第34話 Fランク戦闘機乗りへの昇格
最後のGランクミッションを終えて白馬コロニーに帰還したシドは、その足で急いで傭兵ギルドへ報告に向かった。
惑星イマリを狙ったテロリスト二人組の襲撃から既に一夜が経過している。
戦勝記念日を狙ったこの悪質な事件はニュースでも報道され、昨晩速報が流れた際には大いに世間を騒がしていた。
王国どころか他国でも耳目を集めるこの大事件の被害を未然に防いだのがシド・ワークスだという情報までは今はまだ出回っていないが、それも時間の問題であろう。
シドが黙っていても惑星管理局あたりが記者会見を開けば必ず名前が出てしまうに決まっているのだ。
そうなるとまた変に注目を集めてマスコミに囲まれるとわかりきっているシドとしては、早いとこ済ますことを済ましておきたい。だから急いでいるのだ。
(夕方のニュースには俺の名前が出るか……? それとも、もう数日置いてからになるか……? あーもうわからねえ! くそっ、帰る前に管理局に聞いてくればよかった)
早く人々の記憶から忘れ去られて傭兵を引退したいシドの思いとは裏腹に、一つ仕事を終える毎にスターダムを駆け上がっていってしまう。
思えば、傭兵になってからシドの思う通りになったことなど何一つ無いような気がする。
平穏な生活に戻るにはまだまだ時間がかかりそうだ。
……とまあ、それはさておき。シドは無事に傭兵ギルドが入っているオフィスビルまで到着した。
(よしっ、着いた。早く中に入ろう)
シドはスタスタと早歩きで傭兵ギルドの無骨なデザインの自動ドアをくぐり抜ける。今ではもうこの建物に入るのにも慣れたものだ。
「おっ、ワークスじゃん」
「うーっす、お疲れ」
「よう、仕事帰りか?」
中に入れば、エントランスの休憩スペースで屯っている傭兵たちが気さくに声をかけてきた。
全員Dランクの先輩傭兵たちだ。シドは一旦足を止め、ペコリと頭を下げる。
強くても驕らないシドのこの態度はギルド内でとても評判が良かったりする。
「あっ、どうも。お疲れ様です」
「おう」
「どうした、随分と慌ててるみてえじゃねえか」
「今回でランクアップだろ? なんかあったのか?」
「ケケケ、またGランクミッションで誰か殺っちまったのかぁ?」
「えっ!? いやそれは……」
「ああん……?」
物騒なことを口にしているが、彼ら戦争屋にとっては日常会話の範疇で、誰か殺した云々は大した考えも無く発した冗談だ。
が、シドが図星を突かれたようにギョッとして固まったことで冗談が冗談でなくなる。
「その反応はまさか……?」
「オイオイオイ、マジかよ!?」
シドはやらかした事(テロリスト船撃墜)が人に知られていないかと気にしていたあまり、何気ないはずの冗談で露骨に動揺してしまった。
こうなってしまえばもう誤魔化しは効かない。
傭兵たちがシドに向ける眼差しが、面白そうなオモチャを見るソレになる。
「ハハハッ、お前またやったのか!」
「どんだけツイてないんだよ。引くわ」
「詳しく話してもらおうじゃないか。嫌とは言わせねえぞ」
「いや、待て待て」
「あっ? 何で止めんだよ? オメエらも興味あんだろ」
一人の先輩傭兵がニヤニヤ笑いを浮かべながら詳しい話を聞き出そうとしてきたが、他の傭兵たちがそれに待ったをかける。
止められた傭兵は不思議そうな顔をしたが、理由を聞いた途端に納得顔に変わった。
「当たり前だろ。だけどよ、こんな面白そうな話は酒飲みながら聞きてえじゃねえか」
「暇してる奴らも呼んでよ、昇格祝いついでにシド大先生のご活躍拝聴しようじゃねえか」
「――なるほど、そりゃあいい。賛成だ!」
「だろ? いい店知ってんだ。予約しとくぜ」
主役であるシドの意見など誰も求めない。口を挟む隙もなく、本日の飲み会に出席することがあれよあれよという間に決定してしまった。
一応、今日はオフなのでこの後の予定は入れていない。管理局の記者会見の内容しだいではマスコミから取材で付き纏われるので、できれば家に籠っていたいなと考えていたくらいだ。
なので出席することに問題は無いのだが、一応恐る恐る手を挙げて聞いてみる。
「あのー……俺の意思は……?」
「はっ? 主賓は強制参加に決まってるだろ」
「仕事終わったばかりなんだから問題ねえじゃん。必ず来いよ」
「優しい先輩たちが奢ってやるからさぁ」
「スゲェ武勇伝、期待してるぜ」
「ほれ、さっさと報告して来い。モニカちゃんが待ってるぞ」
本当にシドの都合は聞くつもりが無いようだ。
それどころか早く受付に行って完了報告をしてこいと追い払われる始末である。
これはもう惑星イマリでの一件を隠し通すのは諦めた方が良さそうであった。
(……いいさ、どうせ遅かれ早かれバレるんだ。自分の口から言っても変わりゃしないさ)
どこか投げやりな気持ちになりながら、シドは呟くように「じゃあ失礼します」とだけ言ってその場を離れる。
向かった先の受付には、先輩傭兵が言っていたようにモニカ・パーシーが待っていた。
「お疲れ様でした、シドさん。惑星管理局より事情は聞いております。今回も大変でしたね。マッテオギルド長がひっくり返っていましたよ」
ふわりとした優しい口調でシドを労うモニカ。相変わらずのおっとり美人で、見ているだけで心が癒されるような笑顔である。
座る彼女を見下ろしながらシドは申し訳なさそうに謝る。
「いやあ……お騒がせしました」
「そんな、お騒がせだなんて。立派なご活躍なんですから、胸を張ってください。あっそうだ、『Gランクミッション中での最多撃墜数』でギネスの申請でもしましょうか?」
「揶揄わないでくださいよ、モニカさん」
「フフッ、ごめんなさい、シドさん」
メールでやり取りを始めてからお互いに名前呼びに変わったが、シドは女性と親しく喋るのにあまり慣れていないので少し照れくさそうだ。
その点モニカは日頃歴戦の傭兵たちと接しているからか、堂々としたものだ。
年齢もシドより2つ上の24歳なので、年上の余裕がある。
冗談を言いつつも手元はしっかり動いており、ミッションの完了手続きとランクアップ処理をさっくりと終わらせていた。
「はい、これで手続きは終了です。報酬はいつも通り指定口座に振り込んでおきました。それと、これでシドさんはFランク戦闘機乗りに昇格です。おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「ギルドライセンスも更新されておりますので、ご確認ください」
「わかりました」
モニカに言われた通り、シドがマーズフォンに入っているギルドライセンスを表示してみると、そこにはしっかりと「ソリスティア王国傭兵ギルド白馬コロニー支部所属Fランク戦闘機乗り」の表記がある。
シドは一度頷いてその表示を消す。
「大丈夫でした」
「良かったです。これからもよろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。――じゃあ、俺はこれで」
「あっ、待ってください」
これで話は終わりなのだが、モニカはまだシドに用があるらしい。
離れようとしたシドを引き留め、可愛く小首を傾げながらお願いをしてきた。
「皆さんのお話が聞こえてきたんですけど、今夜シドさんのお祝いをされるそうですね。私、今日早上がりなので、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
上目遣いでジッと見つめてくるモニカ。
美人の彼女が参加してくれるなら願ってもない。シドは一もニもなく頷いた。
「えっ、モニカさんも来てくれるんですか!? ぜひぜひいらしてください!」
「良かった。嬉しいです」
「あっ、俺、場所も時間も知りませんけど……」
「うふふ、場所はあとで確認しておきます。楽しみにしてますね」
華やいだ笑顔のモニカに、シドはデレデレと見惚れている。ちょっと右手のバングルがキツい気がするが、きっと気のせいであろう。
そこへ突然、ギルド中に響くような元気のいい女性の声が聞こえてきた。
「もちろん自分もご一緒させていただくっスよ、先生!」
声がしたのはシドの背後から。
驚いて振り返ると、そこには何故か不適な笑みを浮かべながらVサインをしているCランク工作員のノア・レンダの姿があった。
偉そうなポーズだが、小柄なノアがやっていると生意気な子供が背伸びしているみたいで可愛さが勝る。
「どもども先生、お久しぶりっス。Fランクになった先生にお願いがあったのでギルドに来てみたら、いや〜面白そうなイベントをやってるじゃないですか。これはぜひ自分も参加させてもらわないと」
そう言いながらトコトコと近づいくるノア。
シドに会うためだけにギルドに来たようで、パーカーとデニムを合わせて足元はスニーカーといった、ラフな普段着姿だ。
「俺にお願い?」
シドが首を傾げると、ノアは「はい」と首肯した。
「Fランクになったら、CランクDランクの傭兵の仕事に随行しなきゃいけないじゃないっスか。なので、次の仕事は自分とやってもらえないかなと。立場は逆っスけど、先生が一緒なら百人力なんで」
たはーと笑いながら用件を告げるノア。それを聞いた周囲の傭兵たちが「その手があったか」とざわついている。
確かにFランクとはいえシド(とロナ)だったら、お荷物な新人ではなく、強力な助っ人になる。
とてもうまい話だ。
シドとしてもいきなりよく知らない人と組むより、多少は喋ったことがあるノアと組む方が気が楽である。
だが、シドには現在仕事を受けれない事情があった。
「ごめん。ありがたい申し出なんだけど、実は今、機体をオーバーホールに出そうと思っていてさ。すぐには仕事ができそうにないんだ。悪いけど、今回は断らせてくれ」
別の機体をレンタルすることもできるが、それには追加で費用がかかってしまう。
ロナと相談してエールダイヤが返ってくるまでは休業することにしたのだ。
「オーバーホールっスか? 無茶したんスね。でもダイジョーブっス」
「えっ?」
しかしノアはそれでも大丈夫だと言う。エールダイヤが使えなくとも問題ないらしい。
彼女は自身の胸を叩いて自信満々に笑った。
「自分にドーンと任せてください、先生。私の愛機『ポーターデルフィン』ちゃんなら無問題っスよ」
「はぁ……?」
「はい、決定! 集合日時はメールで連絡するっスね。自分はちょっと今晩の幹事を探してきます。じゃ、また後で」
それだけ言うとノアはさっさと今晩の宴会の幹事を探しに行ってしまう。
残されたのは疑問符を浮かべるシドだ。
何が無問題なんだか結局よくわからないが、次の仕事はノアとペアでやることになったようである。
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