第46話 ロナの考察
白馬コロニーの自室にて、シドはぼんやりとニュースを見ていた。
内容は、隣接する貴族領にて第四王子パラディアス王子率いる部隊がヒーステン伯爵軍を蹴散らし、奪われていた領土を奪還したというものだ。これにより伯爵軍に占領された全地域のうち、9割以上を取り返したことになる。
テレビではパラディアス王子と現地の貴族軍を讃えると共に、間も無くヒーステン伯爵領への逆侵攻が始まるだろうと伝えられていた。
(この叛乱の原因は国王陛下と第三王子殿下、て言われてもねぇ……)
シドの頭の中では惑星ペルザスでアイハムに言われた言葉が渦巻いていた。
彼が一番伝えたかったのは「王族には気をつけろ」ということらしいが、それはそれとしてこちらも気になる点である。
テレビがCMに入り、主婦タレントが軽くて持ち運びしやすい最新式掃除機を紹介している。
『シド、ちょっといいですか?』
テーブルの上でパソコンを使って何か調べ物をしていたロナが話しかけてきた。
彼女は今日もアニメキャラの姿を模倣している。今回は調べ物をしているからか、メガネをかけた理知的なキャラだ。青色の瞳に、ゆるくウェーブのかかった金髪で、ワイシャツにジャケットといった秘書か事務員のような服を着ている。
「なんだ、ロナ?」
『ネットで一般的に拾える範囲でこの国の王族について調べたので聞いてもらっていいですか? アナタの意見も聞きたいです』
「ああ、いいぞ。ロナも気になってたんだな」
ロナもアイハムの言葉が気になっていたらしい。自分なりに調べていてくれたようだ。
シドはテレビの方に向けていた身体をロナの方に向け、視線を合わせる。
いつぞやオークションで競り合っていたメタモルシェルは彼女が落札したそうだが、まだ届かないのでちびキャラ姿のまま。自然とシドは目線を下げることになった。
『まずは国王から。ヨハン・ヨーゼフ・アルプ・フォン・ソリスティア。長いので以後ヨハン3世と呼びます。……因みにですが、自国の王のフルネームをシドはちゃんと覚えてましたか?』
「……(そっと目を逸らす)」
善良かつ恭順である王国臣民であるならば当然知っているべき、自らが君主として仰ぐ尊き御方の名前を知っているかと問われたシドは、無言で目を逸らした。
「ヨハン3世」という名称は当然覚えていたが、長ったらしいフルネームまでは忘れていたのだ。
確か小学校で一度教わったが、20歳を過ぎた今ではとっくに忘却の彼方である。
なお、これはシドが特別あんぽんたんなのではなく、一般市民の4割ほどが同じく忘れていたりする。
「長くて覚えづらくて……」
『……義務教育の範疇だったと思いますが、軽く説明してあげますね』
「お願いします……」
電子図書館の常連で、勉強の一環で教科書にも目を通したことがあるロナが、王侯貴族の名前について解説を始めた。
話の本題から外れるが、義務教育を終えたはずのシドがこの体たらくなのは問題だと思ったのだろう。
シドは大人しく授業を受けることにした。
『王や貴族の本名は長いですが、何も難しいことはありません。知っていれば単純な構成です。ヨハン3世の場合はまず、「ヨハン」が個人名。「ヨーゼフ」が先祖の名前。そして「アルプ」が姓です。当主以外はこの個人名+先祖名+姓の構成になります。ここまではいいですか?』
「はい、先生」
かつてシドたちが出会った第四王子パラディアスの名前はパラディアス・ベネディクト・アルプ。「パラディアス」が個人名で、「ベネディクト」が先祖名である。
先祖名は語感で決められ、何代前の先祖にしなければならないなどのルールは特に無い。
『そして「フォン」が当主の称号です。当主以外は例え王太子であってもこの「フォン」は付きません。古代地球語由来の言葉で、原義は「〜出身の」という意味の前置詞です。最後の「ソリスティア」はわかるでしょう? 自身の領地の名です。なので、例えばシャモニー子爵は名前の最後が「フォン・シャモニー」になっています』
「なるほど、思ったより難しくないな」
先の例で言えば、パラディアスは「王子」であって「王」ではないので「フォン」が付かないというわけである。
『ちゃんと勉強していればよかったのです。……念のために補足しますが、この命名法はあくまでも銀河連邦崩壊後に王国でできたもの。帝国などの他国や、古代地球史に登場する王侯貴族の名前は別のルールで付けられていますからね』
「大丈夫、帝国や古代地球が舞台のゲームもやるけど、そんな細かいこと考えないから」
『……堂々と胸を張らないでください』
悪びれず言い放ったシドに、2頭身のロナの肩ががっくりと落ちるのであった。
◇◇◇
『さて、脱線してしまいましたが、話を戻しましょう。国王ヨハン3世の評判です。まずはこれを見てください』
シドが自国の王の名前も覚えていなかったせいで話が横道に逸れたが、ようやく元の流れに戻る。
ロナはパソコンを操作し、さまざまな資料を表示した。
数字が多く、何かの金額だと思うが、文字が細か過ぎて目が滑り、シドの頭では上手く内容が入っていかない。
いくつか題名部分を読んでみるがさっぱりだ。
「ソリスティア王国次年度予算案? 防衛費なんちゃら推移? ……なんだこれ?」
『大雑把に言えば、この20数年間の王国の国家予算の動きです』
「はあ……」
そんなものを見せられても困ってしまう。
これをどうしろという思いをロナに目で訴えかけると、彼女もシドが理解できるとは考えていないようで、わかりやすく結論だけを言ってくれた。
『細かい事を言ってもシドが混乱するだけですので、簡単に要点を言います。大事なのは3点。「ヨハン3世は極度の吝嗇家」、「なので即位以来大幅に各種予算を削り、それは帝国と国境を接するヒーステン伯爵家の防衛費補助金にも及んでいる」、「それ故に伯爵領内には王家への反感が強まっていた」。これだけです。資料もありますよ』
そう言ってロナは数ある資料の中から二つ、20年前の伯爵家への補助金と去年の補助金の額が書かれた資料をピックアップして前面に出した。
「おいおい、半分以下じゃねえか!」
『豊かな資源を持ち、財政が安定しているヒーステン伯爵領でなければ軍を維持できないところでしたね』
書かれている金額を見てシドは驚く。
彼には額の多寡や十分不十分はわからないが、思いっきり少なくなっているのは理解できる。
ヒーステン伯爵領は、隣国である帝国の侵攻からソリスティア王国を守る大切な領地である。そこの予算を減らしているとは一国民として信じられない思いである。
「知らなかった……国王陛下は家族想いの優しい人だとばかり……」
『それも間違ってはいませんよ。度は越していますが』
「というと?」
『ヨハン3世は自分の着る服すらめったに新調しないドケチですが、自身の子供には際限なくお金を渡して甘やかします』
それもネットを通じて資料を精査することで判明したのであろう。
もちろんシドは初耳である。
「そうなのか!?」
『はい。パラディアスはそのお金で私設艦隊を作って海賊退治をしているのでまだマシですが、万事控えめな王太子以外は浪費の限りを尽くしています』
「マジかよ……見る目が変わるわ……」
テレビやネットでは語られない自国のトップたちの有り様にシドはショックを受ける。
「……てことは、ヒーステン伯爵は国のために帝国と戦っていたのに補助金を減らされたから、その恨みで叛乱を起こしたってことか?」
ここまでの話の流れからそれが原因なのだろうと推察できる。
しかしロナは眉間に皺を寄せて考え込むようなそぶりを見せていた。
『それが原因の一つなのは間違いないと思います。ですがまだ何か決定的な理由がありそうですね……アイハムが言っていた第三王子の関与が不明ですし……」
「あっそうか! ギュンター王子も関わっているって言ってたな」
ギュンターとは第三王子の名前である。
ギュンター・ベック・アルプ。パラディアスより2歳上の兄である。
テレビなどでシドが知る限りは、落ちついた喋り方が特徴の、やや小太りだが知的な印象の男性だ。
パラディアスの影に隠れて知名度が薄いが、ボランティアに力を入れているとニュースで見たことがある。
「聞くのも怖いけど、ギュンター王子は本当はどんな人物なんだ?」
国王が国王だったので、シドの表情も暗い。
ロナの口からどんな話が飛び出てもおかしくはないと思っている。
『世間からは慈善家と言われていますが、相当な野心家だと私は見ました。次期国王の座も狙っている節があります』
「……マジ?」
『はい。チャリティーパーティーの参加者を確認すると、反王太子派の貴族が多く名を連ねているのがわかります。きっと彼らがいわゆる第三王子派なのでしょう。ボランティア基金の流れも不審な点が多く、軍事関係に回されている可能性があります』
クーデターを狙っているとしか思えない情報だ。
テレビの王室特集などを見て、ウチの国のロイヤルファミリーは仲が良いなぁと今まで呑気に考えていたが、その実は骨肉の争いを起こす気バリバリの仲だったらしい。
シドはいよいよ耐えられなくなり、テーブルに頭を抱えて突っ伏した。
「……こんなこと知って、俺、殺されないか?」
『外で喋らなければ問題無いでしょう。気をつけてくださいね』
ロナがシドの頭をポンと軽くタッチする。
蓋を開ければ想像以上に闇が深かった。叶うなら全てを忘れ、今日の朝からやり直したい気分だ。
「そのギュンター王子がヒーステン伯爵に何をしたんだよ……」
『そこがどうしてもわからないのです。おそらくギュンター王子が軍事力と経済力に優れるヒーステン伯爵を自身の派閥に加えようと画策したのでしょうが……』
おそらくそこが今回の叛乱の発端となった部分なのであろう。
さすがにロナもこの点に関しては合法的に情報を入手する自信が無く諦めたらしい。
『ともかく、この叛乱には不自然な点が多くあります。ヒーステン伯爵の真意もわかりかねますし、一部の王国軍がボイコットした件もあります。一つだけ言えるのは、伯爵軍との決着は後味が悪そうだということだけですね』
そうまとめたロナに対し、シドは「だよなぁ……」と大きなため息を吐いた。
経緯はどうであれ、叛乱を起こして最初に攻めてきたのはヒーステン伯爵軍だ。
事が起きてしまった以上、仮にシドが義憤に駆られて世間にこの件を訴えかけても、いたずらに家族の身を危険に晒すだけで何の解決にもならないだろう。
ロナも戦場に出れば容赦はしないはずだ。
パートナーであるシドにできるのは、自分と彼女が死なないように精一杯トリガーを引くことだけである。
世の中の嫌な部分を覗いてしまった後悔を胸に、シドはテーブルにしばらく項垂れ続けるのであった。
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