第56話 未進化AI
海賊の親玉の首を上げようと敵改造巡洋艦に殺到する味方戦闘機群。手柄にがっついていないシドとマッケンジーの二人は後方でその様子を見ている。
最初にその違和感に気がついたのはロナ。次いでマッケンジーであった。
向かってくる複数の戦闘機に対し、敵改造巡洋艦の2基ある速射砲と3基ある2連装ビーム砲が滑らかに動いて、各砲門がピタリとそれぞれ別の戦闘機のコクピットへと照準を合わせたのである。
ロナが気づいたのは人間とは思えないその照準精度から。マッケンジーは腕利きの戦闘機乗りとしての直感である。
そして警告を叫んだのはマッケンジーの方が速かった。
『攻撃を中止シロッ! 全機散レッ!』
彼は自身の直感を信じ、刹那の判断で全味方機に対して通信を飛ばす。
それが彼らの命を救った。
敵巡洋艦から放たれる砲弾とビーム。いくつかの友軍機から爆発が巻き起こったが、
『何機食われタ!?』
『すいません、マッケンジーさん。右翼持ってかれました。航行可能。後ろに下がらせてもらいます』
『同じく右翼全損。あとは任せた!』
『クソッ、ドジったぜ……。俺は後ろ半分吹き飛んだ! 動ける内に逃げさせてもらう!』
『……尾翼破損。……申し訳ありません。撤退します』
『こちらモンド。ギリかわしたが、機体の調子がおかしい! すまねえが下がるぜ!』
血相を変えたマッケンジーが全体通信で問いかけると、次々に被弾報告が上がってくるが、撃墜されたという報告は入ってこない。
10機ほどの小破ないしは中破した機体は出たが、戦死者という意味ではゼロである。
撃たれる直前、今まさに攻撃を仕掛けようとしていた各機は慌てて攻撃を中止し、指示に従って緊急回避運動を行なったことで、狙われていた機体は砲撃をコクピットに受けることだけは避けられたのだ。
マッケンジーは一瞬だけホッとした表情を見せると、すぐにいつも通りの顰めっ面に切り替え、苛立たしげな声色で指示を飛ばした。
『次の砲撃がくるゾ、敵の好きにさせるナ! グズグズしてないで無事な機体はとっとと牽制射撃を始メロ! 被弾したノロマどもの撤退を支援するんダ! ワークス、俺たちも前に出るゾッ!』
『はいっ!』
味方にミサイルなどを撃たせて敵艦を牽制している間にシドとロナのエールダイヤとマッケンジーの機体――漆黒のボディに黒豹をモチーフにしたエンブレムを付けた「カッチャパンテーラ号」は全速力で前進する。
『ミサイルを速射砲で撃ち落とすとか嘘だろっ!?』
『この野郎、海賊船のくせにバリア持ちだ! ビーム兵器は効かねえ! 実弾ぶち込め!』
『わかってるけど射撃が正確で近づけねえんだよっ!』
『うおっ、翼をやられた! ちくしょう、後退する!』
『雑魚どもが出しゃばるナ! 俺とワークスが着くまで牽制に徹シろ!』
『すいません!』
敵艦の正確無比な砲撃により僅かに被害は増えたものの、周りの援護もあり、増加分も含めて被弾した友軍機は無事に全機安全圏まで逃れることができそうだ。
だが、敵は一安心する暇など与えてくれない。
新たに廃タンカーの方から3機の海賊戦闘機が姿を表した。
『また出てきた!』
『この忙しい時に……!』
『俺に任せろ!』
傭兵の一人が敵戦闘機を狙ってビームスナイパーライフルを放つ。先程2機の戦闘機を落とした名狙撃手だ。
距離はかなり離れているが、今回も見事直撃コースである。
撃った本人も当たると確信していたが、
『なにっ、避けただと!』
狙われていた敵戦闘機は機体を少し傾けただけでビームを避けた。完璧にビームの軌道を読んでいないとできない芸当だ。
味方の間に動揺が走る中、ロナがやはりといった様子で言った。
『シド、間違いありません。敵はAIです』
「AI!?」
シドはロナの一言に血相を変えた。やけに精密な射撃だと思ったが、まさかまさかである。
「なに考えてんだ! 連中、頭おかしいんじゃねえか!?」
『それだけ追い詰められているという事でしょう』
(自分たちはさておき)戦闘にAIを持ち出してくるとは、かなりクレイジーである。
例えるなら、お互い拳銃で銃撃戦をしていたら、相手がいきなり大量破壊兵器を使ってきたようなものだ。
手段を選ばないとかそういう次元の話ではない。正気かどうかを疑うレベルだ。
「AIってことは強いよな? どうしよう、一度撤退して軍を呼んだ方が……」
『いいえ、その必要などありません』
相手がロナと同じAIと聞いて弱気になるシドに対し、彼女は援軍など必要ないとキッパリ言い切った。
『同じAIという括りであっても、私たち「チルドレン」とアレには天と地よりも遥かな隔たりがあります。エールダイヤ一機で敵を全て相手取ろうとも、敗北などあり得ません。アナタはいつもと同じく、安心して射撃に集中していてください』
落ち着いたトーンだが、卓越した技量に裏打ちされた、自信に満ち溢れた声である。
シドは彼女の声を聞き、冷静さを取り戻した。
「……わかった。信じるぞ、ロナ」
『はい、存分に私を信じてください。アレは所詮……ああ、そう言えば色々な呼び名がありましたね。人格非搭載型AI、旧世代型AI、普通種人工知能などなどありましたが、ここは私が個人的に一番しっくりきた呼び名で呼ばせてもらいましょう』
見下すように、もしくは淡々と事実を告げるように、彼女は敵の人工知能をこう呼んだ。
『――未進化AI。シド、アナタにシンギュラリティを起こしたAIと、起こしていないAIのステージの違いというものを見せてあげます』
ニヤリ、と彼女が冷たく嗤ったような気がした。
◇◇◇
『ワークス、敵は――』
「AI……ですよね」
マッケンジーが真剣な表情で通信を飛ばしてきたので、シドはロナに聞いた敵の正体を告げてみる。
モニターの向こうのマッケンジーはちょっと驚いた様子だったが、すぐにキリッとした表情に戻り、コクリと頷いた。
『ああ、そうダ。よく気付いタナ』
「動きを見ればわかりますよ」
『話が早くて助かル。――で、お前は何機を相手できル?』
シド一人で何機の敵を受け持てるかを尋ねているのだろう。
ロナがさっき全部でも問題無いと言っていたので、シドはそのままそう伝えた。
「俺一人で全部やれます」
『……ほう』
その返答にピクリとマッケンジーの眉が跳ねた。
そして一拍置いたあと、彼は犬歯を剥き出しにしてニィッと愉快そうに笑う。
彼のこのような表情は初めてだ。
『その目、嘘ではナいナ。やはりお前は強イ。……クククッ、だが全部は欲張りすぎダ。こちらにも手柄を分けてもらオウ。俺が他の連中と共に2機落とス。ワークスは残りをやれ』
「了解です」
『では行くゾ』
「はいっ!」
マッケンジーからの通信がいったん切れる。
コクピットのスピーカーからは代わりにロナの不満そうな声が聞こえてきた。
『私が全部落とすつもりでしたのに……残念でなりません。シド、彼が手こずるようなら獲物を横取りしますよ』
「……やる気満々だな」
『ええ、この時代の戦闘用AIがどの程度か興味がありますので』
「……そっか。――じゃっ、そうするか」
『はい!』
AIと戦うということでどこか緊張していたシドだが、勝つ気しかないロナを見ているとなんだか気持ちがスッと解れてきて、身体から余計な力みが抜けてきた。
知らず手汗をかいていたことに気がつき、パイロットスーツで拭って操縦桿を握り直す。
今なら問題無くいつもと同じパフォーマンスが発揮できそうだ。
最高速で敵戦闘機の迎撃に向かうエールダイヤとカッチャパンテーラ。
250年の時を隔てて現れた伝説のAIと現代のAIの対決が間も無く始まることになる。




