第55話 追い詰められた赤竜
〈レッドドラゴン海賊団〉のアジトは三ツ頭ステーションへの航路から少し外れた地点に遺棄された廃タンカーだった。
捕虜の証言では、そこに奪った物資を溜め込み、違法業者を通じて金に変えているのだそうだ。
リーダーの名前はゲルブ。
シドたちを襲撃したグループを除く残りの構成員数は約150人ほどで、いわゆる旗艦として巡洋艦クラスの戦艦を所持していて、他にも2隻の武装艇と5機の戦闘機があるらしい。
因みに、ヒーステン伯爵軍の軍服は取引をしている違法業者から仕入れた物だそうだ。
「要は、昨日の時点で戦力的には半壊してるってことじゃね?」
エールダイヤの機内にてモニカから届いたメールを確認したシドはそんな感想を述べた。
『そのようですね』
機内スピーカーからロナの同意する声も聞こえてきた。
彼女たちは現在、その〈レッドドラゴン〉のアジトがあるという座標に向けて移動中だ。
機体コンディションは良好。昨日の戦闘で消費したミサイル等の弾薬も補助したので、いつでも戦闘に入れる状態である。
だが、同行するメンバーの人数を見れば、そこまで装備を整える必要もなかったのかもしれない。
シドはレーダーに表示されている味方の数を見てお気楽な笑みを浮かべる。
「じゃあ楽勝っぽいな」
『昨日の海賊たちと同様に、素人に毛が生えた程度の練度であればそうでしょう。――なにせ、こちらはこの数ですから』
ロナも、淡々とした口調だが彼とほぼ同意見のようで、自分らの優位は疑っていないようである。
それもそうであろう。
集まった海賊討伐隊の総数はシドたちを含めて全52機。
各パイロットの技量に差はあれど、全員がプロの戦争屋だ。
明らかに過剰な戦力だが、これには仲間を襲われたことへの報復と、白馬ギルドへ敵対するものへの見せしめの意味合いも兼ねている。
暴力でメシを食っている以上、舐められたらお終いだ。
出し惜しむ理由などどこにもないし、数の暴力ですり潰して塵も残らないくらいで丁度いいのである。
『ですが、もう逃げられているかもしれませんね』
「まっ、そん時はそん時さ」
到着したら逃げられた後だったという可能性も十分ある。
だが、ドンパチしなくて済むので、それならそれでも構わないという気持ちもあった。
「到着まであと5時間くらいか。昨日と同じ道を進むのも飽きるな」
シドは狭いコクピット内で呑気に伸びをし、いつもこんなんだったら楽なのにな、と思いながら周囲の味方機をなんとはなしに眺める。
傭兵たちから通信が入り、彼らの馬鹿話に長々と付き合わされる羽目になったのはこの後すぐのことであった。
◇◇◇
アジトの座標に到着すると、そこには捕虜の自白通り海賊たちがいた。
戦力も聞いていたものと変わりなく少数である。
戦端はすぐに開かれた。
目に見えた勝ち戦に興奮が抑え切れなかったのか、活躍のチャンスが無くなると焦ったのか、味方傭兵たちは海賊船をレーダーに捉えるや否や雄叫びを上げて突っ込んで行ったのだ。
少ないパイを奪い合うかのように、手前にいた2隻の武装艇に我先にと群がる50機近い戦闘機たち。
シドが大慌てで降伏勧告を告げ終わるのと、第一射が海賊の武装艇に直撃したのはほぼ同時だった。
「大変です、お頭ぁ! 傭兵どもが攻めてきやした!」
「うるせえっ、見りゃわかる! いいからとっとと戦闘機を出せ!」
混乱する改造巡洋艦の艦橋にて〈レッドドラゴン海賊団〉頭目ゲルブが怒鳴り声を上げる。
艦長席で太った身体を前のめりにし、悪人面を真っ赤にして手下に指示を飛ばす彼の内心は、突然の襲撃を受けての動揺と、昨日の内に逃げておかなかった後悔、そしてこの場所をゲロったであろう捕まった手下への憎悪がぐちゃぐちゃに入り混じっていた。
(チクショウ、連中の動きが早すぎる。あの野郎ども、ここを吐きやがったな! クソッ、こんな事なら略奪品なんて捨ててさっさと逃げときゃよかった!)
昨日、いつもと同じくヒーステン伯爵軍に偽装した駆逐艦に貨物船団を襲いに行かせたゲルブだったが、彼らがいつまで経っても戻ってこなかったことから撃沈ないしは捕縛されたのではないかと思い至る。
因みに略奪に行かせた部隊からの連絡は一切ない。
本来であれば〈恋娘彗星〉に一隻連れ去られた段階でアジトに報告すべきなのだが、それすらしていなかったというのだからお粗末極まりない話だ。
と、それはさておき、この時点でゲルブは大いに焦り出した。
駆逐艦2隻と武装艇4隻を失ったのだ。海賊団としての戦力はガタ落ちである。
最初は取るものも取らずにシャモニー子爵領から逃げようとした彼だが、失った戦力を補填するために金が必要だと気付き、廃タンカー船に積んである今までの収穫を回収してから逃げることを決定した。
これがゲルブ最大の失敗である。
(使えねえ手下どもがモタモタしてるから逃げそびれたじゃねえか! 荷物運びくらいまともにできねえのか役立たずどもめっ!)
ゲルブは部下に対して心の中で悪態を吐くが、仕事がまともにできたらそもそも海賊などに落ちぶれてはいないだろう。当てにする方が間違いである。
結局、略奪品を巡洋艦に積み込めはしたが、逃げるまではいかなかったのだ。
そしてもう一つ予想外だったのは、白馬ギルドの動きが想像より早かったことである。
ゲルブの(自分に都合の良い)想定では、捉えられた手下は最低でも2日か3日はアジトの場所を白状しないはずだった。
そこから討伐隊を組んで、いざ子爵軍ないしは傭兵ギルドがこの場合に到着した時には、もうここはもぬけの殻になっていたはずだったのだ。
それが蓋を開ければ、討伐隊が24時間経たない内に来ているのである。
彼にしてみれば「何もかもふざけんじゃねえ!」と叫び出したい心境であろう。本当にそう叫びたいのは彼らに積荷を奪われた被害者たちだが。
「頭、アルとドスが出撃ました!」
「よしっ、他のも急がせろっ!」
2隻の武装艇は傭兵たちに寄ってたかって撃ちまくられ、本物の蜂の巣のように穴だらけにされてしまったが、その間に戦闘機が2機発進できたようだ。
ゲルブは残りの戦闘機も早く出撃するよう急かすが、先に出た2機の行き先を見て再度怒鳴り声を上げた。
「アイツらどこ行きやがる!! そっちは反対方向だろうが!!」
「アルとドスめ、逃げる気だ!」
「ふざけんじゃねえ!」
「戦え裏切りも――あっ、落とされた……」
「マジかよ……」
発進すると同時に討伐隊とは正反対の方角へブースト全開で逃げ出そうとした2機だが、傭兵たちの中に名スナイパーがいたのか、長距離射撃であっさりと撃ち落とされていた。
そのあっけない最期に艦橋に一時沈黙が流れ、その後、こちらに迫り来る戦闘機の集団に気付き、大パニックが巻き起こる。
「うああああああああ!?!?」
「もうお終いだーーーーっ!?」
「助けて、殺されるぅーーーっ!」
「いやだぁぁぁぁぁっ!?」
狂乱と呼ぶべき騒ぎの中、額から背中まで全身脂汗びっしょりのゲルブはなんとかこの場を鎮めようと、艦長席の手すりを強く叩きながら大声で叫んだ。
「黙れテメェら! まだ俺たちには最後の手が残っているだろうが!」
「お頭……」
「最後の手……ですかい?」
やや落ち着きを取り戻す艦橋内。ゲルブは自身の懐からハードディスクドライブのような見た目をした、手のひらサイズの機械パーツを取り出した。
さっきのはとっさの叫びだったがハッタリではない。ちゃんと“最後の手”はある。
「ぎゃあっ!?」
「そ、それはっ!?」
「ひぃっ、悪魔っ!?」
手下たちはその機械を見て悲鳴を上げ、顔を青ざめさせる。よほど恐ろしいもののようだ。
その内の一人が声を震わせながらゲルブに尋ねた。
「それって、ウチといつも取引してる〈プルート〉って業者から買ったアレですよね……? 本当に使うんですか……?」
「ああそうだ。もう手段を選んでいる余裕はねえ。こんな時のために大枚叩いて〈プルート〉の連中からこれを買ったんだ。いいから急いでこいつを接続しろっ!」
「へ、へい……」
怯えながらその機械を受け取った手下は、取り付けられていたケーブルを使い、ゲルブに言われた通りに艦のコンピュータへと接続する。
すると、艦のシステムは一変。一瞬でそれに乗っ取られた。
ピロリロリンというわざとらしい起動音と共に、艦のスピーカーから男性のものとも女性のものとも判断つかない無機質な合成音声が流れる。
『ゴ利用アリガトウゴザイマス。私ハ戦闘用AI「NM-H」デス。ゴ命令ハ何デショウカ、ゲルブサマ』
手下たちは可能な限り息を殺している。しわぶき一つでも漏らしたらバケモノに目を付けられるのではと恐れているのだろう。
そんな異様な静寂の中で、目を血走らせて自棄になっているゲルブの命令が告げられた。
「俺たち〈レッドドラゴン海賊団〉の敵を全員ぶっ殺せ」
この時代における最大の禁忌、人工知能による殺人が命じられた瞬間だ。
人類の仇敵である「チルドレン」を匿い、あまつさえその戦闘行為に加担までしているシドには数段劣るが、ゲルブが特級の犯罪者になった瞬間でもある。
『カシコマリマシタ。当艦ト3機ノ戦闘機ヲ使イ、敵ヲ排除イタシマス』
音声が流れると同時に改造巡洋艦と、今まさに発進しようとしていた戦闘機がNM-Hの支配下に置かれる。
海賊たちがどれほどレバーを動かそうと反応はない。全ての行動決定権はNM-Hに握られた。
人間の手による操作なしで巡洋艦の速射砲が動き出す。戦艦や戦闘機の火器の発射スイッチは、その〈プルート〉という業者により電子制御式に違法改造済だ。誰かにボタンを押してもらわなくともAIの判断で作動できるようになっている。
NM-Hが狙う砲塔が傭兵の乗る戦闘機を捉え、NM-Hが操る戦闘機がブースターを吹かせて発進した。
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