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第52話 ステーションでの一夜

 無事、三ツ頭ステーションに駐留する子爵軍へと食糧弾薬等の補給物資を届けたシドたちだが、すぐに白馬コロニーにとんぼ返りしたわけではない。

 コロニーからここまで休憩無しで片道約5時間の道のりである。物資の積み下ろしにも時間がかかっているので、時刻はもう夜だ。

 最悪の場合、帰り道にも海賊の襲撃があることも考えられた。

 なのでシドたち白馬ギルドの面々は急いで帰らず、今晩この三ツ頭ステーションに一泊してゆっくりと身体を休めることにしたのだ。


「どうぞこの部屋をお使いください、ワークス殿」


 三ツ頭ステーションにある宿泊施設の一室。

 シドをそこへ案内してくれたのはシャモニー子爵軍の若い士官だ。

 髪を短く切り揃えハキハキと喋る好青年で、22歳であるシドと同い年くらいの見た目。真新しい軍服の襟に輝く階級章を見れば少尉だとわかる。もしかしたら士官学校を卒業したての人物なのかもしれない。


「ありがとうございます。……ホントにいいんですか? 個室まで用意してもらっちゃって」

「もちろんです。上の方からもワークス殿には格別の配慮をするようにと言付かっております。どうぞご遠慮なくお使いください」

「はぁ……恐縮です」


 現在この宇宙ステーションは子爵軍が駐留場所として貸し切っている状態だ。

 当然、ステーション内のホテルは軍の将校で埋まっていているし、共用部分には一般兵が溢れかえっている。

 シドやキョウコたち〈恋娘彗星(ココ・コメット)〉のメンバーはそれがわかっていたので、それぞれの船で一泊することにし、シドは誰かの船の貨物室を借りて持参した寝袋で寝るつもりだった。

 しかし、子爵軍からシドだけは特別に士官待遇でホテルの個室を用意するとの提案があったのだ。


(うーん、お京さんが行けっていうからご厚意に甘えたけど、俺一人だけホテルってのはやっぱ気が引けるなぁ……)


 最初シドは一人だけホテル泊するのは〈恋娘彗星(ココ・コメット)〉のみんなに申し訳ないと遠慮しようとした。

 だがキョウコから「軍の顔も立ててやんな。その方が後々面倒が少ないよ」と言われたので、ありがたく部屋を使わせてもらうことにしたのだ。

 この特別待遇はシドがシャモニー子爵軍でも重く見られている証拠であろう。

 単機で敵のエースを屠り、組織一つを壊滅させられるシドは領の貴重な戦力だ。そんな彼に格別の配慮を示すことで友好な関係を築き、いざという時に力を貸してもらおうという下心があるのだろう。要は「一宿一飯の恩」を向こうから着せてきたのだ。

 逆にシドがこれを断っていたら軍部の将校は好意を無下にされたと腹を立てていたかもしれない。

 だからこそキョウコは提案を素直に受けておけと言ったのだろう。

 そこはさすが傭兵クランのリーダーといったところか。軍との付き合い方というものを心得ている。


「では小官は隣の部屋におりますので、ご用があれば何なりとお声がけください」


 若い少尉はピシッとした敬礼でそう言い、右隣りの部屋へと入って行った。

 シドはそれを見送り、隣の扉が閉まるのを確認すると、小さくフゥと息を吐いて自分もあてがわれた部屋に入っていった。

 中は普通のビジネスホテルの一室だ。

 広くない部屋の床にはカーペットが敷かれ、シングルベッドとシャワーにトイレ、イスは一つで作り付けのテーブルにはテレビがある。小さな冷蔵庫もあるが中身はたぶん空っぽだろう。

 ドアからすぐの床にスリッパが置かれていたので靴を脱いで履き替えていると右手のバングル型PCの裏にいるロナが話しかけてきた。この部屋にはもちろん彼女も一緒に来ているのだ。


『この部屋を調べましたが、監視カメラも盗聴機も無さそうです。安心して休めますね』

「そんなことを調べていたのか?」

『大事なことですよ。軍隊というものは、アナタのスキャンダルを握って手駒にするくらいは平気でしてきます。油断は禁物です』


 ロナは真面目な口調でそう注意してくる。

 その点に関してはシドも気をつけねばならないだろう。なにせ、とんでもないスキャンダルを抱えているのだ。


「もしロナのことがバレたら飼い犬の前に殺処分だな」

『ええ、ですから注意してくださいと言っているのです』


 そんな軽口を叩きながらシドは着替えなどが入ったリュックをイスに置き、自分はベッドに腰掛けた。

 疲れてはいるのでシャワーを浴びて寝たい気持ちもあるが、せっかくホテルに泊まれたのでまだ少しゆっくりしていたくもある。

 部屋に備え付けの紅茶の安いティーバッグと電気ケトルがあるので、お湯を沸かしてお茶でも淹れ、テレビでも見ながら飲もうかと考えたが、ステーションへの道中で思い浮かんだ疑問があったことを思い出したので、それをロナに尋ねてみることにした。


「なあ、ロナ?」

『なんですか?』

「補給物資の輸送にワープ船とか軍艦を使わなかったのって何か理由があるのか?」

『ああ、そのことですか』


 シドの質問にロナはあっさりと答えてくれた。


『一言で言うなら「費用がかかるから」です』

「そうなのか?」

『はい。ワープ移動は消費エネルギーが多く、大型貨物船が白馬コロニーからここまでワープすれば片道ですっからかんになってしまいます。ですが、普通に往復すれば時間がかかる代わりに4往復は可能。ねっ、コストが段違いでしょう?』

「確かに差が大きいな。燃料も安くねえし。てかワープってそんなエネルギー食うのか」


 ゲームでは割と無制限にできるワープだが、現実だとそうはいかないらしい。

 シドは客船でも通常便と高速ワープ便では馬鹿げた値段の差があるのを思い出す。


(あれは燃料費が高かったのか)


 さらに付け加えるなら席数の少なさもあるだろう。高速ワープ便の機体はエネルギー消費量を抑えるため小型なので乗客数が限られ、その分、一人あたりの運賃が高くなっているのである。


『あとはワープ機能がある民間貨物船が少ないからですね。あってもほとんどが小型で、大型船は領内に5隻もなかったはずです』

「ふーん」


 シドは洗面所でケトルに水を入れながら相槌を打つ。

 有人ワープは軍事利用されてから50年ほどしか経っていない技術だ。

 効率性の追求も未熟で、民間での運用はまだまだ浸透しきっていないのである。


「まっ、色々と理由があったんだな。どのみち俺らが運ばなきゃいけなかったってわけか」

『航路の安全確保もありましたからね』


 ロナと会話しながらケトルの電源を入れ、お湯が沸くのを待つ。といっても30秒ほどで沸くだろう。最近のケトルは早いのだ。

 シドは棚からコップを取り出してティーバッグを中に入れる。

 そうしたらもうお湯が沸いたので、コップに注ぎ入れた。


「でもまだ確保できてないよな? なんか海賊の本隊がいるっぽいし」


 いい塩梅のところでティーバッグを取り出してゴミ箱に捨て、一口飲む。香りは薄いが、確かにお茶の風味がする飲料だ。まあ、こんなものだろうという味である。


『帰り道に襲撃してくるかもですね。であれば返り討ちです』

「……穏便に帰りたいんだけど」

『それはあっち(海賊)に聞いてください』

「……だな」


 ため息を吐きながら残りの紅茶をフーフー冷ましながら飲んでしまう。

 飲み終わったらシャワーを浴びて寝てしまうつもりだ。明日も早いのである。


「……そういえば、ここって金かかるのか? 軍で持ってくれる感じ?」

『そうじゃないんですか? 因みにいま検索しましたが、この部屋は普段一泊5,000スレイみたいですよ』

「へぇー。でもよ、知ってるかロナ? ホテルってシングルに2名で泊まると追加料金取られるんだぜ」

『なら1万スレイですね』


 どうでもいいことを喋りながらシドはロナのためにテレビをつけ、自分はシャワーを浴びる準備をする。

 こうしてステーションの夜は静かに更けていった。

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