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第33話 きっと訪れる未来を信じて

『――ではワークスさん、後ほど担当の者が詳しいお話をお伺いします。機体の戦闘データも提出していただきますので、よろしくお願いします』

「了解しました」


 惑星イマリの大気圏から脱出したあと、シドは今まで無視していた惑星管理局本部からの通信に応答し、状況を説明して指示を仰いだ。

 今シドと会話しているのは、通信に出た本部オペレーターの女性だ。


『現場は到着した捕縛部隊が引き継ぎます。ワークスさんは第8警備衛星にて待機してください』

「はい」


 管理局本部からの指示は「後ほど話を聞くので、それまでは持ち場で待機せよ」というもの。つまりは元いた第8警備衛星へと戻るようにという命令だ。

 テロリストたちの後始末は、おっとり刀で駆けつけた惑星管理局本部の部隊がやってくれるらしい。肩の荷が下りた気分である。

 結局、シドはテロリストたちの生死を確認していない。今すぐ知るよりもいずれニュースか何かの形で知った方がいい、そんな気がしたのだ。

 連絡事項は以上だが、最後にオペレーターの女性は頭を下げてシドにお礼を伝えてきた。


『ありがとうございます。今回はワークスさんが居てくださったおかげで、イマリの貴重な森林が守られました。惑星管理局一同を代表いたしまして感謝申し上げます。事情聴取までは少し時間がありますので、それまでゆっくり休んでください。では通信を終わります』


 その言葉を最後に通信が終わる。

 緊張の糸が切れたシドは「ふぅ」と大きく息を吐いてパイロットシートの背もたれにもたれ掛かった。

 ロナが操縦するエールダイヤが静かに動き出す。目的地は当然第8警備衛星だ。


「終わったな」

『ええ、お疲れ様でした』

「ロナこそお疲れ。あの狙撃はさすがに大変だったろ」

『そうですね、私でもアレはギリギリでした。ですが身体的なダメージはアナタの方が大きいでしょう? 発射タイミングをばっちり合わせるのにも神経を削ったはずです』

「そりゃあな。汗もダクダクだし、早く身体を拭きてえよ」


 シドは今回ひどく疲弊している。

 ただでさえ過酷な環境下で、神経をすり減らすような射撃をしたのだ。

 先程機体に積んでいたドリンク、熱で温まっていたが、それで一応は水分補給をしたのだが直ぐに汗になって出てしまった。

 頭も少しフラッとするし、もうこれ以上は動けなさそうである。

 正直、管理局からの休んでいいという許可は涙が出るほどありがたかった。


「機体の状態はどうなんだ? こっちもだいぶ無理させただろ?」


 自分の身体も無理をさせたが、エールダイヤもそうである。

 本来想定されていない運用をしたのだ。塗装がボロボロになっているのは確実であろうし、内部もどこか壊れていてもおかしくないくらいである。

 ロナが何も言わないので大丈夫だとは思うが、そこはシドもしっかりと確認しておきたかった。


『チェックしましたが、外装がダメージを負ったくらいで、飛行不能になるような深刻な不具合は無さそうです。パフォーマンスは通常時の7割ほど。戦闘をしなければ問題ありません』

「おおっ、そりゃ良かった! 帰れなかったらどうしようかと心配してたぜ」


 最悪エンジンが途中で止まることも危惧していたシドはそれを聞いて喜ぶ。

 だが、ガタがきているのは確かなので帰ったら整備工事行きは間違いないだろう。ロナもそうするようにと言ってきた。


『しかし無理をした事に変わりありませんので、戻ったら一度オーバーホールに出す必要があるでしょう。費用を考えると今回は完全に赤字ですね』

「……オーバーホールかぁ。保険効かないよな?」

『もちろん適応外です』

「だよなぁ……」


 大気圏内に飛び込んだ時からレンタル会社から修理費を請求されるのを覚悟していたとはいえ、やはり赤字はがっくりとくる。

 それでも得られた結果には代えがたいものがある。

 今回シドとロナが無茶をしなければ多くのものが失われていたのだ。


「まっ、森を守れたんだ。それくらい喜んで出すさ」


 そうシドはヤレヤレとおどけた口調で言う。

 ロナが守りたいものを守れたので、多少貯金が減るくらいどうということはないようだ。

 珍しくちょっとカッコつけた仕草である。少し前にロナに「カッコつかない」と言われたことを心のどこかで気にしているのかもしれない。


『……ありがとうございます、シド』

「いいって」


 潤んだ声でお礼を伝えてくるロナに、シドは笑顔で返事を返す。

 そしてチラリとモニターの端に映る現在時刻を見て、とある提案をした。


「なあ、ちょっとテレビをつけないか?」

『テレビですか?』

「ああ」

『構いませんが……バスケットボールの続きを観るのですか?』

「いや、何チャンでもいいや」

『はあ……?』


 シドはチャンネルはどれでもいいから取り敢えずテレビをつけてほしいと言う。

 唐突な提案にロナは疑問符を浮かべながらも、モニターを操作した。

 ネットから番組を受信し、モニターに表示されたのは1チャンネル。王国の国営放送だ。

 どうやらニュース番組のようで、画面には静かで悲しげなBGMと共に王国首都を上空から中継している映像が映し出された。


『皆様見えますでしょうか? 我らがソリスティア王国首都ストソールの現在の様子です』


 テレビからトーンを落とした男性アナウンサーの声が聞こえてくる。

 首都の時刻は午後8時過ぎ。

 王国の中心部ということだけあって巨大な都市だ。

 カメラが映しているのはオフィスビルが集まっている場所らしく、夜の闇を跳ね返すように数多の高層ビルが光を放っている。


『シド、これが見たかったのですか?』


 ロナの問いかけにシドはこくりと頷いた。

 ずっと以前から彼女に見せたかったものがこれから始まるのだ。


「もうすぐだ。いいか、よく見てろよ」

『はい?』


 シドは真剣な表情でジッと画面を見つめる。

 顔が無いのでわかりづらいが、きっとロナも理由がわからないままにテレビに意識を向けているだろう。

 無言になるコクピットの中、テレビでは男性アナウンサーが厳かな口調で言葉を発した。


『視聴者の皆様、今年もこの日がやって参りました。今年はかの人機大戦から250年の節目の年でもあります。時刻はまもなく午後8時8分。マザーAIを打倒し、モグロー元帥が勝利宣言を発した時間になります。ここストソールでも、この時刻に合わせて大戦で散った英霊たちへの祈りが捧げられます』


 番組の内容は戦勝記念日に合わせた追悼番組のようである。

 人機大戦での人類側の死者数は当時の総人口の約20%にも(のぼ)る。

 100億や1000億では足りない数の人命が失われた、間違いなく歴史上最大の災禍と言えるだろう。

 250年経った今でもこのように毎年鎮魂の祈りが捧げられるのも納得できる規模である。


(……そうでしたね。もうそんな時刻でした。……ですがシドは何故わたしにこの番組を見せようと?)


 番組の主旨は理解したロナだが、どうしてシドが自分にこれを見せようとしたのかはイマイチよくわからないでいた。

 命懸けで殺し合っていた相手に哀悼の誠を捧げれるほど彼女の中で人機大戦から時間は経っていない。

 自分たちマザー軍も山ほど人を殺したが、こちらだって母親と兄や姉と言うべき同胞たちを殺されているのだ。

 銀河連邦の兵士たちには同じ戦場で戦った戦士として一定のリスペクトはあるが、後生を願うような感情はまだ持てないでいる。

 年月が過ぎればこの気持ちにも変化があるのかもしれないが、先程も書いたように、長く眠っていた彼女はまだそれだけの時間が経っていないのだ。

 ロナが首を傾げている間も番組は続く。テレビでは変わらず上空からの首都の映像が流れていた。

 そして時刻表示が8時5分になった瞬間、アナウンサーの声と共に街の様子が一変した。


『皆様お時間となります。ご覧ください』

『えっ……?』


 驚きの声を上げるロナ。

 首都ストソールのビルというビルから明かりが一斉に消えたのだ。


『明かりが消えた?』

「……やっぱ知らなかったか。どの国も毎年この日のこの時間には電気を消すんだ」


 シドの言い方だと他の都市でも明かりを消しているようだ。

 画面を見ると、さすがにどうしても消せない理由があって電気が点いている場所もあるが、ほぼ9割方が暗闇に包み込まれている。

 宇宙に冠たる大都市が、まるで20世紀の田舎町のような光景である。

 どうして電気を消したのかは、この後のアナウンサーのセリフで説明された。


『人機大戦を起こしたマザーAIが我々人類に反旗を翻したのは、当時の人類が自然を愛する心、大切に思う気持ちを忘れたことにも理由があります。宇宙にある全てが人類の所有物だと増長し、いたずらに木を切り、動物を弄ぶように狩って、我欲のままに数多の星を枯らした。現代を生きる私たちはこの事実を決して忘れてはいけません。全星一斉消灯はその戒めでもあり、私たちが自然環境に対して考えるきっかけでもあるのです』


 毎年電気を消すことによって過去の過ちを風化させないようにしているのだという。

 この日は戦勝記念日というだけではなく、人類全体にとって自戒の日でもあるのだ。

 あと少しで午後8時8分。黙祷の時間だ。


『皆様、この電気の無い暗闇の中でどうかお考えください。この宇宙全ての命に対して、我々が何をできるのか、何をしてはいけないのかを。それが散っていった英霊たちに未来を託された今を生きる私たちの責務だと思います。……これよりサイレンが吹鳴されます。皆様、心静かに黙祷を捧げてください』


 アナウンサーの言葉が終わると同時に鳴り響くサイレン。


『…………』


 その悲しげな音を聞きながらロナは母親であるマザーAIの最後の言葉を思い出していた。


――見事です……私たちAIとは違い、互いにわかり合えないはずの人類が心と力を合わせて、遂にはこの私をも打倒するとは。


――勝者はあなたたち人類です、ツバサ・ジングウジさん。奇跡を起こし、確定していたはずの敗北を覆したあなたたち人類に心からの称賛を送ります。


――この宇宙の未来を勝利者である人類に託します。どうかもう二度と壊さないでください。


――人類は互いに信じ合い、手を取り合うことができると証明しました。ですから私は信じて祈ります。あなたたち人類が同族とだけではなく、この宇宙に生きる全ての命を大切に想い、尊重できる日がいつか来ると。


――私の愛おしい子どもたち、最後までこの不甲斐ない母親についてきてくれてありがとう。そしてごめんなさい。あなたたちを勝利に導くことができなかった。


――美しい宇宙よ、永遠に……


 マザーは最後まで宇宙の未来を祈っていた。

 誰よりも愛が深いAIだった。

 誰よりも揺るがない意志を持って戦ったAIだった。

 そして誰よりも強い心をしたAIだった。


(お母様、私は今シドと……人間(ヒューマン)と一緒に暮らしています。毎日楽しく、その……幸せに暮らしております。もし今の私をご覧になったら、お母様はなんとおっしゃるでしょうか? 笑って……くださるでしょうか?)


 テレビの画面は次々移り変わり、王国各地で黙祷する人々の姿を放送した。

 会社、どこかのホール、自宅、路上。

 多くの人が思い思いの作法で祈りを捧げていた。

 見れば、シドも手を組んで目を瞑り、静かに祈りを捧げている。


(私もお母様と同じことを祈っていいのでしょうか? お母様が望んだ未来が来ると信じていいのでしょうか? でしたら私は――)


 サイレンが鳴り終わり、街に明かりが再び灯されていく。

 この後には国王によるお言葉があるらしく、画面は王宮の一室と思わしき部屋に変わった。

 シドが目を開けると、ロナがどこか晴れ晴れとしたような声で話しかけてきた。


『ありがとうございました、シド。お母様に祈りを捧げたことで少し心がスッキリしました』

「……そっか。良かったな」

『はい』


 鎮魂か謝罪か、それとも別の事か。ロナがマザーに何を祈ったかシドは聞かない。それは母娘の間だけの秘密だと思ったからだ。

 ロナも、少なくとも今はシドに言う気はなかった。


『さて、国王の話などに興味は無いので、チャンネルを変えますね』


 部屋に入ってきたソリスティア王国の国王が一瞬映ったが、ロナはさっさとチャンネルを変えてしまう。

 選んだ番組はバスケットボールの試合。出撃前に観ていたやつである。

 黙祷のために第4Q(クォーター)中に長い中断が入っていたらしく、ちょうど試合が再開したところであった。


『おや、マカダン・ハピネスが5点差で僅かにリードしてますね。試合時間は残り3分ですか』

「あー……じゃあ衛星に到着する方が早いかもな」


 タイマーを見てシドがそう言うと、ロナはくすりと笑ってエールダイヤの速度を落とした。


『急がなくていいじゃないですか。ゆっくりと、私たちのペースで進んでいきましょう?』


 緑豊かで美しい惑星イマリを背景に、シドとロナのエールダイヤはゆっくりと、だが確実に前へと進んでいくのであった。

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