第41話 ギルドの噂
『そう言えばシド、お前ノアとデキてんのか?』
「ぶっ!? いきなり何を言ってるんですかフジタさん!」
通信先のフジタの口から突然飛び出した発言に、シドは驚きのあまりオリックスS-3000のコクピットの中でむせ返った。
ブリーフィングという名の顔合わせから2時間後、シドたち白馬ギルド傭兵団はヒーステン伯爵軍残党が占拠するニルス航空基地に向かって出発した。
傭兵団は銃火器を搭載した武装車両が5台、戦車が3台、歩兵を乗せた大型トラックが5台、そしてシドたち戦闘機部隊が5機の計63名である。
情報では基地に立て篭もる伯爵軍残党は30人弱。この情報が正しければ傭兵団は倍以上の人数で攻めることになる。
いくら精鋭である伯爵軍といえど、孤立無援の状態では厳しい兵力差である。
さらに伯爵軍にとって悪いことに、航空基地があるのは砂漠のど真ん中だ。周囲に逃げ隠れする場所も無く、守るに不利な場所である。
さて、シドやフジタら戦闘機部隊はあまり関係ないが、航空基地がある場所の関係上、地上部隊は砂漠を越える必要がある。
とはいえこの時代の車両はホバー移動が基本である。砂漠であろうとさほど苦にはならない。
傭兵たちはいつも通り軽口を叩きながら行軍している。
白馬コロニー防衛戦の時もそうであったが、移動中にバカ話に興じれるのも歴戦の傭兵としての貫禄というものなのだろう。あの時よりはシドも慣れたようで、誰かに話を振られたら落ち着いた様子で返事をしていた。
そうしたら出てきたのが冒頭の話題である。
『とぼけんじゃねえよ。この間、お前らがコロニーの格納庫でイチャついてんのを見た奴がいるんだぜ。人目も憚らず抱き合ってたらしいじゃねえか』
「あ、あれはノアが一方的にしがみついてきただけですって!」
どうも、先日のノアと一緒に密輸業者を潰して帰還した後のゴタゴタを目撃されていたらしい。あの時のノアは完全におかしくなっていて、落ち着くまでずっとシドの腕に縋りついてきたのだ。
『ほーん、イチャついてたのは間違いねえわけだ』
「だからそれは違くて」
『隠さなくたっていいじゃねえか。ギルドの男連中の間じゃ、とっくに付き合ってるって噂になってるぜ』
「マジですか!?」
コクピットのモニターにニヤついた顔のフジタが映る。
シドは誤解を解こうとするが、なかなかフジタが信じてくれない。それどころかギルドの男性陣に噂が広まっていると聞いてますます動揺する。
さらにその上、
『……あの小娘とシドが? 冗談にしても笑えませんね』
と、ロナの苛立たしげな声まで聞こえてきたので、なおさら落ち着かない。
元々凛としつつも冷たさを感じさせるロナの声がさらに冷たく感じる。砂漠の熱風の中を取んでいるはずなのに、気分はまるで極寒の吹雪の中だ。
『で、どうなんだ? ノアとモニカ嬢ちゃんのどっちが本命なんだよ。もしかしてどっちもか? この色男』
「なんでモニカさんの名前まで出てくるんですか!?」
『やはりあのあざとい女狐もですか、忌々しい……ッ! シド、早くハッキリと否定しなさい!』
わちゃわちゃと収拾がつかなくなりそうな中、そこに新しく下のトラックに乗っているアイハムまで話に加わってきた。
『よう、面白そうな話をしてるじゃねえか』
「アイハムさんまで! 勘弁してくださいよ……」
『ククク、そう邪険にするな』
コクピットのモニターにアイハムの顔が表示される。首から上は昨日と同じターバン姿だが、胴体は重厚な機械のアーマーを装着していた。
パワードスーツと呼ばれる装備で、今アイハムが着ている胴体部に加えてヘルメットパーツを被ることで完成する、戦闘用強化外骨格だ。
筋力や瞬発力が向上し、その他にも各種センサー、対弾性、防毒と様々な機能がある。
この時代の陸戦歩兵は戦闘時にこのパワードスーツを装着するのが普通である。
『おやっさん、コイツなかなかゲロらなくて』
フジタがそう言うとアイハムは『ほう……』と呟き、ギラリと目を光らせた。
『小僧、ちょっと俺の質問に答えてみろ』
「はい?」
アイハムが画面越しに真っ直ぐ目を見つめてくる。
彼の眼差しから妙な威圧感を感じ、シドの喉がゴクリと鳴った。
アイハムは気安い口調で、それでいて低く力強い声で質問を投げかけてきた。
『なあに、簡単な質問だ。ノアとモニカ、どっちかと付き合っているか?』
「……どっちとも付き合ってないです」
質問は予想通りだが、言葉に有無を言わさぬ響きがある。
とはいえ嘘をつくわけにもいかないので、シドは正直に答えた。はたしてこれで納得してくれるのだろうか、不安である。
『おやっさん、どうでした?』
フジタの問いかけにアイハムは重々しく頷く。
『シロ……だな』
『あー……そうですか。つまんねぇ……』
アイハムはシドの言葉を信じた……というよりは真偽を見抜いたようである。
フジタもそれで納得したので、誤解は解けたみたいだ。
『つまり、まだノアとモニカ嬢ちゃんのどっちにもチャンスがあるってわけだ』
「あはは……」
フジタはそう言って意味ありげにシドに目線を投げかけてきたが、シドは愛想笑いを返すに留めた。
シドとしてはモニカのようなおっとり顔の癒し系美女が好みなのだが、右手首の方から強烈なプレッシャーを感じているので下手なことは口にできないのだ。
女性の前で他の女性を褒めるのは命取りになると、今まさに実感しているシドである。
画面の向こうではアイハムが訳知り顔で頷いていた。
『強い男に女は惹かれるもんだ。俺も若い頃は大変だったぜ。どこの星に行っても女にまとわりつかれてよ、別れ際に何人泣かせてきたか覚えてねえや』
『流石おやっさん。戦場だけじゃなくて、ベッドの上も経験豊富でしたか。……ところで、この話を奥様にしても?』
ニヤッとイヤらしい笑みを浮かべたフジタが冗談でそう尋ねると、アイハムは大口を開けて豪快に笑った。
『ガハハ、アイツは悋気だからな。そいつは勘弁してくれ。小僧も、遊ぶのはいいが、刺されないようにしろよ。女の嫉妬は怖えぞ』
「……肝に銘じます」
なんとなく。なんとなくだが、もの凄く嫉妬深い女性が自分のすぐそばに居ることはシドも薄々気がついている。
アイハムの言葉には深く感じ入るものがあった。
◇◇◇
「そろそろ敵とぶつかるな」
『はい、衛星からの映像でもニルス航空基地から敵が出撃したのを確認しました』
伯爵軍はこちらを迎撃すべく基地から打って出たらしい。
正面からのぶつかり合いになりそうである。
因みに、衛星軌道上から基地に対して攻撃を加えるのは一方的な虐殺であるとして国際条約で禁止されている。
人間性を美徳とする現代では遠隔攻撃などもってのほか。国際的に最も軽蔑される行為だ。
引き金を引く者は同じ戦場に立って戦う、これがこの時代の戦争の最低限のルールである。
「いまさらだけど、本物の空を飛ぶのは初めてだぜ」
シドがふとそんな言葉を漏らす。
考えてみれば、免許を取った時からずっと宇宙を飛んでばかりで、惑星の大気圏内を飛行したのは初めてだと気づいたのだ。
なお、惑星イマリの件はノーカウントである。
『そうなのですね。私もです』
「へっ?」
『私の初陣はマシン・ディザスターでの決戦です。その後はアナタと一緒なのですから、経験など無いに決まっているではないですか』
「あ、ああそうか」
つい驚いた声を出してしまったが、ロナの言う通りである。このコンビは揃って地上戦初体験なのだ。
『確かに初めてですが安心してください。私の中には同胞たちが蓄積した数多の戦闘データがあります。どのような敵が来ても私は負けません』
「そこは信じてるって」
『よろしい』
満足げなロナの声がコクピットのスピーカーから聞こえる。
レーダーに敵を意味する赤い光点が表示され始めた。
歩兵や戦車などの地上部隊と、戦闘機とヘリで構成された航空部隊を合わせて23。
この様子では基地にはほぼ人員は残っていないだろう。
降伏する様子もないので、向こうはここで死力を尽くして戦い抜くつもりのようだ。
敵軍の構成は確認できるだけで、戦闘機が8機に、ヘリが2機。戦車が2台に歩兵が10人であるが、それに加えてもう一機、特殊な兵器があった。
望遠カメラがその機体を捉えた瞬間、シドは目を見開いて声を上げた。
「地上戦用機動ロボだ!」
右手に大型のガトリング砲、左手に大楯を装備した黄土色のロボットだ。
単眼の無骨なデザインの機体で、両手の武器以外にも背中にはミサイルポットを積んでおり、かなりの弾数がある。
脚部は二足だが太めに設計されており、砂の上を戦車と同じくホバーで移動している。
そして肩にはヒーステン伯爵軍のマークが付いていた。
「確かあの機体は『マルージア』って名前だったはず……当たってるよな?」
『はい、当たってますよ。ホウジム重工製機動ロボ『マルージア』。拠点防衛用に開発された機体です。ただ、正確にはそのエース用機である『マルージア改』ですね』
「エース用てことは……まさか騎士が?」
『……かもしれませんね』
うんざりしたようなロナの声。どうもまだ「騎士」という制度に納得がいっていないようだ。
貴族軍でエース機に乗れるのは基本的に騎士である。
かつてシドとロナが対峙したアルフレッド・スカイもそうだ。
もし騎士が相手であるならば、あの時と同様に一筋縄ではいかない戦いになりそうである。
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