第45話 ニルス航空基地奪還
ニルス砂漠での戦いは、主戦力である二人の騎士を欠いた伯爵軍が、強気で攻め立てるアイハム・アル=イブン率いる傭兵たちに初っ端から押され続け、15分も経たない内に壊滅寸前となっていた。
ここまで伯爵軍側が圧倒された理由は、開戦早々に頼みの綱の二人の騎士を討ち取られて士気がダダ下がりしたことと、アイハム・アル=イブンの指揮能力の高さ故だ。
指揮能力が高いと言っても、アイハムの戦術は単純明快である。
曲がることを知らない将棋の香車の如く突っ込んで敵を粉砕。なんとなく危険な気配を感じたら急いで退避。ただそれだけである。
普通なら通用しないであろう戦法だが、神がかり的な直感を持つアイハムが指揮を執ると、不思議と敵の虚を突く形となり上手くいってしまう。
アイハムは王国陸軍時代からこの方法しかしていない。そんな兵士の命を捨てるような暴挙など、途中で上の方かどこかから待ったがかかりそうなものだが、積み重ねられた成功の実例があるので、誰も彼に文句を付けられない。だからこそ、この年齢になっても猪戦法が修正されないのだ。
これがアイハム・アル=イブンが貴族軍の騎士にも畏怖されている理由である。
アイハムはCランク傭兵として在籍しているが、実は本人が年齢などを理由に固辞していなければBランク以上に認定されている実力者だったりする。
そして今、そのアイハムと白馬ギルドの傭兵たちは、誰の目から見ても敗色濃厚となった伯爵軍の兵士に対し、揃って余裕の笑みを浮かべていた。
「へっ、連中すっかり心が折れていやがる。こりゃあ楽な戦だぜ。小僧には感謝だな」
「まったくですぜ、おやっさん」
「あんなヤベェ奴が味方ってのは、頼もしいったらありゃしねえや」
「みんなスコープでアイツらの顔を見てみろよ。恋人の浮気を知った時のジョージみたいな絶望したツラをしてるぜ」
「ハハッ、確かに!」
「ヘンリー、テメェ!」
「まあまあ、ジョージ。落ち着けって」
「にしてもいい気味だぜ、クソ伯爵軍どもめ」
「精鋭揃いっていっても、こうなっちまえばお終いだな」
パワードスーツを身に纏った傭兵たちは、戦車や武装車両を遮蔽物にしながら談笑する。
シドとロナは現在、アイハムの「もう一働きしてくれ」の一言で先行してニルス航空基地に向かい、対空砲などの防御設備を破壊している。
弾が尽きてきたのか、敵歩兵からの射撃も圧が弱くなってきた。
唯一傭兵より数が勝っていた戦闘機部隊も、トマスとノーマンがやられた動揺を突いてフジタが2機落とし、さらには行き掛けの駄賃としてロナも2機落としたことで劣勢に。武装ヘリも、他の傭兵の手により既に落とされている。
既に勝敗は決したも同然だ。
「さてと、そろそろ突撃を仕掛ける頃合いだな」
アイハムは味方の車両からカメラ映像を回してもらい敵の様子を確認してそう言った。
周りの傭兵たちもその言葉を聞いて雑談を止め、犬歯を剥き出しにした凶悪な顔つきで各々の武器を握り直す。
「空の方もそろそろフジタたちが終わらせるだろう。この後には基地の制圧もあるんだ。俺らもとっとと片付けちまおうか」
「「「うっす、おやっさん!」」」
「よーし、馬鹿ども突撃だっ! 俺に続けぇ!」
「「「おうっ!!」」」
戦車の砲撃に合わせ、サブマシンガンを手に真っ先に飛び出すアイハム。
他の傭兵たちも雄叫びを上げながらその後ろに続いた。
着ている物こそパワードスーツだが、やっている事は指揮官を先頭にして武器を片手に正面突破という古代から続く伝統的な戦法だ。とても宇宙時代の戦争とは思えない。
この場にロナが居れば『ここは西暦19世紀の地球でしょうか?』と(顔は無いが)眉をひそめたかもしれない光景だ。
それで上手くいくのだから仕方ない。
白馬ギルドの傭兵たちが伯爵軍残党を壊滅させ、ニルス航空基地を奪還するのに、それからそう時間はかからなかった。
◇◇◇
奪還したニルス航空基地は現地のシャモニー子爵軍に引き渡すまでの間、白馬傭兵ギルドが駐屯することになっている。
子爵軍側の準備に時間がかかるらしく、あちらからは最低3日は待ってほしいとの連絡があった。
敵もいないのにそれまで傭兵全員で待機している必要も無いため、部隊の半数は先に白馬コロニーに帰還することとなる。
シド(とロナ)は帰還組、取りまとめ役であるアイハムとフジタは居残り組である。
基地の駐車場では、大型トラックを前に帰還組と居残り組が別れの挨拶を交わしていた。
「もう帰るのかよ、シド。ペルザスでちょっと羽を伸ばしてけばいいじゃねえか」
「すいません、フジタさん。レンタル会社からエールダイヤのオーバーホールが終わったって連絡があって、確認に行かないといけなくて」
「せっかくオメェにペルザスの夜の街を案内してやろうと思ってたのによぉ」
照りつける太陽の下、フジタがつまらなそうにシドを軽く小突く。
本人にしてみれば軽いタッチみたいなものだろうが、ガタイのいいフジタがやればそこそこ衝撃があり、シドの足が半歩下がった。
「今からでも残らねえか? 可愛い姉ちゃんがいっぱいの、とっておきの店も紹介してやるぜ?」
「ははは……興味はありますが、次の機会に……」
「ちっ、固えヤツだな。ノアがいねえ今がチャンスだってのによ」
フジタのお誘いをシドは愛想笑いをしながら断る。
シド的にはオススメの夜の店にとても興味があるし、行けるものならご一緒したい。
だが首を縦に触れない理由がある。
ノアがいない今がチャンスだとフジタは言ったが、シドの右手にも(色々な意味で)とびっきりの女性がいたりするのだ。
「小僧、今回は助かったぜ。ありがとよ」
すいませんとペコペコ謝るシドに、今度はアイハムが声をかけてきた。
手に持った葉巻を軽く掲げ、ニヤリと豪快な笑みだ。甘い香りが漂ってくる。
シドはそちらに向き直り、改めて頭を下げた。
「いえ、こちらこそお世話になりました」
「そう畏るな。この業界は実力が全てだ。礼儀は必要だが、お前ならもう少し偉ぶっても誰も文句は言わねえさ」
アイハムは空いている方の手でシドの肩をポンポンと叩く。
シドが顔を上げると、意外なことにアイハムは真剣な表情だった。
「アイハムさん……?」
困惑するシドに、アイハムは低く渋い声で忠告してきた。
「そんな強え小僧に俺からアドバイスだ。いいか、よく聞け。お前さんほどの腕なら間違いなく遠からずSランクになる。そうしたら名誉貴族の仲間入りだ。本物の貴族でもおいそれと手出しできねえ地位を手に入れることになる」
シドがSランク傭兵になるとアイハムが断言した瞬間、周囲の傭兵たちがざわついた。
Sランク傭兵は一国に5人といない傭兵ギルドの最高戦力だ。並の騎士が束になっても敵わない実力者揃いと噂されている存在である。そうそう新たに認定されるものではない。
……が、傭兵たちは騎士二人をシド(ロナ)が瞬殺している事実を思い出し、さもありなんと納得した。
(俺が名誉貴族……!?)
それよりもシドが驚いたのは名誉貴族という部分である。
名誉貴族は、多大なる功績を挙げた平民が王族より授けられる爵位である。
一代のみの爵位なので子孫には継げず、本物の世襲貴族よりも特権は少ないが、個人の功績で勝ち取った地位なので、ある意味で世襲貴族より平民から尊敬されていたりする。
そんな身分に自分が将来なるとは夢にも思っていなかったのだ。
いまいち実感が湧かないシドだが、アイハムの話はまだ続いている。
「だから貴族連中はそんなに怖くねえ。名目上であったとしても同格なんだからな。だから、お前が注意しなきゃいけねえのが王族の連中だ」
「王族……ですか?」
シドはニュースで王族の顔はいちおう知ってはいるし、第四王子なら会ったこともある。
そこまで悪い噂を耳にしたことは無かったが、アイハムの意見は違うらしい。
「ああ、そうだ。大きな声じゃ言えねえが、今の王族でマトモなのは王太子と第四王子だけ。陛下を含め、他は大馬鹿野郎どもだ」
どストレートに不敬罪な発言をアイハムはハッキリと口にした。
先の「Sランク」発言より大きなどよめきが起きる。
「おやっさん、そんなこと言っていいんですか!?」
「ダメに決まってんだろ。公安にチクんじゃねえぞ」
「チクるわけないじゃないっスか!」
ダメでもシドに伝えなければならない事らしい。
アイハムは「んんっ」と咳払い一つして話を再開した。
「つまりだ、小僧。今後、王族から声がかかっても王太子と第四王子以外には味方するな。破滅するぞ。そもそも今回のヒーステン伯爵の叛乱だって、国王と第三王子が原因なんだ」
「「「マジですか!?」」」
今度は大合唱が起きた。
言った後、全員が慌てて自分の口を塞ぐ。どう考えても極秘事項だ。不敬発言以上に大声で喋っていい内容ではない。
傭兵の一人がヒソヒソ声で確認をする。
「おやっさん、それ本当っスか?」
「おお、本当だ。陸軍時代の伝手から聞いた、確かな情報だぜ。これも公安にチクんなよ」
「チクれないっスよ……俺まで逮捕されるじゃないですか……」
情報の出所に太鼓判を押すアイハム。
周りで聞いている身としては与太話だった方がありがたいくらいだった。
「それで……詳しい内容とか聞いても大丈夫なんですか?」
「いや、それは言えねえ」
他の傭兵が恐る恐る手を挙げて尋ねるも、アイハムは首を横に振って答えなかった。
「最終的には誰かが暴露して王国全国民が知ることになるだろうが、それはこの叛乱劇が終盤に入ったあとだ。お前らは今はまだ知らねえ方がいい。――俺が伝えたいのは、王族には気をつけろって一点だけだ。小僧も、お前らも、わかったか?」
「「「……うっす」」」
結局、アイハムは国王と第三王子のやらかしについては口を閉ざし続けた。
彼の言う通りならいずれわかる事らしいが、どこかモヤモヤしたものを抱えながらシドたちは白馬コロニーへの帰路につくのであった。
◇◇◇
「そう言えばおやっさん。おやっさんの見立てでは、シドって実際どのくらいの強さなんですか?」
「ああん?」
トラックが出発した後、フジタは隣にいるアイハムに何気なく尋ねた。
アイハムは目を閉じて僅かに考えると、「そうだな」と口を開いた。
「地上にいるときはオーラを感じねえが、空にいるときはバケモノだ。それこそ帝国の《宇宙最強》に匹敵するほどのな」
「シドがあの《宇宙最強》とタメを張ると?」
「ああ」
「Sランクどころじゃねえな……」
「だからあんな忠告をしたんだよ。才能ある若いやつが道を間違えて処刑台行きだなんて笑えもしねえ」
うへぇーと天を仰ぐフジタを横目にアイハムはシドの駆るオリックスS-3000の姿を思い出す。
実は、アイハムにはどうしても地上のシドと空のパイロットが一致するようには見えなかったのである。
(……小僧には秘密がある。俺の勘が関わるなと全力で警告を鳴らすほどの、な。そして、その勘はほっといても大丈夫だとも告げてやがんだ。……いったいどんな爆弾を抱えてんだか。ククク、あの小僧、見かけよりも骨がありそうじゃねえか)
その神がかり的な直感でロナの存在に気づきかけたアイハムだが、これまで人生同様その直感に従い、詮索しないことを決めた。
彼はクルリと踵を返し、フジタに「昼寝してくる」と告げて基地の中に戻るのであった。
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