第38話 ロナの買い物
お昼の11時半となり、つけっぱなしにしていたテレビがニュース番組を流し始めた瞬間、シドは小走りでダイニングテーブルの上にあるリモコンを掴み、テレビの電源を猛スピードで切った。
「危なかった……」
ふぅ、と息を吐いて安堵するシド。たかがテレビの電源を切っただけなのに大げさな仕草である。
それを見て、テーブルの上でタブレット端末を操作していたロナが呆れた声で言った。
『まったく……リビングに戻るなりドタバタと騒がしい人ですね』
「うるさくして悪かったよ。もしかしてテレビ観てたか?」
『いえ、BGM代わりに聞き流していただけです。それよりもお仕事は無事に終わりましたか?』
「ああ、まあ……うん」
今日、彼は傭兵としてはオフだ。
だがプロゲーマーとしてインターネットラジオのゲストに呼ばれており、そちらの方の仕事をしていたのである。
出演を依頼されたのは有名女性声優がパーソナリティを務める番組である。内容は、毎回業界の大物をゲストに招いて主にゲームやアニメについて語り合っているというもので、視聴率が高く、スポンサーも多くついている人気番組だ。
今回シドは若手ながらその番組のゲストに異例の大抜擢をされ、つい先程まで自室からオンラインで出演していたのである。
『歯切れが悪いですね。大ポカでもしましたか?』
そう言いながらロナは自身の本体であるコアチップを包むメタモルシェルを変化させ、何かのアニメの女性キャラを2頭身にデフォルメした、ちびキャラの姿になった。
銀色の長髪をした凛々しい顔のキャラで、学生っぽい制服を着ていることから、おそらく学園もののアニメのようである。
メタモルシェル込みの彼女の身長は約5cm。手のひらサイズのフィギュアのような見た目である。
最近のロナは、家でシドと喋る時にこのような変身をよくしている。毎回チョイスするキャラクターを変え、彼の好みのデザインを探っているようだ。
そのように観察されていることになど気が付かず、今回のキャラも可愛いなと呑気に考えているシドは、先程のロナの問いかけに草臥れた顔で答えた。
「ポカはしてない……はずだ。ただちょっと話題がさ、イマリでの事ばっかりで……」
『ああ、なるほど。それでですか。公開されてからもう2日は経っているのですから、いい加減慣れたらどうです?』
「慣れるか、恥ずかしい!」
2頭身の体で器用にヤレヤレとジェスチャーするロナに対し、シドは唾を飛ばさんばかりの勢いで叫んだ。
彼らが話しているのは、先日マスコミに公開された惑星イマリで起きたテロ事件の詳細映像についてだ。
惑星管理局は、テロリストによる放火を未然に防いだのはシド・ワークスであることを発表し、さらに追加でシドが提出したエールダイヤのカメラ映像も公開した。
そこにはシド(ロナ)が大気圏内という悪条件下で乱れる照準をものともせずにミサイルを撃墜する映像も含まれており、一気に話題となったのだ。
しかもシドがその時に発したテロリストたちへの警告や、狙撃時の「ぜってぇ外さねえっ……!」というセリフもバッチリ入っていて、ニュースのたびにその音声が流れるのが彼は恥ずかしくてたまらないのである。
冒頭でシドがニュース番組を消したのも、十中八九トップニュースがそれだからである。
「知ってるか? あの『外さねえ』っての今トレンドランキング一位らしいぞ。サオリさん(パーソナリティを務めている声優)には流行語大賞いけるとか言われたけど、勘弁してほしいぜ……」
『良かったじゃないですか。私としても誇らしいですよ』
「……ニヤニヤしながら言うんじゃねえよ」
含みのある笑顔を向けてきたロナに、シドはがっくりと肩を落とす。
そしてトボトボと冷蔵庫の方に歩き、中からよく冷えたペットボトルのコーヒーを取り出すと、ロナの近くのイスに腰掛けた。
コーヒーはグラスに注がず、そのまま直でゴクリと飲む。微糖のほどよく甘くて優しいほろ苦さが、喋り通しで乾いた喉によくしみる。
「ところでロナはタブレットで何をしてたんだ? 買い物か?」
シドはテーブルに横たわるタブレット端末に目を向けた。
最近ロナがネット通販で買ったもので、性能はそこそこだが、軽くて持ち運びに便利なタイプだ。ロナとは現在、彼女の背中から伸びたケーブルで繋がっている。
画面には通販サイトと思わしきページが表示されていた。シドが尋ねた通り、買い物中であったようだ。
『はい、そうです。オークションサイトに欲しい出物がありましたので、競っていました』
「ふーん、ロナがオークションなんて珍しいな。見てもいいか?」
『どうぞ』
そう言ってロナは小指の爪の先のような大きさの手でタブレットを指差す。
シドはタブレットを手に取り、自分の方に画面を向けて傾ける。いったい何を買うつもりなんだと興味津々で見てみると、まず最初にびっくりするような金額が目に入ってきた。
「50万6000千スレイ!? 高っかぁ!」
『そうですか? 250年前の100分の1程度の金額ですよ?』
予想外の金額にシドは思わず大声をあげてしまった。
ロナは昔より安価だと言っているが、そもそもシドはまだ肝心の品名を確認していない。
急いでページの上部に目をやるとそこには、
「50cm四方のメタモルシェルの立方体?」
と、ロナのコアチップを包んでいる物と同じ名前が書いてあった。
出品物の画像や動画もあり、シドにとっては見慣れた黄金色の物体が、出品者と見られる女性により自由自在に変化していく様子が載っていた。
映像で見る限り、間違いなくメタモルシェルである。
『調べたのですが、124年前にメタモルシェルの生成元であるカタツムリ、「メタモルスネイル」の養殖化に成功したそうですね。それに伴いメタモルシェルも量産され、天然物しかなかった昔とは比べ物にならないほど安価になりました』
「それでこの値段かよ」
シドは、ほへーと息を漏らしながら改めて金額をまじまじ眺める。
『研究目的で需要が高く、なかなか一般に流通することはないので、その分値が吊り上がるみたいです』
「ふーん、そうなのか」
『それに、一度はこれで遊んでみたいという人も多いので、出てもすぐに売れてしまうんですよ。動画映えもするので、そっちの方でも狙っている者が多いですよ。事実、このオークションも競争相手のほとんどが動画配信者です』
「あっ、それはわかるわ。俺も遊んでみたいもん」
納得顔でうんうんと頷くシド。
自分の思う通りに変化する物質が手元にあれば、それは遊びたいと思うであろう。
たぶん、丸一日中試してみても飽きなさそうである。
「じゃあ、落札額はもっと高くなりそうだな」
『ええ、私も色々なサイトを廻りましたが、このサイズのメタモルシェルが出品されたのは初めて、かなりの競り合いになりそうです』
「あまり熱くなるなよ」
『ええ、それは気をつけます』
50万というのはあくまでも現時点でロナが提示した価格だ。競争相手次第では更に高額になる可能性もある。
もしかしたら倍ほどの額にもなりかねない。
「ところで、落札したらその身体にくっつけるのか?」
『はい、その通りです。これだけの大きさがあれば、アナタの腰丈くらいにはなれますね』
もしもこのメタモルシェルを落札できれば、ロナは現在の5cmから、いっきに80cmほどに伸びることになる。
身長80cmともなれば1歳の赤ん坊くらいの大きさである。
『ふふっ、小さいと色々と不便ですからね。少しづつメタモルシェルを買い集めて、目指すは人間大のサイズです』
そう言ってニヤリと片頬を上げるロナ。見てくれは小さいが、凛々しい顔のキャラを模していることもあってか、妙な迫力がある。
シドは飲んでいたコーヒーのペットボトルをテーブルに置いて立ち上がった。
「まっ、頑張れ。俺はちょっと昼メシを用意してくるわ」
『何か食べるものありましたっけ?』
「買い置きのカップ麺があるからそれにする。外出たくないし」
マンションから一歩でも外に出れば、人に囲まれる未来しか見えない。
冷蔵庫に碌な食材も無いので、今日のところはカップ麺とレトルトで済ませるつもりだ。
『不健康ですね。大きくなったら私が料理を作ってあげましょうか?』
「そりゃいい。期待してるぜ」
そう言ってシドはお湯を沸かしにキッチンへと向かう。
料理云々はロナの冗談だと思っているのか、言葉とは裏腹に全く期待していないような口ぶりだ。
だがその背後でロナは満面の笑みで、
『お任せください、毎日作って差し上げます』
と、呟いていたのだった。
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