第31話 パートナー
『……この私の目の前で、しかもよりによってお母様の御命日に森を焼く? 万死に値します』
イマリ杉の森林に火を放つと予告したテロリストたちに対し、ロナは激怒していた。
地獄の底から響いているかの如き低く冷たい声に、ピリピリと空気を震わすような強い殺意。
災難なのは間近で彼女の声を聞いていたシドだ。
右手のバングルの裏から否が応でも伝わってくるロナの殺気に背筋が震え上がり、狭いコクピットの中ということもあって、気分はまるで荒れ狂う猛獣と同じ檻に入れられたかのようである。
『シド、エールダイヤを発進させます。あの愚か者どもを生きて帰すわけにはいきません。私が確実に殺します』
キッパリと言ったロナ。
テロリストを捕縛するために惑星管理局本部から来るであろう応援部隊には任せるつもりはないらしい。万が一にも逃走されないよう自らの手で彼らを殺す気だ。
「わ、わかった。イマリ杉の森を燃やされる前に、なんとしても奴らを止めないとな」
『……いえ、それはできないでしょう。火を放ち終えて逃げるところを狙います』
「えっ、止めないのか!?」
シドはてっきり今すぐ出発して、放火される前にテロリストの貨物船を撃墜するものだとばかり思っていたのだが、ロナの考えはそうではないらしい。
彼女は歯痒そうに、テロリストたちが犯行を終えて惑星イマリから逃走するところを撃つと言った。
その理由はエールダイヤが地表に降りれないことにあると彼女は説明する。
『この機体の耐熱装甲では、大気圏に突入したらバラバラになってしまいます。装備しているレールガンも、発射した弾丸が途中受けるであろう摩擦熱と空気圧の影響を計算すると、宇宙空間から地表を狙えるほどの射程はありません。機銃やミサイルも同じです。私たちにはテロリストどもを止める手段が無いのです』
惑星イマリの重力や大気圧は地球とほぼ同条件である。真空の宇宙と同じようにはいかない。
「だったらギリギリまで近づいて狙えばどうだ? それなら弾だって届くんじゃないか?」
シドは距離が問題なら近づいて撃てばいいのではないかと言ってみた。
エールダイヤのブースト性能と機体装甲なら、高度を下げても地表から約80kmほどにある中間圏(因みに成層圏は高度50km)より上なら宇宙へ脱出できたはずである。
しかしロナはその提案を承知しなかった。
『ダメです、シド。私の腕でもレールガンを命中させるにはエールダイヤを地表から100km以下まで降下させなければいけません。そこまで降りてしまえば、機体は高熱と激しい振動に晒されます。高度80km以上であれば機体はまだ耐えれますが、内部にいるアナタの身体が危険です。承服できません』
だからテロリストたちが森に火を放ち宇宙へと出てくるまで待つのだと、ロナは口惜しそうに言った。
彼女も、宇宙からただ森が焼かれるのを見ているのは胸が張り裂けそうなほど辛いであろう。だがパイロットであるシドの安全を考えて涙を呑むというのだ。
仮にこれが白馬コロニー防衛戦時、シドとロナが出会った当初であれば彼女はシドのことなど無視して突っ込んでいたであろう。そして嫌々でもトリガーを引かせたはずだ。
だが今はそれができないほど――母の愛した自然と天秤に乗せるほどに彼女の中でシドの存在が大きなものになっていた。
そんなロナに、シドは落ち着いた声で問いかけた。
「でもそこまで近づけばロナなら当てられるんだろ?」
『それは……はい……』
「なら行こう。まだ間に合うはずだ」
モニターに表示されているテロリストの船はまだ海上を移動中だ。イマリ杉がある大陸まで到達するには少しばかり時間がある。
シドたちがいる第3警備衛星から全速力で飛ばせばギリギリではあるが、間に合う可能性があった。
しかし、シドの身にかかる負担を考えると、ロナは踏み切ることができない。
『ダメです! シドが――』
「さっきからずっと泣きそうな声をしてるじゃねえか。森が焼かれるのが嫌なんだろ? だったらサウナの中だろうとシェイカーの中だろうと何処だって付き合うさ。ロナが守りたいものを守るのを手伝わせてくれよ、俺たちパートナーだろ?」
ロナの言葉を遮り、シドは真剣な表情で右手のバングルを見つめながら臆することなく言い切った。
ロナがそうであるように、シドもまた彼女と出会った頃とは違う。
アニメで時々主人公とかがやっている大気圏突入などという危ないこと、以前のシドなら死んでも嫌だと泣いて喚いて拒否していただろう。
どうして俺がコイツとそんな灼熱地獄に行かなきゃいけないのだと叫んでいたかもしれない。
だが今では、辛そうな彼女のためなら共に危険の中に飛び込むのを厭わないほど大切に想うようになったのである。
ただ、シドは言い終わったところで急に恥ずかしくなったのか、バングルから目を逸らして落ち着かない様子で首の後ろをポリポリと掻き始めた。
自分でもガラでもない事を言った自覚はあるようで、少し耳も赤くなっている。
『……私が泣きそうだから一緒に行ってくれるのですか?』
「……そーだよ」
『先程も言いましたが、危ないですよ?』
「わかってるよ」
『本当は嫌なんでしょう?』
「当たり前だろうが」
『でも付き合ってくれるんですね』
「ケッ、たまにはカッコつけさせろ」
潤んだ声で念を押すように何度も確認してくるロナ。
その度にシドはぶっきらぼうに肯定し続けた。
彼にも男の意地がある。一度行くと口にしたのなら、どれほど怖くても頑として譲らないつもりである。
『不測の事態が起きたら最悪死にますよ?』
「そこはロナの操縦を信頼してる。生きて家に帰らせてくれ」
それに、怖くないわけではないが、それ以上にロナを信頼しているのである。
『まったく……アナタという人は』
操縦は全て任せると恥じることなく堂々と言い放ったシドの態度に、ロナの声にも明るいものが混ざり始めた。
『フフッ、肝心なところは私頼りなんじゃないですか。カッコつかないですね』
「うるせえ」
クスクスと笑うロナの声を聞きながら、シドは不貞腐れた表情で悪態をつく。
そして照れ隠しなのか、シドは今すぐ出発すべきだと大声で主張しだした。
「――ッ、いいからとっとと出発するぞ! グズグズしている時間はねえだろ!」
『はい、そうですね。エンジンを始動させます。シド、管理局への連絡をお願いします』
「わかった」
ロナが機体を操作し、エールダイヤのエンジンが唸りを上げる。
目標はテロリストたちの乗る中型貨物船の撃墜と放火の阻止だ。
シドが惑星管理局本部へと現場へと向かう旨を通達すると同時に、エールダイヤはブーストを点火。急発進で警備衛星から飛び立った。
『シド、アナタはさっき私のことをパートナーと呼びましたね?』
高速で飛行する中、ロナがシドに先程の会話について尋ねてきた。
シドはしっかりと操縦桿を握りしめながら聞き返す。
「なんだよ、ダメだったか?」
『そんなわけないでしょう。――嬉しかったですよ』
「そ、そうか」
てらいもなく告げられたロナからの感謝の言葉。
こうも真っ直ぐに言われるとシドとしても気恥ずかしいものがある。
そしてパートナーだと思っているのはシドだけではなく、ロナもである。
彼女は揶揄うような口調で、しかし真剣な気持ちでシドへ想いを告げる。
『私もアナタのことをパートナーだと思ってます。光栄に思ってくださいね?』
「……一言余計なんだよなぁ」
『私だって照れ臭いのです。察しなさい』
「へいへい」
『――フフッ』
「――ははっ」
笑い合うシドとロナ。
エールダイヤの速度は最大。間も無くロナが計算した大気圏への突入地点に到達する。
『あと1分半で突入地点に入ります。機首を下げていきますが、覚悟はいいですか?』
「とっくにできてるよ、パートナー。今回は泣き言は言わねえから安心しろ」
『よろしい、さすがは私のパートナーです。さあ、地獄の淵に飛び込みますよ!』
「了解!」
シドとロナで「パートナー」という言葉に少しニュアンスの違いがあったような気がするがそれはさておき、いよいよエールダイヤは惑星イマリの大気圏内へと高度を下げていくのであった。
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