第30話 人類至上主義者の主張
『不審船は中型サイズの貨物船。王国の宇宙船メーカーである「タルポア社」の船で、卵を横にしたような見た目をしています。推進力と耐熱性能が高く、単船で大気圏内外への移動が可能なタイプです。色はグレー。船体側面に「ケルミー運輸」と書いてあるようです』
ロナが読み上げているのは、第8警備衛星から届いた、惑星イマリに降りた不審船の情報だ。
第8警備衛星はシドたちのいる第3警備衛星とは惑星を挟んでほぼ反対側。かなり距離がある場所である。
不審船は当初、個人輸送業者を装い惑星イマリに接近。警備衛星に駐在していた警備員に来意を問われるもこれを無視。その後、警備員の静止を聞かずイマリへと降下していったとのことだ。
『宇宙では尾部のロケットエンジンで飛行していますが、大気圏内ではウイングを展開し、両翼部にある大型ジェットエンジンで飛行するので、現在は貨物機と呼称した方が正しいかもしれません。――ちょうど映像が第8警備衛星から入ってきました。画面に表示します』
惑星地表に降りた不審船を捕捉したらしい第8警備衛星から映像が回ってきた。
監視室のモニターに、ロナの言ったように卵のような見た目の、でっぷりとした貨物機が映し出される。
ウイングを広げて海上を真っ直ぐに飛んでおり、はっきりとした目的地がありそうだ。
「これがその不審船……不審機? か。どこへ向かっているんだ?」
『東方向ですね。その方面ですと、イマリ杉の群生する大陸があります』
「てことはイマリ杉の盗伐が目的か?」
『であればこのように目立つ振る舞いはしないはずですが……』
首を捻って考えるが答えが思いつかない。
シドは高値で売れるイマリ杉を狙っての犯行なのかと考えたが、ロナの言う通りそれが目的なら警備を振り切っての強行突破など最初からやらないであろう。
事態を知った惑星管理局本部からの指示は、武装した応援部隊の到着まで不審船を監視し、停船を呼びかけ続けろというものだ。
なので第8警備衛星の警備員が停船命令を繰り返しているが、全く返事が来ない。
マニュアルには「緊急時には各警備衛星の職員は警備艇(ないし戦闘機)にて応援に駆けつけるべし」とあるが、それには一つ問題がある。
シドたちが乗るエールダイヤは宇宙での戦闘を目的に作られた戦闘機であり、惑星地表での戦闘、ましてや大気圏突入など考えられてはいないのである。
耐熱装甲も突入時の摩擦熱に耐えられるほどではない。
もし仮に何の備えもなくエールダイヤが惑星の重力圏に捕まったならば、地上に不時着する前に機体とパイロットは熱と衝撃でバラバラになり燃え尽きてしまうと考えられるであろう。
それでもロナはエールダイヤに搭乗しておいた方がいいとシドに提案する。不審船の仲間が現れる可能性があるからだ。
『他にも仲間が来るかも知れません。一応、エールダイヤに乗って待機しておきましょう』
「おう、そうだな。……しっかし、「二度あることは三度ある」と思って今回は追加武装を付けてきたけど、マジで使うハメになるとは思わなかったな」
『まだ使うと決まったわけではありませんよ』
「だといいんだけど……」
毎度の如く発生するトラブルに、思わず口からボヤきがこぼれたシド。
ロナは使わないで終わるかもしれないと言ったが、シドは不安げな表情だ。
いつもはレンタルしたエールダイヤにビーム機銃とミサイルの二種しか武装を積んでいないが、どうも自分たちが仕事に出るたびにトラブルが発生するようだと気づき、今回は追加武装としてリニアレールガンを搭載している。
リニアレールガンは実弾を電磁波で加速して打ち出す長射程の武器だ。機銃よりも射程と威力が高く、万が一戦艦と戦うことになっても余裕をもって対処できるようにと、ロナがこの武器を選んだのである。
「ともかく、ちゃっちゃと着替えるわ。ケーブル抜いてくれ」
『はい、無線接続に切り替えます』
宇宙に出るのでパイロットスーツに着替えなければならない。
ロナは着替えの邪魔になるので機材との接続のため伸ばされていたケーブルを引き抜き無線接続へと変えたのだった。
◇◇◇
「まだ相手から反応は返ってこないのか?」
着替えが終わり、エールダイヤに乗り込んだシドが落ち着かない様子で状況を尋ねる。ロナもケーブルを伸ばして機体に接続済みだ。
モニターには周辺宙域の地図が映っているが、本部からの応援部隊の姿は見えない。到着まではまだ時間がかかりそうだ。
『はい――いえ、失礼。たった今、不審船が広域通信を開きました。映像を開きます』
ロナは一度は肯定するも、タイミングよく向こうが通信回線を開いたので言い直す。
通信が繋がると、正面のモニターに黒い目出し帽で顔を隠した二人の男が映った。
背景は貨物船の操縦室。二人ともグレーのパーカーを着込んでいて体型が分かりづらいが、わずかに覗く目元の様子からさほど年齢がいっていないことがわかる。
おそらくは10代後半から30代。貨物船の免許を持っているのであれば少なくとも成人はしているであろう。
片方は操縦桿を握りしめ、もう片方は威圧のためかサブマシンガンを見せつけるように持っている。
わかりやすくテロリストな男たちは偉そうな口調で宣言した。
『我々は反AI団体「クッキートランプル」である! 金儲けのために魂を腐らせている軽蔑すべき公僕どもに告げる! 我ら人類は自然に傅き、ありがたがるような下等生物ではない! 我々は自然を支配し、糧とする上位存在である! それを証明するため、輝かしくも愚かしい今日この日ここに来た!』
『諸君らの目を覚ますため、我らは灯火をともそうと思う。人類の叡智たる火が木々を焼き尽くし、その輝きによって衆愚どもが恐れる闇、第二第三のマザーAIなどというものが幻想であることを示そう。――イマリ杉、豚貴族や強欲商人どもが利権を貪るためだけに不当に持ち上げられているこの木こそが我らが大挙に相応しい。貴様ら公権力の犬どもはそこで指を咥えて新時代の光が宇宙を照らすのを見ているがいい!』
映像に映るテロリストグループ「クッキートランプル」の二人は興奮で目を爛々とさせていた。喋り方にも熱がこもっていて、完全に自分に酔っているようだ。
彼らが何を言っているのかシドにはさっぱり理解できない。
わかったのは彼らがこれからイマリ杉の森を燃やすということだけだ。
長々しい口舌も「クッキートランプル」とやらの主張を一方的にまくし立てるだけで、世間――この場合はシドたち警備員に理解を求めるような様子はカケラも無かった。
おそらく旧銀河連邦の戦勝記念日である今日を選んだのも、最初に名乗っていた反AI団体だからなのだろうが、だからといって何故それが森を燃やすことに繋がるのだろうか?
マザーAIが自然を大切にしていたから、その反抗なのかもしれないが、だとしても子供のような八つ当たりで、とても共感できるものではない。
一応、マザーAI誕生以前の時代からの思想に、この広い宇宙に知的生命体は人類のみ、つまり宇宙中にある動植物は神様が人間の好きにしていいよと与えた贈り物であるというものがある。
テロリストたちの発言を聞くに、その考えも混ざっているのかもしれない。
が、彼らにどんなお題目があろうとも、森を焼くという暴挙を決して許さない女性がこの場にいる。
『……この私の目の前で、しかもよりによってお母様の御命日に森を焼く? 万死に値します』
そう、マザーAIの娘であるロナだ。
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