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第36話 ノアの説得

「なんかボロい大型タンカーが漂流してんだけど、もしかしてアレがそうなのか?」

「はい、密輸業者の倉庫兼アジトっス。ぱっと見では廃船っスけど、中身は生きてるはずっスよ」


 ヒーステン伯爵領に密輸をしている業者を摘発するため、ノアと共に彼女の愛機で出撃したシドとロナ。

 ノアが指示した座標に到着すると、そこには宇宙を漂う一隻の大型タンカーの姿があった。

 全長約330メートル、積載量約32万トン。東京タワーと同じくらいの大きさだ。


「中規模の団体だと、ああいう古いタンカーを母艦として活動することが多いんスよ。密輸業者だけじゃなくて宇宙海賊とかの他の犯罪グループもそうなんで、ボロいタンカーとか貨物船があったら要注意っス。覚えとくと良いっスよ」

「おおっ、先輩っぽいアドバイス!」

「ふふーん、自分Cランクっスよ? 熟練の傭兵なんスから。――とまあ、こんな感じで実際の現場での注意点をギルドの先輩に教えてもらうのがFランクっス」


 ドヤっと胸を張るノア。

 このようにFランク傭兵は、仕事を通じてギルドのCランクDランク傭兵から経験に基づいた注意点を教えてもらえる大事な期間だ。これがあるか無いかで後の死亡率が大きく変わってきたりする。

 またその他にも、新人が古参傭兵と関わることでギルドに馴染むきっかけともなっているのだ。

 通常はFランク傭兵が受けるような簡単な仕事に面倒見の良い上のランクの傭兵が半分好意で同行するのだが、シドの場合は違う。


「さて、余計なお喋りはここまでっスね。向こうも自分らの接近に気がついているはずっス。一応は投降を呼びかけますが、十中八九戦闘になると思いますので、その時は頼むっスよ」

「了解、任せとけ」

「自分の調べだと犯人グループは15名。武装は小型艇を改造したものが2隻と戦闘機が3機っス。警察からは可能ならば殺さないようにしてほしいとオーダーがありましたが、まっ、襲ってきたら()っちゃってオッケーっス」

「……軽くないか? 命もノリも」

「傭兵なんてそんなもんスよ、先生」


 今回はCランクの仕事にFランクであるシドが同行しているのだ。

 そして今、ノアの愛機であるポーターデルフィン号の操縦桿を握っているのはシドである。戦闘は全て彼の仕事だ。

 実際に操縦するのはロナ任せとはいえ、武装のトリガーを引くのはシドだ。操縦桿を握る手にも力が入る。


『任せてください。小型艇2隻と戦闘機3機など、赤子の手をひねるようなものです』


 耳元のイヤホンからロナの力強い言葉が聞こえてくる。彼女の存在がシドにとっては何より安心できる材料だ。

  バングル型PCに「頼んだ」と文章を打ち込む代わりにポンと軽く一叩き。それで彼女にシドの意思は伝わる。

 タンカーまでおよそ50km。

 表情を引き締めてモニターに映る望遠カメラで捉えた敵船の姿を凝視するシドの後ろで、ノアが軽く息を吸う音が聞こえた。

 オープンチャンネルで密輸業者たちに投降を呼びかけるようだ。

 

「あーあー、こちらは白馬傭兵ギルド。そこのタンカーにいる者たちに告ぐ。お前たちが違法にヒーステン伯爵領へと物資を輸入していることは調べがついている。間も無く警察が来るので、タンカーのエンジンを切り、大人しくお縄につけ。抵抗するようなら容赦なく撃つ」


 普段のノアからは想像できない硬い物言い。可愛らしい少女のような声は変わらないが、キリッとしていてまるで別人だ。

 思わずシドも「誰?」とツッコミかけてしまうほどである。

 密輸業者側からの返答は無い。おそらく中ではこちらへの対処を話し合っているのであろう。


「あはは、やっぱダンマリっスね」

「おっ、口調が戻った」

「そりゃそうっスよ。アレは業務用の態度っス。どうでした、先生? ギャップにドキッとしましたか?」


 ノアは口調を戻して揶揄うように尋ねてくる。戦闘前のこんな状況でも変わらないテンションをキープできるのは流石にCランク傭兵と言ったところだ。


「さて冗談はさておき、これから奴らを説得するっス」

「説得?」

「はい、立てこもっている犯人に外へ出るようにと促します。『田舎のお袋さんが泣いてるぞ』って感じで」

「……どっかで聞いたことがあるな。確か大昔、西暦時代の地球で放送されたドラマで刑事が言ったとか言わなかったってやつじゃねえか。そんなセリフ今日び誰も言わねえぞ」

「まあまあ、これが意外と効果あるんですって」

「本当か……?」


 そう言ってノアは再び通信回線を開く。

 経験豊富であろう彼女がやると言った以上、シドは半信半疑であるが黙って聞くことにした。

 因みにこの時、前の席に座っているシドには見えていなかったが、ノアはこれから悪戯をする悪童のような笑顔をしていた。


「繰り返す、速やかにエンジンを切り投降しろ。リーダーの“ジャッカル”、返答をしろ」


 口調はさっきの時と同じ真面目なものだ。


「聞こえないか、“ジャッカル”? いや、本名ジロウ・ヤマダ! 古風に言えば山田次郎! 年齢35歳、プレスター男爵領のふたつ星小学校卒業、当時の夢はケーキ屋さんの山田次郎! 貴様が最近ネットで購入した趣味全開な大人の本のタイトルを読み上げられたくなかったら早く返答しろ、お母さん大好きな山田次郎!」

「……はっ?」


 予想外の発言内容に目を丸くしているシドを他所に、ノアはさらに言葉を続けた。


「山田がいないならサブリーダーの“スパイダー”はいるか? 聞こえるか“スパイダー”こと本名エンジェル・スズキ28歳男性! エンジェルなのに悪いことしちゃダメだろ、親が泣くぞエンジェル! 前職はとある歓楽街の二丁目でいかがわしいダンサーをしていたエンジェル、返事をしろ!」


 次々と暴露されるリーダーたちの個人情報。

 どうやってそこまで調べたのだろうと、シドは身震いするような感覚を覚える。

 心なしかモニターの向こうに映るタンカーの中がドタバタしているような気がしている。

 あと、これは本当に「説得」なのだろうか?

 しかもノアが言っているのは、「田舎のお袋さんが泣いている」ではなく、「田舎のお袋が聞いたら泣く」の間違いだろうと言いたくなるような赤裸々な内容だ。

 後ろの席のノアが「返答がないなら他13人の名前を呼んでいくぞ」と口にしたところでタンカーから通信があった。


『テ、テメェらぶっ殺す! そこを動くんじゃねえ!』


 スピーカーから割れんばかりの音量で男の怒鳴り声が聞こえてくる。たぶんリーダーの山田の声であろう。

 それと同時にタンカーの上部が開き、中から戦闘艇と戦闘機が勢いよく発進してきた。

 向こうの返答は改めて確かめるまでもないだろう。徹底抗戦だ。


「よしっ、説得成功っス! 奴らが出てきましたよ、先生」

「説得じゃなくて脅迫だろ! いったい何がしたいんだ!?」


 上手くいったとばかりにガッツポーズをしているノアに対し、遂にシドが怒鳴った。

 ノアが言っていたのはどう考えても投降を呼びかける文言ではない。こうなって当然である。

 だが、ノアはキョトンとした表情で首を傾げた。


「えー、何か自分変なことしましたっスか?」

「投降を呼びかけるって言ってただろ!」

「いやいや、どーせアイツら投降なんかしないんですから、待つだけ時間の無駄ですって。だから自分は『早く攻撃してこい』って説得したんスよ」


 だからあんな事ばかり通信で言ったらしい。

 シドは唖然とするやら混乱するやらで言葉が出なく、口をただパクパクとさせている。


「いいっスか、先生。白馬ギルド流の武装解除のやり方は相手の持っている兵器を全部ぶっ壊すことっス。今回は警察から振られたお仕事なんで、裁判の都合上、お上品に説得から入りましたけど、いつもはちゃっちゃと撃っちゃっていいっスからね。武器さえ無ければ抵抗も何もないんで」


 ノアが白馬ギルド流とかいうものをシドに教え込んでいる間にも敵は近づいてきている。

 そろそろ武器の有効射程内に入りそうなところでノアは一旦話を打ち切った。


「さて、そろそろ戦闘が始まるっスね。自分の役割はひとまずここまで。先生にバトンタッチするっス。――では先生、よろしくお願いします!」


 まるで時代劇のセリフのようにカッコつけて最後のセリフを言い、襲いかかってくる敵の始末をシドに丸投げしたノア。

 気持ちはもう憧れのシドの生戦闘を体験できることで一杯なのか、ワクワクした様子でシートベルトをキツく締め直している。


『……シド、ここのギルドの人たち、おかしくないですか?』


 ロナの意見にシドも同意だ。蛮族の集まりだと思った過去の自分は的を射ていたらしい。

 シドは返事代わりにため息を一つこぼし、ロナの操作に合わせてスロットルを握る手を動かしてポーターデルフィン号の加速に身を委ねたのであった。

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