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第49話 爆走トランスポーターレディーズ

『さあ、出発(デッパツ)だ! いっちょ気合い入れて行くよ!』

『『『あいよっ!』』』

『シド、私たちも出発しましょう』

「おう」


 シドと合流後、キョウコの掛け声でレディースクラン〈恋娘彗星(ココ・コメット)〉は三ツ頭ステーションに向けて移動を始める。

 隊列の先頭はキョウコの船である「ブル・ストレート」で、他のメンバーはその後ろに2列ないしは3列になって続いて行く形だ。

 シドとロナは一行の横を並走し、不測の事態に備えている。

 とはいえエールダイヤの操縦も周囲の警戒も全てロナが担当しているので現在シドはやる事が何も無い。操縦桿を握ってはいるがフリだけだ。呑気な表情で横を向き〈恋娘彗星(ココ・コメット)〉の船体を物珍しそうに眺めていた。


「最初は引いたけど、こうして見てみると面白いデザインだな」

『検索してみましたが、これは西暦20世紀の地球の日本という国で一時期流行した様式だそうです。その後、ごく一部のドライバーたちの間で何度もリバイバルブームが起こり、現代まで受け継がれているそうです』

「へー、そうなんだ。意外と歴史があるんだな。……ところでさ」

『……はい』

速度(スピード)、速くね?」

『……速いです』


 シドは徐々に加速していく外の景色に違和感を覚え、チラリとコクピットの速度計に目をやる。

 思った通り、出発してからまだ数分だが、既に法律で定められた一般船舶が出していい法定速度のギリギリになっている。しかもスロットルがまだ動いていることから、これからさらに加速するつもりだ。

 これはロナがそうしたいから出しているのではない。

 先頭を行くキョウコと、彼女に続く〈恋娘彗星(ココ・コメット)〉のスピードに合わせているからである。


「速いってこれ! 捕まる!」

『速度を落としたら置いていかれます。私の操縦を信じて我慢してください』

「でも!」


 彼女らは曲がらず一直線に進んでいる。

 進路上には他の船舶も通行しているが、構わずドンドンと後ろから追い抜いていた。

 後方から猛スピードで迫る〈恋娘彗星(ココ・コメット)〉に気がついた船舶は、慌てて道を譲ってくれるが、いつ追突してもおかしくない状況だ。

 シドは恐怖のあまり、しがみつくように操縦桿を強く握りしめた。

 戦闘時はもっと速い速度で飛行しているが、これは別である。

 高速道路で120km/hを出すことができるからといって、下道を同じ速度で走れはしないであろう。マトモな人間なら何かにぶつかるんじゃないかという恐怖でアクセルを踏めないはずである。それと同じだ。

 そうこうしている内にいよいよ法定速度をオーバーする。

 シドはロナに頼んで〈恋娘彗星(ココ・コメット)〉に通信を飛ばしてもらい、半ば無駄だと思いつつも一縷の望みをかけて減速を呼びかけてみた。


「すいませーん……皆さんスピードちょっと速くないですか? もう少しゆっくりでもいいと思うんですけどぉ……」


 腰の引けた物言いのシドに、黒いつなぎを着たウルフカットの女性が答えてくれた。ギルドのエントランスでキョウコと話をしていた女性だ。


『えっ? こんくらいフツーですよ。なにチキったこと言ってんですか、普段あたしらよりヤベー操縦してる人が』


 キョトンとした表情で彼女はそう言う。


「いや、でも事故とかあると危ないですし……その……ええと……?」

『あっ、失礼しました。あたしDランクのカミラです』

「カミラさん」


 彼女の名前はカミラというらしい。

 傭兵としてシドより先輩でランクも上なのに敬語なのは、この業界が実力重視だからであろう。

 彼女はヘラヘラ笑って事故の心配は無用だと言った。


『事故なら大丈夫ですよ、ワークスさん。ちゃんと“公船緊急通行警報”を前方に向けて発信してるんで、みんな避けてくれますよ。つーか、避けないヤツがいたらソイツが悪いです』


 “公船”とは、商船や漁船などの民間の私船とは違い、政府が公的な目的の為に運航する船舶のことである。

 そして“緊急通行警報”とは、例えば火災現場に向かう時に消防車が鳴らすサイレンのように、緊急車両が他の一般車に対して優先して通行することを知らせる警報である。音が届かない宇宙空間なので、サイレンの代わりに無線で発信して報知しているのだ。

 この警報を発して運航しているからスピード違反等の問題は無いとカミラは言いたいらしい。

 だが傭兵ギルドは民間団体だ。そこの所属である自分たちが公船を、ましてや緊急通行船舶を名乗っていいのかという当然の疑問がシドの口から出る。


「公船緊急通行警報? それって使っていいやつなんですか?」

『いいんじゃないですか? だってあたしらが運んでるのは子爵軍の物資ですよ。だったら公用船じゃないですか』

「はあ……なるほど……?」


 本人にも確たる根拠は無さそうだが、カミラは軍の物資を運んでいるから公船を名乗っていいのだと言ってきた。

 シドが不安げにチラリと右手のロナに視線を向けると、コクピットのスピーカーから彼女の淡々とした声が聞こえてくる。


『過去の事例を調べてみましたら、民間船が軍の委託で物資を運搬しているときは一時的に公用船扱いになるという政府答弁を発見しました。今回の件にも当て嵌まるはずです』


 ロナがそう言うのであれば確かなのだろう。シドは少し安心した。

 感謝の意を込めて小さく会釈すると、スピーカーから『どういたしまして』という声が返ってくる。

 ロナの声は通信に入らないよう機械側で細工しているので、カミラには届いていない。今の会釈も動きが小さいので疑問にも思われないであろう。

 公船問題は解決した。だが疑問はもう一つある。シドはそれをカミラに尋ねてみた。


「でも、緊急通行警報まで使って急ぐ理由って何ですか? スピードを出している方が敵から襲われにくいとかですか?」


 物資を運ぶだけなら特別急ぐ理由は思いつかないが、彼女たちは場数を踏んだ傭兵集団だ。もしかしたら何かしらのノウハウがあるのかもしれない。

 そう思っての質問だったが、カミラは手を横に振りながらアッサリとした口調で、


『理由ですか? いやいや、せっかく天下御免で爆走できるチャンスなんですから、やらないと損じゃないですか』


 と言い放った。

 つまり政府公認で速度を出せるから出しているらしい。


「…………」

『……呆れて物も言えませんね』


 あまりにもな理由にシドは絶句してしまう。ロナも頭が痛そうだ。

 あと、子爵軍も彼女たちに警報を鳴らしながら猛スピードを出していいなどとは一言も言っていないだろう。免罪符を渡されたと解釈されたらいい迷惑である。


 ◇◇◇


「確か貨物船が襲撃されているポイントは白馬と三ツ頭のちょうど中間地点なんだよな?」


 移動中、シドがロナに貨物船が伯爵軍を名乗る武装勢力に襲われた場所を改めて確認した。


『ええ、そうです』


 スピーカーからロナの落ち着き払った声が聞こえてくる。

 因みに現在は白馬コロニーを出発してから2時間ほど経っており、速度は変わらず法定速度ぶっちぎっている。

 シドもロナも感覚がマヒしてきたのか、もうスピードに関しては何も思ってなさそうである。

 シドなど当初の怯え方はどこへやら。操縦桿を緩く握ってコクピットシートにゆったりと座っているくらいである。


「てことはそろそろか」

『はい、注意していきましょう』


 通常、一般貨物船での移動だと白馬コロニーから三ツ頭ステーションまでは6時間ほどかかる距離だ。

 だがシドたちの移動速度が速すぎた結果、2時間ほどで中間地点に差し掛かろうとしていた。

 情報ではそろそろ(くだん)の武装集団による襲撃が予想される。シドは一度腰を浮かせて座り直し、姿勢と気持ちを整えた。そして辺りの様子を見て、ある事に気がつく。


「てか、誰ともすれ違わないな」

『通行規制が敷かれていますからね』

「あっ、そうだったんだ」

『途中にあった航路情報掲示板に書いてありましたよ』

「一瞬で通り過ぎただろ、あれ。速すぎて読めねえよ」

『シドの動体視力なら読めたでしょうに。船ばかり見て認識が遅れましたね』

「……そうだよ。掲示板の存在に気がついた時にはもう側面だった」

『それでは読めるものも読めませんね』


 周囲にはシドと〈恋娘彗星(ココ・コメット)〉以外に船影は無い。現在、子爵軍が駐留している三ツ頭ステーションも黒龍コロニーも、一般人の渡航が制限されている。

 よって、普段はそれなりに船の往来があるこの航路も、別の宇宙ステーションとの分かれ道を過ぎて以降まったく人気が無くなったのである。


「つまり、俺ら以外の船がいたら怪しいってことか」

『その通りです。民間人を巻き込む心配が無いのは楽ですね』

「だな」


 警戒しつつ会話をするシドとロナ。

 そこに先頭のキョウコから通信が入ってきた。ここにいる全員とのグループ通話だ。

 何か不審な事でもあったのかとシドが尋ねる。


「お京さん、どうしましたか? 何かありましたか?」


 その問いにキョウコはニヤけた表情で首を横に振る。どうやら大した話ではなさそうだ。


『いいや、いたって平穏さ。それよりも大事な事を聞き忘れてたのを思い出してね』

「大事な事ですか? 俺に?」

『ああ、そうさ』


 キョウコはシドに聞きたい事があるようだ。思い当たる節の無いシドは疑問符を浮かべている。

 真面目な話ではないのは確かだ。彼女からはシドを揶揄うような気配を感じる。


「なんでしょう?」

『ノアの事だよ。アンタ、あいつと付き合ってんだろ? ぶっちゃけどこまでいったんだい? お姉さんに教えな』

「……話って、それですか」


 またか、とシドは頭を抱えたくなる。

 フジタはギルドの男性陣の間で噂になっていると言っていたが、この様子だと女性陣の間でも広まっているようだ。

 コクピット内のスピーカーからはロナの『またですか』と忌々しげな声が聞こえてくる。


『スカしてんじゃないよ。さっさと洗いざらい喋りな』


 モニターの向こう、キョウコは好奇に目を輝かせ、前のめりになってこちらを詰めてくる。

 意外と恋バナが好きなのかもしれない。「ワクワク」という言葉が彼女の頭の上に浮かんでいるのが見える気がした。


「喋るも何も……」


 ただ単に否定しても彼女が聞く耳を持ってくれるか怪しい。どうやって誤解を解こうか考えていると、驚いたことに〈恋娘彗星(ココ・コメット)〉のメンバーの一人が助け船を出してくれた。


『あー……すいません、姐さん。私の旦那、この間ワークスさんと一緒にペルザス居たんですけど、そのノアちゃんと付き合ってるって噂、誤解らしいです』


 申し訳なさそうに会話に入ってきた女性は、夫がニルス航空基地奪還作戦に参加していたらしい。

 ヨソの御家庭で自分の噂話をされているというのは微妙な気持ちになるが、今は助かった。シドは「そうなんです」と大きく頷いて彼女の言葉を肯定する。


『誤解ってマジ……?』

『マジです。アイハムさんが、ワークスさんは誰とも付き合ってないって言ったとウチの旦那が言ってました』

『おやっさんが言ったなら確かじゃん……。なんだよもー。そーゆーのは早く教えろよ』

『すんません、姐さん! 恥かかせました!』


 せっかく面白そうな恋バナができそうだったのに当てが外れ、キョウコはガックリと肩を落として深いため息をつく。

 ただ気を取り直すのも早いのか、ペコペコ頭を下げているメンバーに「もういいよ」と苦笑いで手を振り、今度は別の意味で熱意が込められた瞳でシドを見てきた。


『まあいいさ。誰とも付き合ってないってことは今フリーってことだろ? よしっ、同じCランクのよしみだ。こうなったらアンタにノアの良いところを叩き込んでやる!』


 今度はくっつける方向にシフトしたらしい。お見合いおばさんの素質もありそうだ。


『時間はあるんだ。しっかり耳の穴かっぽじってよく聞きなよ!』

「……はい」


 余計なお世話だと言い返したいが、変に据わった目をしたキョウコが怖く、シドは萎縮して押し黙ってしまう。

 このままでは残りの2時間ずっと、ノアの良いところとやらを聞かされてしまうだろう。

 誰か助けてとシドが願った瞬間、レーダーの異常を知らせる警報がコクピット内に鳴り響いた。

 ロナがすかさず報告してくれる。


『レーダーに感あり! 12時方向より所属不明船が接近中です! シド、戦闘準備を!』

「おうっ!」


 キョウコたちの船でも敵を感知したのであろう。一斉に顔つきが変わる。

 助かった、の一言だけはなんとか飲み込んだシドであった。

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