第50話 暴れ牛お京
「相手は何隻だ!?」
所属不明の船舶が近づいてきていることを知らせる警報がビービーと鳴り響くコクピット内。シドはレーダーに目をやった。
この警報は、レーダー範囲内に船舶自動識別装置をオフにしている船を感知した際に鳴るものだ。
通常、一般の船舶は航海中この装置で船名や位置情報、針路等の情報を発信することが義務づけられている。
それをオフにしているということは、こちらに情報を知られたくない。つまり何かしら後ろめたい事情があると思っていい。
レーダーには、味方である〈恋娘彗星〉らを除けば、進行方向の先に1つ光点が表示されている。この点が不審船のものだろう。
ロナがエールダイヤに搭載されている望遠カメラで船の姿を捉え、シドにもわかりやすいよう拡大して正面モニターに表示した。
ぱっと見たところ、やや古い型の駆逐艦のようだ。
『12時方向に一隻。艦影からキュクリア級の駆逐艦と思われ――いえ、周囲5地点にワープアウトの兆候を確認。〈恋娘彗星〉を包囲する形で出現します』
ロナの言葉と同時にレーダー上に5つ光点が増えた。
新たに増えた敵の艦種は駆逐艦が1隻に機銃とミサイルを積んだ戦闘艇が4隻。明らかにこちらを囲む位置どりである。
ここまであからさまであるならば、もう相手方に敵対する意図があると断定していいだろう。
なお、キョウコら〈恋娘彗星〉の一団は全くスピードを緩めていない。包囲など知ったことかとばかりに真っ直ぐ進み続けている。
戦闘の始まりを予感し、シドは緊張した面持ちでゴクリと唾を呑んで、いつでも引き金を引けるように集中した。
『どれも旧型ですね。民間の貨物船を襲うのであれば十分な戦力ですが、この私を相手にするのであれば、最低でもこの20倍は用意すべきです』
対してロナの声に焦りは無い。これっぽっちの敵部隊など物の数ではないと自信たっぷりだ。
実際、彼女ならあっさりと返り討ちにできるだろうが、問題は今回は〈恋娘彗星〉という護衛対象がいるということである。
(ロナなら勝てるだろうけど、〈恋娘彗星〉の護衛が仕事だから、どう動くかリーダーのお京さんに聞いた方がいいよな?)
彼女たちへの被害をどうやって抑えるか、また自分らはどう行動すべきか、まずは責任者であるキョウコに方針を尋ねるべきだとシドは判断した。
(このギルドのことだから、どうせまた「正面から力押しに決まってるだろ?」って言われるかもな。なんか前進を続けているし……)
薄々そんな予感がするが、それでも聞いておこうとロナに回線を繋いでもらおうとしたその矢先、敵の方から通信が飛んできた。発信元は最初に現れた正面の駆逐艦からだ。
『こちらはヒーステン伯爵軍である。通行中の珍妙な貨物船団に告ぐ。機関を停止し、積んでいる荷物をこちらに引き渡せ。さもなくば撃沈する』
ヒーステン伯爵軍の軍服を着た、髭面で小太りの中年男性がモニターに表示される。
男は艦長席に腰掛け、精一杯胸を張った居丈高な態度でこちらに物資を放棄するよう告げてきた。
その映像を見て、シドは妙な違和感を覚えた。どことは言えないが、過去に目にした軍人たちと比べ、男の軍服姿にチグハグとしたものを感じるのだ。
「んんっ? なんか……変だな。本当に軍人か?」
『シドもそう思いましたか』
ロナも同様の疑問を覚えたらしい。彼女は映像を拡大し、男の襟に付いている階級章を示した。
『大佐の階級章を付けているというのに、この男は軍服を着慣れていません。また姿勢も悪いです。訓練を受けた軍人にはとても見えません』
「あっ、そうか! こなれた感が無いんだ!」
ロナの指摘でシドが感じた違和感に合点がいった。この男には、まるでつい最近軍服を着始めたような不自然さがあったのだ。
「てことは!」
『ええ、この男は伯爵軍の人間では――』
ロナがそこまで言いかけた所でまたもや通信回線が開かれた。今度の発信者はキョウコだ。
『テッッメェざけんじゃねえぞ、ボケがあああぁぁぁっ!!』
スピーカーから大音量で聞こえてくるキョウコの怒声。シドは思わず「うわっ」と片耳を手で押さえる。
モニターにはもの凄い剣幕で男を睨みつけ、手で侮辱的なジェスチャーをしている彼女の姿が映った。
『言うに事欠いて「積荷を引き渡せ」だあ? 舐めてんじゃねえ! 誰がテメェらみてえな腐れ軍人に渡すかバーカ。しかもこっちはこれから大事な話をしようって時に……空気読めやジジィ!』
キョウコは切れ長の目でガンを飛ばし、ペラペラとよく回る口で矢継ぎ早に悪罵を浴びせかける。
元から地声に張りがある彼女だ。大音量で叫ぶと空気がビリビリと震えてまるで雷鳴のようである。シドは聞いているだけでも身が竦む思いがした。
「お京さん、マジ怖ぇ……」
シドもオンラインゲームで顔もわからない相手から罵声を投げつけられるのには慣れているが、さすがに切った張ったの世界を生きる本職の傭兵、迫力が段違いである。
通信相手の軍人?も、まさかこのような返答が返ってくるとは予想外だったらしく、イスの上で目を白黒させていた。
だが時間と共に年下の女性が自分を罵倒しているという状況を呑み込み、屈辱で顔を真っ赤にして怒りだす。
『き、貴様、いまの自分たちの立場をわかっているのか……? 攻撃されたくなければ、積荷を引き渡せ! これは脅しではないぞ!』
こぶしをイスに叩きつけ脅しの言葉を口にする男性。
対するキョウコはそんな彼を鼻で笑った。
『はんっ、こちとら母親の股から顔出してオギャーと一泣きした時から気合い入れて生きてんだ。いまさらそんなチンケな脅し文句にビビってたまるかってんだ』
『なんだとぉ……!』
『あん? どうしたハゲジジィ? そんな顔真っ赤にしてっと茹でタコそっくりだよ』
キョウコのこの挑発に、頭部が薄くなってきている男性がキレた。
『ぶ、ぶっ殺してやる……!』
『それはこっちのセリフだよ! ――シドォ!』
「は、はいっ!」
突然名前を呼ばれ、ビックリしながらも返事をするシド。
キョウコは親指で首を切るジェスチャーをしながら彼に指示を出した。
『道を塞ぐ邪魔なこのジジィはアタイがぶっ飛ばすから、アンタは後ろの連中を殺りな』
「はい……えっ、後ろ?」
『こういう意味さ! ――みんなアクセル踏み込みなっ! 気合い入れていくよっ!』
『『『うっす!』』』
キョウコの号令と同時に〈恋娘彗星〉各船のスピードがグンっと加速する。
エンジンが唸りを上げ、ブースター全開の〈恋娘彗星〉一団。針路は変わらずそのまま真っ直ぐ。前方の敵駆逐艦とぶつかるコースだ。
特に速いのが先頭を行くキョウコの船である「ブル・ストレート」だ。集団から抜きん出て、真っ先に駆逐艦に突撃をかまそうとしている。
『突っ込んでくるとは馬鹿め。おい、あの生意気な女を撃て!』
『へい。機関砲、撃ちます!』
軍服姿の男と、その部下らしき男の声が聞こえてくる。
まだ通信が切れていないので敵駆逐艦内部の様子も丸わかりだ。
普通であればこのように指示がバレるのを避けるため戦闘が始まると同時に通信を切るのだが、彼らは繋げたままだ。口調もそうだが、このあたりの練度の低さも軍隊らしからぬ点である。
こうして発射タイミングバレバレの機関砲が駆逐艦からブル・ストレートに向けて放たれた。
『はっ、そんなトロい弾に当たっかよ!』
だが、元より自分が真っ先に狙われるのは織り込み済みのキョウコである。
ハンドル型の操縦桿をグイッと切って飛んでくる弾をかわし、メーターが振り切れるような勢いそのままに駆逐艦へと肉薄した。
キョウコの優れたドライビングテクニックもあり、直進しかできなそうな見た目に反して小回りがきいている。
『暴牛の一撃だ! くらって吹き飛びなっ!』
ブル・ストレートの船首にある角が駆逐艦の側面を捉える。
すれ違いざまに思いっきり角を叩きつけられた敵艦は、装甲を凹ませて弾き飛ばされた。
『うわああああぁぁぁぁっ!?!?』
敵艦の映像が大きく揺れ、叫び声と共にプツンと切れた。
今の一撃はかなりの衝撃だったようだ。
『アンナ、ミシェル!』
『『はい、姐さん!』』
キョウコが後から続く〈恋娘彗星〉のメンバーに声を掛ける。
名前を呼ばれた二人は大型貨物船を駆るメンバーだ。
アンナとミシェルの二人は細かい指示が無くとも何をするのかわかっているようで、自分の船から船舶牽引用のロープを射出し、先端の鉤爪フックを動きの鈍った駆逐艦へと引っ掛けた。
『ステーションまで引きずってやりな! アタイら〈恋娘彗星〉に喧嘩を売ったツケを支払わせてやるよ!』
『『はい!』』
息の合ったコンビネーションで駆逐艦を牽引する2隻の貨物船。
敵も抵抗しようとするが、他の〈恋娘彗星〉の船たちがよってたかって機関部や武装を破壊し、瞬く間に手も足も出なくされてしまう。
結局、敵艦は抵抗らしい抵抗もできぬまま、成すすべもなく連れ去られていった。
「マジで護衛要らねえじゃん……」
『……あれではもう逃げられませんね』
「……だな」
とんでもない物を見たと唖然とするシドとロナ。
気がつけば〈恋娘彗星〉は包囲をいとも容易く突破している。
キョウコの言った通り、後ろに残されたのはエールダイヤと5隻の敵艦だけだ。
「追いかけた方がいいよな?」
『はい。まだ他にも敵がいるかもしれません。手早く片付けて彼女たちを追いましょう』
「おうっ!」
〈恋娘彗星〉に置いていかれないよう素早く残りの敵を掃討することを決めたシドとロナは、エールダイヤのブースターを吹かし、敵艦へと突っ込むのであった。
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