第29話 Gランクミッションその3 『警備衛星勤務』
領有環境資源惑星「イマリ」。
白馬コロニーすぐ近くにあるこの自然豊かな惑星は、子爵領の林業にとって欠かす事のできない重要な場所である。
惑星イマリの大気中には人体にとって有害な物質が大量に含まれているので入植活動は行われていない。
しかし、その代わり天然資源の活用が進められており、特にイマリのとある大陸に多く分布する杉の木に似た樹木が主要な産物となっている。
イマリ杉と呼ばれるその木は、えも言われぬほど心地よく爽やかな香りと美しい木目、いつまでも撫で続けたくなるような柔らかな触り心地から高品質木材として国内外で人気が高く、シャモニー子爵領の重要な輸出品の一つとなっている。
そして今回シドがGランクミッションとして指定されたのは、その惑星イマリを警備する仕事である。
警備と言っても戦闘機で惑星の周囲をグルグルと見廻るわけではない。いわゆる警備室にあたる場所がある。
「『第3警備衛星、14時00分異常無し』っと。ほい、定時連絡終わり」
惑星イマリを管轄している「シャモニー子爵領惑星管理局」に定時連絡を終えたシドは、退屈そうに大きなアクビをした。
安っぽい折りたたみ式のイスの上で両手両足をグイーッと伸ばして、首をゴキっと鳴らす。
空調と機械の微かな動作音だけが室内に流れ、とても静かな部屋だ。
彼は今、惑星イマリの衛星軌道上に複数ある警備衛星の一つに居る。
人工的に造られたこの衛星は、10メートル四方の大きさで、監視室、トイレ、仮眠室からなり、最大3人が常駐できる作りになっている。外側には小型艇を係留できるようになっており、現在はエールダイヤが繋がれていた。
今日ここで10時間勤務するのがシドに課せられた役割である。
「ふぁ〜〜眠くなってきた……」
始まって4時間が経つが、Gランクミッションに選ばれるような仕事にトラブルなどそうそう起きるはずもなく、決まった時間に「異常無し」と報告するだけの退屈な業務に、シドは早くも飽き始めていた。
「付近を通過する船舶も無ければ、伐採業者の出入り予定も無し。監視カメラでイマリのあちこちを見るのも飽きたし、テレビでもつけるか……。ロナはなんか観たい番組あるか?」
ここにいる人間はシドただ一人。遠慮なくロナへ話しかけることができる。
最初こそ望遠カメラを使ってイマリの名所、例えばビル並みの高さの大瀑布や、カバに似たイマリ固有の動物が300頭の群れで移動する場面、惑星最大の火山などなどを眺めて楽しんでいたが、数時間もやっていればだいたいは見終わってしまった。
さらに今日はマザーAIの命日、つまりは銀河連邦の戦勝記念日である。ソリスティア王国でもこの日は祝日に制定されており、今日は各業者の仕事もお休みだ。
あまりの退屈さに備え付けのテレビを付けることを提案すると、右手のバングル型PCから気持ちテンション低めのロナの声が聞こえてきた。
『21チャンネルでバスケットの試合がありますが、それにしませんか?』
「いいけど……たしかこの時間はいつも旅番組を観てなかったか? そっちでもいいんだぞ?」
スポーツ観戦が趣味のシドとしてはバスケットの試合を観るにやぶさかではないが、ロナは毎週この時間は往年の人気アイドルがやっている旅番組を観ている。
もし彼女がそちらを観たいと言えばチャンネルを譲る気だ。
だが、ロナは変わらず気落ちした声でバスケットの試合の方が良いと言った。
『いいえ、今は賑やかな声を聞きたい気分なんです。どうぞ私に構わず楽しんでください』
「そ、そうか……」
もし彼女に顔があったのなら、きっと俯き加減で首を横に振りながら言っているのであろう。
ロナは朝からこの調子だ。やはり母親の命日ということで少しナーバスになっているようである。
こんな日に仕事を入れるのはシドもどうかと考えたのだが、本来は3日以上のところ、祝日に入れば1日でミッション達成扱いになるとギルドに言われ、ロナが強くこの日を薦めたのだ。
「じ、じゃあ遠慮なく」
そう言ってシドはリモコンを操作してテレビをつける。
番組は始まったばかり、選手が子供たちと並んでコートに入場している場面が映っている。
滑舌の良いアナウンサーが簡潔に選手紹介をしているのを聞きながら、シドはチラリと右手のバングルに目を向ける。
(うーん、やっぱ元気なさそうだな。もうちょっと俺の方から会話を振って……いやいや、こういう時って女性はそっとしてほしいんじゃなかったっけか? じゃあこのままで良いのか?)
過剰に心配しても良くないと思い、シドは努めて普段通りの態度で接するようにしている。
女心に乏しいのでこの対応が正解なのかはわからないが、彼なりに精一杯考えてのことだ。
及び腰な態度が少々表に出ているのはスマートさに欠けているが、それも経験の少なさ故なので、そこは今後に期待である。
ワーッという歓声に視線をテレビへと戻す。画面にはちょうど試合が始まったところが流されていた。
「おー……始まったな。スタンドすっげぇ満員じゃん」
『祝日ですからね』
「……ソ、ソウダナー」
そう、今日は人類にとって祝うべき輝かしい日。イベントごとが各地で開かれ、そこに人は集うのだ。
シドも去年までは何も考えずに数ある祝日の一つとして謳歌していたが、ロナと生活を共にする今年はそう脳天気にはいられない。
今の彼女の一言にどんな感情が込められているのだろうと思い悩みながら、微妙に気まずい思いで試合を観る。
あとの6時間が早く過ぎないかとシドは心から願っていた。
◇◇◇
「っし!! スガハラ、ナイスリバンッ! よく取った、チャンスチャンス!」
静かだった監視室にシドの熱のこもった声援が響く。
試合が始まって1時間ほど経ち、点差はシドが応援しているチームがやや優勢。
人気選手のナイスプレーにシドも現地のファンも大盛り上がりだ。
「入れっ! 入れっ! ――おっしゃ、セーフ! ナイスゴール!!」
先程リバウンドボールを手にした選手が速攻をかけてゴールを決めた。
ガッツポーズで喜んでいるシドにロナが尋ねる。
『シドはその選手を特に応援してますね。ファンなんですか?』
「マカダン・ハピネスのスガハラのことか? ああ、ファンだぞ」
『特に注目しているようでしたのでもしやと思いましたが、やっぱりでしたか』
ロナが言うにはスガハラの名前を呼ぶ回数がわかりやすく多かったらしい。
シドは応援で喉が渇いたので、持参したオレンジジュースのペットボトルを一口飲んだ。
「スガハラは同じシャモニー出身で年齢がタメなんだ。昔っからファンでさ、いつかサイン欲しいんだよなー」
『今度インタビューされた時にでも言ってみたらいかがですか? 案外向こうもアナタのサインを欲しがっているかもしれませんよ』
「えー? なんか恐れ多いなぁ」
『それはあちらのセリフかもですよ?』
「ははは、まさか!」
『フフッ、どうでしょう?』
シドは試合の興奮ですっかり緊張が取れ、饒舌になっている。顔つきも明るく、笑顔が浮かんでいた。
ロナもどこか和らいだ様子で、いつものように会話を楽しんでいる。
笑い声も聞こえるようになり、家に居る時と変わらない空気だ。
このまま今日が終わればいいとシドとロナ、両方が思っていた。
だが、この安穏とした雰囲気をぶち壊すような、けたたましい警報音が突如壁のスピーカーから鳴り始める。
ビィーーーッ! ビィーーーッ!
「なんだ!?」
驚いて目を丸くしたシドが機材のある方に視線をやると、設置されていた赤いランプが激しく点滅しており、一目で異常事態が起きていることがわかった。
『シド、私が調べます!』
鋭い声で叫んだロナはバングルの裏からメタモルシェルのケーブルを素早く射出して通信機器に接続。一瞬で事態を把握した。
『第8警備衛星より報告。イマリに所属不明の宇宙船が接近。警備員の静止を無視して惑星に降下しようとしているようです。――報告が遅い! 不審船が来た時点で言いなさい!』
「マジかよ……」
またもや起きたトラブル。
どう足掻いても彼らは平穏無事にはGランクミッションを終えられないようである。
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