第32話 裁くのは人でもAIでもなく
『まもなく高度100kmを下回ります。シド、覚悟してください!』
「覚悟ならとっくにできてる! 俺のことは気にせず突っ込め!」
『いい返事です。――侵入角度誤差なし。速度正常。目標を予想射程圏内に収めるまで約27秒。行きます!』
惑星イマリの森林に火を放とうとするテロリスト船を撃墜するため、シドとロナはイマリの大気圏内に突入した。
高速移動する機体の前方で空気が押し潰されて圧縮され、分子同士が激しくぶつかり合い、極寒の世界に熱が生じる。
激しい揺れと高熱がエールダイヤを、そして中のシドを襲う。
宇宙空間から地表への着地を想定していないエールダイヤにとって、高度100km以下の飛行は強風が吹く中でマグマの上を綱渡りをするようなものである。
一定の高度を維持していればギリギリ熱波に耐えられるが、一度でも落ちてしまえば燃え尽きて塵になってしまうのだ。
「くうぅぅぅ。VRゲームで体験した時の10倍くらい揺れるぞチクショウ!」
『シド、大丈夫ですか!?』
「気にすんなつったろロナァ!」
ガタガタと激しく振動するコクピット内でシドがヤケクソ気味に叫ぶ。内部の温度も上がってきて、早くも額から汗が染み出している。
エールダイヤにも耐Gや耐熱の機構がついているが、それはあくまでも宇宙空間での戦闘を想定してのもの。このような無茶な運用に耐えられるようには設計されていない。
この異常事態に、エールダイヤのモニターには緊急アラートが表示され、コクピット内にけたたましく警告音が鳴り響く。
機体が危険状態にあると告げているのだ。
しかしそれらはすぐにロナによってOFFにされる。
『耳障りな警報をカット。そしてターゲットを捕捉。モニターに表示します』
ロナの声が聞こえると同時にアラートが消え、代わりに海岸沿いの森林地帯まであと数分ほどの海上を飛行中のテロリスト船が表示される。
ところどころ雲に遮られる100km先を飛ぶ貨物船など、肉眼では豆粒ほどにも見えないので、当然これは望遠カメラの映像だ。
グレー色をした、卵にウイングをつけたような、でっぷりした見た目の貨物船。
宇宙を飛んでいた時は尾部のブースターで進んでいたが、現在はロナの解説通り両翼についたジェットエンジンで飛行している。
『シド、管理局から通信が入ってますが、時間が無いので無視します! すぐにテロリスト船に警告を!』
「了解!」
エールダイヤが大気圏内に突入した時から惑星管理局本部から通信、おそらく危険だから止めろといった用件だろうが、会話する時間も惜しいロナはそれを無視。
シドにすぐさまテロリストたちに停船命令を告げるよう指示をした。
どうせ聞くとは思えないが、これも後々攻撃の正当性を主張するための欠かせない手順だ。
回線が開き、モニターにテロリスト船の操縦席の映像が表示される。
シドは揺れるコクピットの中、舌を噛まないよう注意しながら鬼気迫る顔で怒鳴った。
「こちらは惑星イマリ警備員として傭兵ギルドから出向しているシド・ワークスだ! 速やかにエンジンを切って停船しろ! 命令に従わない場合、その船を撃墜する!」
『なにっ!?』
『シド・ワークスだと!?』
目出し帽を被ったテロリストの男性二人組はシド・ワークスの名前に動揺を露わにするが、多少なりとも戦闘機の知識があるらしく、すぐさま勝ち誇った顔になった。
『こんな所でその名前を聞くとは思わなかったぞ。不覚にも驚いてしまったじゃないか』
『お前のエールダイヤは宇宙戦用。地上の我々をどうやって撃墜する気だ?』
『ずいぶん画面が揺れてるな。無理をして大気圏内に降りてきたようだが、燃え尽きる前にとっとと宇宙へ帰るがいい』
『その通りだ。大人しく宇宙で指を咥えて、我ら「クッキートランプル」の義挙を眺めていろ』
エールダイヤが地表に降下できないことを知っていた二人は偉そうな口調でシドを嘲ってくる。
『シド、彼らは停船命令を無視しました。威嚇射撃を行なってください』
「わかった」
ロナもシドはそれに取り合わず、対テロリスト用のマニュアルにある手順に従い、威嚇射撃としてレールガンのトリガーを引いた。
機体底部にあるレールガンからバシュンと大きな音を立てて弾丸が発射される。
激しく揺れている機体からの射撃だ。
正面モニターに表示されている照準マークは1秒たりとも静止することなくブレにブレまくっており、引き金を引いたシド本人もどこを狙ったかわからないくらいなので、当然のごとく弾丸は明後日の方角へ飛んでいった。
通信からはテロリストたちの笑い声が聞こえてくる。
『はははっ、今のは何だ? もしかして威嚇射撃か?』
『どこを狙っている? それでは千発撃っても当たらないぞ!』
ゲラゲラと大笑いするテロリスト二人。
シドも今のはさすがに外しすぎたと思ったのか、苛立たしげに舌打ちをした。
「くそっ、照準が安定しねえ!」
『問題ありません。今の射撃で誤差修正が完了しました。次は確実に命中できます』
それでもロナは冷静だ。
威嚇射撃として撃った一発で弾道予測を正確なものに修正し、次射で決めるつもりである。
『カウントに入ります。きっかり10カウントでトリガーを引いてくだ――くっ、投下弾ではなく、そっちを積んでいましたか! 最悪です!』
貨物船を狙って照準を合わせようとしていたロナが突如焦りだす。
彼女が撃つより早くテロリストたちが動いたのだ。
彼らが操縦席にある何かのボタンを押すと、貨物船の底が開き、中から2発の大型ミサイルが投下される。
テロリストたちは嫌らしく口元を歪めた。
『見ろ、シド・ワークス。とある筋から入手した、特製の焼夷弾頭付きミサイルだ!』
『貴様のお遊びに付き合っている暇なぞ我らには無い! これ以上邪魔が入る前に目的を果たさせてもらった!』
「なんだとぉ!?」
投下されたミサイルは空中でブースターを点火し、轟音と共に真っ直ぐ陸地へと向かって飛んでいく。
彼らの言っていることが正しいのならば、着弾すれば広範囲に燃焼剤がばら撒かれることであろう。
ロナが切羽詰まった声で目標変更を告げた。
『先にミサイルを撃ち落とします! カウント5で発射、続けてカウント3で2射目を! いきますよ!』
高速で飛ぶミサイルがイマリ杉の森に着弾するまで時間が無い。ロナはシドの返事を待たずにカウントを開始する。
『5、4、3――』
縦横無尽に暴れ狂う照準マークを見つめながらシドは発射トリガーを握る手に力を込める。
「ぜってぇ外さねえっ……!」
小さく決意を呟き、意識の全てを指と耳に集中する。
熱気が充満し、額から流れ落ちた汗が片方の目に入るが関係ない。
狙いはロナがつけてくれている。
自分は息を止め、その瞬間を待つだけだ。
『2、1……今っ!』
カウントがゼロになった瞬間、シドの指がトリガーを引く。
発射された弾丸の行方を知る前に、ロナのカウントが再び始まった。
シドは今一度全力で集中する。
『3、2、1……今っ!』
「――っ!」
反射神経の限界を酷使して2発の弾丸を放ったシド。
止めていた呼吸を再開し、「プハァ!」と大きく息を吸った。
「ミサイルは!?」
『大丈夫、命中しました』
ホッとした声でロナが言う通り、レールガンの弾はどちらともしっかりと命中していた。
モニターには海上で爆発する2発のミサイルが映っている。
海中の生態系には影響がありそうだが、少なくとも大規模な森林火災は防ぐことができた形である。
「はぁぁぁ……良かったぁ……」
シドは安堵のため息をついて肩から力を抜く。
だが、それはまだ早いであろう。肝心の犯人が残っているのだ。
『バ、バカな……ありえない……』
『人間技じゃない……どれだけ距離が離れていると思っているんだ……』
テロリストたちは目を見開いて絶句している。
超高高度で激しく揺れる機体から100km先のミサイルを打ち抜くという現実離れした光景に、我が目を疑っているようだ。
なまじ軍事的な知識がある分、シド(とロナ)がやったことがどれほど常識外なのか理解できてしまったのである。
シドがそちらに視線を向けると、彼らは「ひぃぃぃ」と情け無い声を上げて半狂乱になる。
『コイツ化け物だ!』
『に、逃げるぞ!』
大急ぎでブーストを吹かし宇宙へと逃走しようとするテロリストたち。
だが、それを許すほどロナは甘くはない。
『シド、5カウントです。あと一射だけお願いします』
「了解」
ロナは冷静に狙いを定めてカウントを開始、ゼロになると同時にシドがトリガーを引く。
レールガンから発射された弾丸は、今まさに逃げ出そうとしている貨物船の片翼のジェットエンジンを貫いた。
『『うわあああァァァァァ!?!?』』
爆発炎上しながら吹き飛ぶジェットエンジン。
片翼分の推進力が消えたことにより、貨物船はコントロールを失ってしまう。
一度暴れ出した機体は誰の手にも止められず、貨物船はブーストの勢いそのままに、派手な轟音を立てて鼻先から海面へと叩きつけられた。
衝撃音を最後にテロリストとの通信回線がプツンと切れる。
「おい、操縦席がある頭から落ちたぞ! あいつら死んだんじゃないか!?」
『いえ、安全装置があるので内部がメチャクチャになってもパイロットだけは無事でしょう。悪くて骨を折っている程度です』
貨物船は墜落の衝撃で残った方の翼ももげており、尾部のメインブースターを始め、機体各所に亀裂が走っている。これ以上の自力航行は不可能であろう。
しかしそれほどの損壊状況でもパイロットの身体だけは防護できるほど、この時代のセーフティシステムは優れていた。
「……トドメを刺すのか?」
煙を上げて座礁している貨物船を見ながらシドはそう問いかける。
シドとしては正直この状態のテロリストたちにトドメを刺すのは抵抗が強い。しかしロナは彼らを必ず殺すと息巻いていた。
ならば追撃の一撃をコクピットにお見舞いするのかもしれない。そう思っての問いである。
だが意外なことにロナはそれをしないと言った。
『いいえ、計画は防げましたし、これ以上攻撃して抵抗できない彼らを殺害すると、世間でのアナタの評判が悪くなるのでやりません。それよりも大気圏内から脱出する方が優先です。この機体もそうですが、アナタもそろそろ限界でしょう?』
「それはまあ……でもいいのか?」
『はい。あとは管理局に任せます。それに――』
「それに?」
『私が手を下すまでもありません』
ロナは機首を上げ、エールダイヤを宇宙へと帰還させる中、
『イマリの大気中には人体に有害な物質が大量に含まれています。あれほど機体が損壊しているならば、既に内部にも大量に入り込んでいることでしょう。彼らは愚かにも何の防毒性能も無い目出し帽一つで地表に降りました。イマリの空気は僅かでも吸い込んでしまえば出血を伴う激痛に苛まれます。致死量に至るまで数秒。その状況下で防毒マスクなどを装着できなければ――』
彼らは自分たちが傷つけようとした自然の手によって裁きを受けるでしょう、と冷たい声で言った。
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