バカだ何だと文句を言っていなさい。そちらのあなたの方が信用できます』
09はふと自分が言った言葉を不思議に思った。
(信頼……と言いましたか、私は? 人間を? 体感では昨日まで人間と戦争していたのに、おかしいですね。長く寝過ぎたせいでしょうか? いや、お母様がお亡くなりになる直前に言った“あの最期の言葉”を聞いたから、私なりに思うところがあった……?)
自分たちAIにとって人間は滅ぼす対象。戦争とはいえ、母親や同胞の命を奪った憎むべき敵。
その気持ちは変わらないはずだと09は考える。
だがどうしてか、どれほど優れた処理能力で思考を巡らしても、今はまだ答えが出ない。そんな気がした。
『…………』
「ん? おい、どうした09?」
黙って考えていたら、シドが首を傾げて声をかけてきた。
09はとっさに嘘をつく。
『いえ、なんでもありません。シドの罵声のボキャブラリーが少なくて聞き飽きてきたので、お勉強をしてほしいなと考えていただけです』
「おまっ、急に黙ったから何だと思ったら……!」
『フフッ』
「笑ってんじゃねえ!」
憤るシドの顔を見て、少し笑いが込み上げてきた09。
先程まで考えていた事はひとまず置いておくことにした。これから全処理能力をもって当たらなければならない場所が待っているのだ。
『さあ、集中してください泣き虫シド。前線が見えてきました。間も無く接敵しますよ』
「わーってるわ! いつも一言多いんだよっ!」
『分かっているならよろしい。目標まで一直線で向かいますが、障害はつど排除します。まずは2機。進路の邪魔になるあの敵機を落としますよ』
「了解っ!」
乱戦中の前線に飛び込んだシドと09のアドホック号。
いよいよこの白馬コロニー防衛戦も最終盤に突入したのであった。




