第40話 傭兵という生き方
アイハム・アル=イブンは元々ソリスティア王国陸軍に所属しており、最終階級は少佐であった。
40歳を前に急遽軍を退役し、傭兵へ転身。以降各地の王国ギルド支部を転々とし、水が合ったのか最終的に白馬ギルド落ち着くことになる。
現在64歳。《鉄人》の異名を持つ、還暦を超えてなお現役で戦い続ける歴戦の強者である。
「はじめましてだな、シド・ワークス。テレビで活躍は聞いてるぜ。俺はアイハム・アル=イブン。Cランク陸戦兵だ。よろしくな」
頭にターバンを巻いて豊かな白髭を蓄えたアイハムは、低く渋い声でそう挨拶すると、握手のため節くれだった手をシドに差し出してきた。
近づいたことで彼が吸っている葉巻の甘い香りが鼻をくすぐってくる。
シドはその手をがっしり握り返した。
「はじめまして、Fランク戦闘機乗りのシド・ワークスです。よろしくお願いします」
体格が良い上に眼光が鋭い彼と至近距離で向き合うのは腰が引けるが、味方にビビっても仕方ないと、シドは内心の怯えを堪えながら挨拶を返す。それで微笑を浮かべながら澱みなく言葉を言えたのだから上出来だ。
「おう。頼りにしてるぜ、小僧」
アイハムも歯を剥き出しにして笑い返してきた。威嚇する虎のように見えてとても怖い。
初対面でいきなり“小僧”呼ばわりだが、不思議と不快感を感じないのは、彼のざっくばらんな気風によるものなのかもしれない。
「アイハムさんが俺を呼んだと聞きましたが?」
シドがそう尋ねるとアイハムは「まあな」と首肯した。
「伯爵軍の連中が占拠してる基地を見てたら、な〜んか首の後ろがピリピリしてよ、フジタの他にもう一人腕のいいパイロットが必要な気がしたんだ。そしたらお前の噂を聞いてな、ちょうどいいから呼んだんだ」
「はあ……」
シドはなんとなく必要そうだから呼ばれたらしい。
どんな理由だろうとも、彼としてはロナが問題ないなら構わないので、とりあえず曖昧に頷いておく。
「さてと」
挨拶が済むとアイハムは格納庫に集合していた傭兵たちに向かって大声で号令をかけた。
「よーし、これでメンツは揃った! 今日こそヒーステン伯爵軍の奴らに引導を渡すぞ! 馬鹿ども、準備はいいな?」
「「「おうっ!」」」
「開戦は2時間後、1200! 遅れたら承知しねえぞ!」
「「「うっす、おやっさん!」」」
野太く響く男たちの声で格納庫が揺れんばかりだ。
アイハムは満足そうに頷き、再度シドの方を向いた。
「顔合わせはこれでいいな。小僧、お前さんに乗ってもらう戦闘機はあっちにある。詳しくはフジタに教えてもらえ。あとは時間まで自由行動だ」
そう言うとアイハムは葉巻の煙をフゥと吹いた。そして説明は終わりだとばかりに格納庫の外へ出ようとする。
周りの傭兵たちも、銃の手入れを始める者や、動画を見始める者、アイマスク片手に何処かに行こうとする者と様々だ。
ブリーフィングだと聞いていたが、もうこれで終わりらしい。敵の情報とか、味方同士の連携とか、そういった話題は何一つ出ていない。言ったのは開戦時間だけだ。
(嫌な予感がする……)
思えばこのギルドはいつもこうだ。
コロニー防衛戦の時からずっと「好きに暴れろ」としか言われていない気がする。
無駄だと察しつつ、シドはアイハムのその背中に待ったをかけて一応聞いてみた。
「すいません、アイハムさん! その……作戦とかは……?」
「あん?」
アイハムは怪訝な顔をして振り向いた。
シドの問いかけが余程不思議だったようだ。「何を言ってんだコイツ」とわかりやすく顔に書いてある。
「おいおい、なに眠てえこと言ってんだ小僧。俺らの作戦は決まってんだろ。俺が馬鹿どもを率いて突撃する。お前ら航空部隊はそれを支援。やばそうな事が起きたら各々対処。そんで敵を全員ぶっ殺したら終わり。これ以外に何があるってんだ?」
白馬ギルドの蛮族らしい答えだが、仮にも陸軍で少佐まで昇った男の作戦とは思えない。これを真面目に言ってるのが恐ろしい。
もうこのギルドにマトモな戦略を求めるほうが間違いなのかもしれない。
(やっぱりか……)
シドは全てを諦め、乾いた笑いを浮かべながら謝った。
「ハハハ……そうですよね。変なこと聞いて申し訳ありませんでした」
「おう、あんま若えうちからゴチャゴチャ考えんなよ。ハゲるぞ」
「……気をつけます」
アイハムは豪快にガハハと笑いながら格納庫から出ていった。
耳元のイヤホンからは、ロナが『狂戦士ギルドに改名すべきでは?』と言っている声が聞こえてきた。
◇◇◇
「シド、こいつがオメェの機体だ」
シドは先輩傭兵のフジタと共に格納庫を進み、今度の作戦で使用する戦闘機の元まで案内してもらった。
足を止めたのは特徴的な尾翼をした大型の戦闘機の前。フジタがその機体を顎でしゃくってシドのだと伝えてきた。
「双発重戦闘機『オリックスS-3000』。子爵軍ご自慢の機体だ。ペルザスのとある基地にあったんだが、おやっさんが軍にナシをつけてここに引っ張ってきた。なあに、軍の連中もお前さんが乗るなら文句ねえだろうさ」
オリックスS-3000は通常の戦闘機よりも大きな翼を持ち、ツインジェットエンジンを搭載した灰褐色の機体である。
目を引くのはその尾翼で、やや後ろに反った細長いV字の形をしており、まるでオリックスの角のように見えるからその名がついたらしい。
武装は機首の実弾式機銃と胴体腹部にある大型バルカン砲一門。そして翼部に空対空ミサイルと投下式爆弾が見られる。
「機動パスは端末に届いてるな?」
「はい、さっきマーズフォンに届きました」
機体を動かすには機動用のパスキーが必要だ。
先程フジタから届いたオリックスS-3000のパスは既にロナのバングル型PCに転送済みである。これでいつでも機体を動かせる状態だ。
シドはここまで案内してくれたフジタに礼を言う。
「フジタさん、案内してもらってありがとうございます」
「いいってことよ。じゃ、俺はちょっくら買い物してくるわ。嫁とガキに土産を買ってやらないといけねえんだ」
「あっ、ご結婚されていたんですね」
フジタが結婚していて、さらに子供までいたと知ってシドは少し驚く。
年齢的には何もおかしくないが、特に指輪もしていないので独身だとばかり思っていたのだ。
フジタは口の端を上げてニヤリと笑った。
「なんだ? 俺が既婚者ってのは意外だったか?」
「いえいえ、そんな! 指輪をされていないので、てっきり独身だとばかり。失礼しました」
冗談めかした態度で聞いてくるフジタに、シドは慌てて首を横に振って謝った。
フジタは左の手をヒラヒラさせて指輪をつけない理由を説明する。
「指輪をつけてっと感覚が微妙に変わって操縦しづれえんだよ。だから指輪は家のタンスに入れっぱなしだ」
「あーそうなんですね」
「失くす心配もなくて楽だぞ。まっ、俺が指輪を着けずに飲みに行ってることに嫁が時々ブー垂れるけどな」
そう言って大口を開けて笑うフジタ。
シドは何と言っていいかわからず、愛想笑いを浮かべる。
「あはは……でも奥様と仲がよろしいじゃないですか。お土産を買われるなんて」
「バカ、こういうとこでご機嫌取んのが大事なんだよ。オメェも結婚したら嫌でもわかるぜ」
『そうですね。パートナーに対する細かい心遣いはとても大事です。シド、彼の金言をよく心に刻んでおいた方が良いですよ』
「……ははは、そうみたいですね」
途中からロナまで話に加わってきた。
しっかり覚えておくようにとばかりに右手のバングルの裏からツンツンと突かれてもいる。シドはもう苦笑するしかない。
「と、そろそろ俺は行くぜ。時間がなくなっちまう」
将来タメになるであろう助言をくれたフジタは、そう言って今度こそ買い物に向かおうとする。
作戦開始までまだ時間はあるとはいえ、そうのんびりもしていられない。
シドは足を止めさせたことを詫びる。
「引き留めちゃってすいませんでした。いいお土産あるといいですね」
「まっ、一通り見てみるわ。おっ、そうだ。もし俺が死んだら土産はお前が届けてくれや」
「……やめてくださいよ縁起でもない」
「そういう商売だろ。死ぬ気はねえけど、そん時はそん時、もしもだ、も・し・も。――じゃ、また後でな」
「……はい、また後で」
フジタは軽く手を振って商業スペースの方へと普段通りの足取りで去っていった。
その背中に、シドはかつて自身が軽率な気持ちでなろうとした傭兵という生き方をするという事の意味について、改めて教えられたような気がするのであった。




