第51話 裏社会にも轟き出した名前
『ワープで〈恋娘彗星〉を追われたら手間です。早急に終わらせましょう』
シドとロナは、敵の包囲を突破した〈恋娘彗星〉の背後を護るため、残った敵を手早く掃討することにする。
これから戦闘が始まるというのに、ロナの声はいつもと変わらず落ち着いていて凛とした美しい響きだ。それがシドの緊張をほぐしてくれる。
「跳べるだけのエネルギーが残っているのか?」
『駆逐艦は難しいでしょうが、戦闘艇ならばまだ1回か2回はジャンプできるはずです』
「なら狙うのはそっちか!」
『ええ、ミサイルをロックオンします』
ワープに必要なエネルギー量は対象の大きくなるほど増大する。
敵艦はこちらを包囲するために全て一度ワープをしているので、1隻だけいる駆逐艦はもう一度飛ぶだけのエネルギーは残っていないだろういうのがロナの見立てである。
なので4隻の戦闘艇から片付けようとロナがミサイルの照準を合わせたその瞬間、唐突に敵艦の方から通信が入ってきた。
オープンチャンネルでの一方的な呼びかけだ。
モニターに駆逐艦の艦長と思わしき中年男性が表示される。やけに焦った表情だ。軍服姿ではなく、開襟シャツに金ピカネックレスといった趣味の悪い私服を着ている。
『その踊る女のエンブレム、あんた〈ダダディール〉をたった一機でぶっ潰したあのシド・ワークスだろ!? 頼む、さっきの輸送船団は諦めるから俺らを見逃してくれ!』
どうやらエールダイヤに付いているエンブレムを見て、目の前の戦闘機のパイロットがシドだと気がついたようだ。
自分たちの方が数は多くても、闇ギルドを単身で壊滅させるような相手と事を構えるのは御免被りたいらしい。
哀れみを乞うような声色で懇願してきた。
「どうするロナ?」
『命乞いに付き合うのも時間が惜しいですが、この男たちの素性は確認しておいた方がいいでしょう。シド、それだけ聞いてください』
「わかった」
〈恋娘彗星〉に連れ去られた捕虜?もいたが、情報源は複数ある方がいい。
シドは一度頷き、カメラ映りが良くなるようキリッとした顔を作って真っ直ぐ前を向く。
彼女の言葉のニュアンスから察するに敵を見逃す気は無さそうなので、合図一つでいつでもミサイルを発射ように指はボタンに添えたままだ。
通信に応答し、向こうにもこちらのコクピット内の映像が映ると、シドの顔を見て男性はビクッと肩を振るわせた。他にも男の部下達らしきどよめき声も聞こえてくる。
いつの間にかシドの名前は悪人たちに恐れられるものにまでなっていたらしい。
相手はビビっているが油断はできない。舐めたらつけ上がってくるのが悪党というものだ。表情も言葉遣いも気を抜けない。
(丁寧な口調は舐められる。腹に力を入れて、気持ちゆっくりめに強気の口調で)
シドはできる限り威圧的な態度を心がけて質問を投げかける。
「ああ、そうだ。俺がシド・ワークスだ。お前ら伯爵軍じゃないだろ。どこのどいつだ?」
『ひぃっ、やっぱ本物だった……』
「いいから質問に答えろ! 撃たれたいのか!」
『わ、わかった答える! 答えるから撃たないでくれ!』
シドはカメラの向こうの相手をギロリと睨んで怒鳴る。内心バクバクだが、色々と場数を踏んだおかげか意外とすんなりセリフが出てきた。
「撃つぞ」と脅され、相手は大人しく自分たちの正体を白状する。
『俺たちは〈レッドドラゴン〉っていう宇宙海賊だ』
「……本当か?」
『嘘じゃねえ! そりゃあこの領では知られてねえかもしれねえけどよ、ミズル子爵領では知られた名なんだ! 信じてくれ!』
「…………」
必死な形相で信じてくれと言われても困る。
ミズル子爵領はシャモニー子爵領と近い領地で同じくヒーステン伯爵軍の侵攻を受けていたはずだが、領土奪還で活躍している《海賊殺し》のパラディアス王子から逃げてきたのであろうか。
見た感じ嘘ではなさそうだが、現状、彼らが本当にその〈レッドドラゴン〉とやらなのか判断する材料が無い。
だがそれでも一応は名前を聞けたので目的は達成である。
『シド、ありがとうございました。もう十分です。近くの戦闘艇から順にロックオンしますので、撃ってください』
「了解」
ロナはもう用済みだとばかりにこちらからの通信を切り、躊躇いなく彼らの船をロックオンした。
シドも海賊を名乗った相手に斟酌する気は無い。ロックオン完了と同時にポチリと発射ボタンを押し込む。
バシュと音を立てて飛んでいったミサイルは、油断していた敵戦闘艇に難なく命中。大破させた。
『ふ、ふざけんなクソ野郎っ! 喋ったら見逃してくれんじゃねえのかよ!』
自称海賊の男は怒りで顔を真っ赤に染めて罵詈雑言を浴びせてくるが、シドもロナもそんな約束はしていない。
そもそもここで彼らを見逃しても、後ろから追っかけてきて襲ってこないとは限らないのだ。
男は「輸送船団を諦める」と言ったが、それも口先だけで保証となるものは何も無い。
後々の安全を考えるならここで撃沈しておくに越したことはないのである。
『聞くに耐えませんね。シド、気にすることはありませんよ』
「気にするなって言ってもよ……」
2隻3隻と敵船を落としている間にもスピーカーからは罵声が続いている。
駆逐艦からはしっちゃかめっちゃかに砲撃が来るが、狙いが荒すぎて回避する必要も無いらしく、ロナも無視している。
ただ言葉だけは届くので、何度も死ね死ねと言われるとかなりシドの心にクるものがある。
「結構キツイんだけど……」
『すいません。アナタの精神衛生上、回線を遮断したいところですが、この手の三下は喋らせておくと――』
『これ以上やってみろ! ゲルブのお頭が黙ってねえぞ! 〈レッドドラゴン〉200人がかりでテメェをぶっ殺してやる!』
『――と、聞いてもいない情報を話してくれるんです。まあ、正しいとは限りませんが』
「うぅ……わかった。我慢する……」
そう言われてしまうと通信を切ってくれとは言いづらい。
ミュートにしてロナだけが音声データを確認するという手もあるが、パートナーとしてシドはそれをしたくないので、犯罪者の戯言だと思ってひたすら耐えることにした。
◇◇◇
その後、速やかに残敵を掃討したシドとロナは、警察に連絡して後の始末を任せ、〈恋娘彗星〉を追いかけた。
かなり距離は離されたが、最高速は戦闘機であるエールダイヤの方が上だ。なんとか30分後には合流することができた。
それからは特に問題も起こらず、一向は無事に三ツ頭ステーションへと到着したのであった。
「……お京さん、アレ……何をやってんですか?」
「あん? 見りゃわかんだろ。みんなで軍の連中の仕事を手伝ってやってんだよ」
ステーションの宇宙港の格納庫内にて、シドは物凄い光景を目撃した。
格納庫にはここまで引き摺られてきた海賊の駆逐艦が置かれているのだが、その周囲にパワードスーツを着用したり、作業用の小型人型機動ロボに乗り込んだ〈恋娘彗星〉のメンバーがワラワラ集まって、大型工具やロボットアームなどで艦をフクロ叩きにしていたのだ。
「おらっ出てこいや!」
「開けろつってんだろっ!」
「しばくぞオラっ!」
「〈恋娘彗星〉舐めんじゃねえ!」
「早よ開けんかい! もっぺん引き摺り回されたいんか、ああン?」
腕を組んで仁王立ちしているキョウコに詳しく聞けば、艦の中の海賊たちが籠城しているので、彼女たちは子爵軍の兵士に混じって開扉作業に参加しているのだという。
よく見れば、叩いているのもドアや装甲の破損部などの、壊せば内部に入れそうな箇所だ。
政府に雇われる傭兵として真っ当な仕事である。絵面が悪すぎて公権力側がやっているように見えないのだけが問題だが。
「……じゃあ、お疲れ様です、お京さん。俺はちょっとアッチを手伝ってきます」
「おう、お疲れさん」
ペコリと低頭してシドはその場を離れる。
ガンガンと鉄を叩く音が格納庫に響き渡る中、彼は何も見なかったことにして、子爵軍の兵士と共に物資の搬入を手伝うことにしたのだった。
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