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第39話 熱砂の大地へ

 空に光り輝く太陽型恒星が、砂漠の大地を熱く照らしている。

 ここはシャモニー子爵領とヒーステン伯爵領の境に位置する、惑星ペルザスにあるニルス砂漠。

 これからこの地でシャモニー子爵軍とヒーステン伯爵軍の戦いが行われようとしていた。


「暑っついなぁ。久しぶりに地表に降りたかと思えばこれかよ。いったい何度あるんだ?」

『現在気温は約38℃。ニルス砂漠では平均的な気温ですね。ただ、陽が落ちると一気に氷点下まで冷え込むので注意してください』

「うへぇ、マジで?」


 ウンザリだとばかりに舌を出すシド。

 ニルス砂漠中央部にある宇宙港「スペースポート・ニルス」、シドとロナはそこでこれより行われる作戦に備えて待機していた。

 彼らは今、宇宙港の屋上で日光浴……というには強烈だが、その最中だ。

 シド本人が言っていたように、久しぶりに惑星に降りたのだから外の空気が吸いたいと考えて屋上に向かったのであるが、結果は散々だ。

 肌がジリジリと焼ける音が聞こえてきそうな強すぎる日差しに、口内の水分を一瞬で蒸発させた猛烈な暑さ。紫外線対策で帽子を被り、長袖のシャツを着ているが、どっちも汗でもうベタベタである。

 ロナがいる右手のバングルも蒸れている。彼女に触覚があったら、かなり気持ち悪く感じていたかもしれない。

 まだ屋上に来て数分だが、もう心の中は後悔でいっぱいだ。


『中に戻ったらどうですか?』

「……そうする」


 ロナに促され、シドはすごすごと建物内に逃げ帰る。常に適温が保たれているコロニー住みのシドには辛い環境であった。

 クーラーが効いた室内に戻ると、シドは帽子を取って額の汗をハンカチで拭った。

 冷たい風が顔にかかり、少しだけ生き返った心地だ。

 彼らが今いる場所は宇宙港の展望エリアと呼ばれるフロアである。

 周囲にはそれなりに人の姿があるが、イヤホンを通じて会話する分には奇異の目で見られることもないので、シドはそのままロナと会話を続けた。


「喉乾いたな。廊下に自販機あったっけか? ……おっ、ここ壁に穴が空いてる」


 ドリンクの自動販売機を探しながら歩いていると、シドは廊下に真新しくできた小さな穴を見つけた。


『弾痕ですね。この間の戦闘でついたものでしょう』

「あー、ちょっと前までこの宇宙港もヒーステン伯爵軍に占領されていたんだっけか?」

『はい、記録によれば、ここを奪還したのが3週間前になります』


 シャモニー子爵領の中で伯爵軍の標的にされたは白馬コロニーだけではない。

 子爵領最端部にあり、「ヒーステン伯爵領への玄関口」と呼ばれ、人口20億人を擁するペルザスも白馬コロニーと同タイミングで襲撃を受けていた。

 当時ペルザスにも子爵軍の駐在部隊がいたが、伯爵軍の奇襲により壊滅。

 以後ペルザスは子爵軍本隊による奪還作戦が決行されるまでの間、伯爵軍の占領下に置かれていたのだ。


「伯爵軍の宇宙艦隊が守っていたんだろ? よく勝てたな」


 シドのこの発言は、何の裏もない純粋な感想である。

 伯爵軍と子爵軍を比較した時、前者の方が圧倒的に練度が高い。

 同数でぶつかった場合、間違いなく伯爵軍の方に軍配が上がるであろう。

 だから「よく勝てたな」という言葉が飛び出てきたのだ。


『さすがに簡単ではなかったようですよ。惑星ペルザスに駐留していた伯爵軍第5艦隊の分隊を追い払うのに、子爵軍は多大な被害を出しています。これは地上に降りた部隊も同様です』

「……どんくらい?」


 聞くのも怖いが、いちおう聞いてみる。

 ロナは淡々と答えた。


『部隊の約20%です』

「うわぁ……」

『この私がいれば分隊ごときすぐに壊滅させたのですが……なんでアナタを呼ばなかったのでしょうね?』


 自信に満ちたセリフを不思議そうに口にするロナ。

 実際、白馬コロニーのタック准将を始めとした数名の将官からはシド・ワークスを奪還作戦に組み込むという案が出ていた。

 しかし「シド・ワークスに功績を奪われてばかりでは軍のメンツが立たない」という大多数の意見があり、流されてしまっていたのだ。

 もし呼ばれていればそれこそ八面六臂の活躍をしたであろうが、残念ながら過ぎた話である。


「で、確かまだ伯爵軍の残存部隊がこの近辺にいるんだよな?」

『はい、そうです。子爵軍により、惑星ペルザス周囲に展開していた伯爵軍の宇宙艦隊と、主要都市を占領していた地上部隊は排除されましたが、まだ多くの兵力がこの近くにあるニルス航空基地に残っています。それらを排除するのが今回の任務です』


 疲弊した子爵軍には残存兵力を叩くだけの余力が残っていないらしく、戦闘開始から半月以上経ったいまでもニルス航空基地を攻略できていない。

 だからこそ、当初は手を借りる気がなかったシドたち傭兵を雇ったようだ。

 子爵軍にはこの後にもう一つ重要な作戦が控えているので「背に腹はかえられない」というやつであろう。


「それでペルザスは完全解放。子爵領内で残す被占領地は黒龍コロニーだけになるな」

『パラディアスも活躍しているようですし、いよいよヒーステン伯爵も追い詰められていますね』


 ヒーステン伯爵軍による侵攻を受けた各貴族領は、ソリスティア王国第四王子のパラディアスを中心に体勢を立て直し、連携して反撃作戦を実行している。

 それはここシャモニー子爵領も同様だ。

 シドとロナの活躍により第6艦隊の初手を挫いて白馬コロニーを防衛したので他の貴族領よりは占領された箇所は少ないが、それでも惑星ペルザスに続けて黒龍コロニーという場所が伯爵軍の手に落ちている。

 ペルザスをおおかた奪還した子爵軍は次の黒龍コロニーに向けて部隊を再編中。なのでニルス航空基地に戦力を割けないのだ。


「ホント、最初はすぐに終わると思ったけど、ずいぶん長い戦いになったもんだ。――とっ、自販機みっけ」


 廊下の角を曲がった先に自販機を見つけたシドは小走りで近寄る。もう喉がカラカラで仕方ないのだ。

 冷えたスポーツドリンクを買い、(あお)るように飲んでいると、シドの左手のマーズフォンが音を鳴らしてメールの着信を知らせてきた。

 相手は同じ白馬コロニーの傭兵であるCランク戦闘機乗り(ファイター)のフジタだ。


「フジタさんからだ。ええと、今すぐ格納庫に集合だと。……どこだ?」

『仮にも傭兵なら今いる場所の地図は頭に叩き込んでおいた方がいいですよ。まあ、今回は私がナビします』

「助かる。ありがと」

『どういたしまして』


 シドはホッとした表情で走り出す。

 集合ということはそろそろブリーフィングが始まるのかもしれない。

 格納庫と言われてもどこだか全くわからなかったが、ロナのサポートがあれば迷うことなくたどり着けそうだ。

 

 ◇◇◇


「早かったじゃねえか、シド!」

「お疲れ様です、フジタさん」


 フジタは格納庫の入り口すぐでシドの到着を待っていた。

 相変わらずヒゲが濃くて山賊のような外見だ。

 砂漠ということで迷彩柄の帽子を被っており、いかめしさが増している。腰には大型の拳銃が下げられていて、街で会ったら逃げたくなるような外見だ。

 格納庫の中を見回せば、他にも武装している人の姿が大勢ある。何人か見た顔があったので、おそらく全員傭兵であろう。

 誰もがカタギには到底見えない物騒な雰囲気を漂わせている。

 一人一人挨拶すべきかとシドが考えていると、その前にフジタが話しかけてきた。


「わざわざ白馬から来てもらって悪いな。腕利きの戦闘機乗りが俺の他にもう一人必要になったんだが、お前さんを呼ぶようにって、おやっさんが指名したんだよ」


 フジタはガハハと大口を開けて笑いながらシドの肩を気安く叩いてそう言った。

 シドはちょっと咽せながらも聞き返す。


「おやっさん?」

「おう、白馬の最年長だ。ほれ、噂をすればご到着だぞ」


 フジタがシドの背後を指差す。

 そこには格納庫の扉を開いて入ってくる、頭にターバンを巻いた初老男性の姿があった。


「俺が最後か? 待たせたな」


 低いが腹にズウンとくるような力強くて渋い声である。

 ターバンからわずかに見える白髪に、アゴには豊かな白髭。顔には大きな横一文字の傷跡。口には葉巻きを咥え、不敵な笑みを浮かべている。

 古びた軍服に身を包み、見るからに歴戦の兵士だ。

 そして、何より印象的な金色の瞳が放つ眼光は、この場の誰よりも鋭い。

 彼こそが白馬傭兵ギルドの最年長、Cランク陸戦兵(レンジャー)アイハム・アル=イブンである。

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