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第2話 宇宙時代の蛮族ども

『全コロニー防衛部隊へ通達する。我らが白馬コロニーに迫る武装勢力の正体が判明した。敵はヒーステン伯爵家である。先程、伯爵家は王国からの独立を宣言。周辺領地への武力侵攻を開始した。こちらへ向かっているのも、その一部隊である。ここで我らが敗れれば、コロニーは伯爵軍に占領され、善良な市民たちは悲惨な生活を強いられる事になるであろう。全隊は死力を尽くし、卑劣な反逆者どもを追い返すのだ!』


 怒りに満ちた真っ赤な顔で兵士たちに檄を飛ばしている男性は、シドが住む宇宙コロニー『白馬』の市長である。

 防衛部隊への現状説明のために流された広域放送。シドは自分の戦闘機であるアドホック号のコクピットのモニターでこれを見ていた。

 そう、結局彼は傭兵たちに引き摺られ、無理矢理戦闘機に乗せられて宇宙に叩き出されてしまったのだ。

 もう逃げる事はできない。彼はこのポンコツ戦闘機と運命を共にするしか道は無くなってしまった。

 ただでさえ絶望的な状況なのに、そこに聞こえてきたのが今の放送である。これ以上ない人生のドン底だと思っていたシドは、さらにそこから突き落とされた気分になった。


「マジの軍隊じゃねぇか……」


 市長の顔とは対照的に血の気が引いた真っ青な顔で呆然とするシド。

 もしも件の武装勢力がそこらの宇宙海賊だったら、ワンチャン他の部隊がさっさと追い払ってくれるかもしれないと彼は考えていたのだが、実際は伯爵家。押しも押されぬ大貴族である。

 因みに、シドたち白馬コロニーはシャモニー子爵領にあり、ヒーステン伯爵領との境に位置している。なので反乱を起こした伯爵家に真っ先に攻め込まれているのである。

 なお、シャモニー子爵家とヒーステン伯爵家の間には10倍近い勢力差がある。もちろん伯爵家の方が上だ。


「俺、死ぬのかなぁ……」


 アドホック号はその名の通り、間に合わせで組み立てた機体だ。

 性能も武装も最低限。これがゲームなら、プレイ開始時の機体より低性能な、ハンデ戦やお遊びにしか使われないイロモノ機であろう。デザイン自体もそれっぽい。

 だが、これから始まるのはゲームではなく実戦(リアル)である。

 ただでさえ死ぬ場所に、縛りプレイで参戦した阿呆がシドだ。

 後悔と現実逃避が彼の頭の中で渦巻き、身体中がガタガタと震え出す。まだ敵と遭遇すらしていないのに、心臓が破裂して今にも死にそうな様子になっていた。


「へ、へへっ、マジで親への言葉とか思い浮かぶんだな、こんな時って……」


 乾いた笑いを浮かべながら心の中で親や友人に「ありがとう」とか「バカなヤツでごめん」などと詫びていると、今度はコロニー防衛艦隊司令を名乗る軍服姿の人物がモニターに映った。


『防衛艦隊司令のタック准将である。監視衛星の映像から、敵はヒーステン伯爵軍第6艦隊と判明した。現在奴らは3つの部隊に分かれ、コロニーを包囲するように移動している。おそらく狙いはコロニー内部への侵入であろう。反逆者どもを中に入れてしまえば市民が人質にされてしまう。それだけは断固阻止せねばならん。戦力は不利だが、こちらも部隊を分け、コロニーの盾となって市民を守るしかない。援軍が到着するまで、諸君らは石に齧りついてでも防衛線を死守せよ!』


 タック准将がそう言ったあと、モニターに周辺宙域のマップが表示された。

 矢印で表現された敵軍の予想進路と、それに対応するこちらの動きが示されている。

 シドはどうやら敵右翼軍を迎撃する部隊へ配置されたらしい。モニターに『至急部隊へ合流せよ』と赤文字で出ている。

 正式な命令だ。従わなければ敵前逃亡で死刑になる。仮にどさくさ紛れで逃げられたとしても、故郷の家族にもどんな累が及ぶか、考えるだけでも恐ろしい。


「……こうなりゃヤケだ」


 ゴクリと唾を飲み込み、シドは震える手で操縦桿を握り締めてグイッと舵を切った。

 スロットルレバーを操作してエンジンの出力を上げる。

 アドホック号の中古動力炉が、ガタつきながらも勇ましくうなりを上げた。


「生き残ればいいんだろ、生き残れば! 俺は(ゲームの)プロだぞ! 楽勝に決まってんだろうが!」


 耳元に感じる死神の吐息。ストンと暗闇に落ちるような幻覚。それらから逃げるように虚勢を張って自らを鼓舞するシド。

 敵は伯爵軍第6艦隊。

 艦艇約100隻、戦闘機約800機の大部隊である。

 伯爵軍全体からするとほんの一部でしかないが、それでも30隻ばかりしかないコロニー防衛艦隊よりもずっと兵数が多い。彼我のおおよその戦力差は3倍から4倍ほどだろうか。コロニー側にはまず勝ち目はない数字である。

 だが、シドには前に進むしか選択肢はない。

 パイロットの悲壮感に満ちた想いを乗せ、アドホック号は合流地点に向かって真っ直ぐに飛ぶのであった。




 コロニー防衛部隊は何とか布陣を間に合わせ、伯爵軍艦隊を迎え撃つ体勢を整える。シドも指示通りの部隊へと合流した。

 それから程なくして伯爵軍は防衛線まで到達。宣戦布告と同時に攻撃を開始した。

 コロニー防衛艦隊は防御陣形を組んでこれに応戦。近隣からの援軍が来るまで耐えるべく、守りに徹して時間を稼ぐつもりである。

 だが、どれほど粘ろうとも、この戦力差では味方の到着までにコロニーは落とされてしまうのは誰の目にも明らかであった。

 援軍が駆けつける手段として長距離ワープ技術があるが、ワープは跳躍させる物体の大きさと距離に比例して必要エネルギーが増大する。

 戦闘機くらいのサイズならともかく、戦艦ともなるとワープに莫大なエネルギーが必要となり、白馬コロニーに到着する頃にはすっかりガス欠。何もできない置き物となっているであろう。ワープしてから戦闘する事を考えれば、来れて駆逐艦がギリギリである。

 当然、伯爵軍もそのことは理解している。決着を急いで無理攻めをするような気配はなく、ジワジワと、だが確実に戦力を削るような堅実な用兵で防衛艦隊を攻めていた。

 そして戦闘が始まった今、シドがどうしているのかと言うと、


『おい新入り、ちゃんと着いてきているか?』

「は、はいっ!」

『よーし、そのふざけた機体で逃げなかった事だけは褒めてやる』


 このように他の傭兵たちと即席の隊を組んで行動していたりする。

 向かう先は敵右翼軍の側面。シドたち傭兵部隊は本隊から外れ、そこへと回り込んでいる途中だ。

 正面から敵とぶつかるのは、キチンとした連携のとれるコロニー防衛軍。個々の戦闘が得意な傭兵部隊は遊軍として敵側面から攻撃。可能な限り敵を撹乱し、正面の防衛軍を支援するという作戦らしい。

 因みに、目標地点までの移動中は雑談タイムのようだ。

 仲のいい者どうしでバカ話をしたり、猥談に興じたりしてリラックスした空気が流れている。これから敵の大群に突っ込む部隊にはとても見えない。これが歴戦の傭兵の余裕というものなのだろう。この場でただ一人深刻な顔をして緊張しているシドには理解できない境地である。

 なお、今日が初実戦のシドには、多くの傭兵たちが先輩風を吹かしてアドバイスをしていた。


『ケンカと戦争は根性だ。ケツの穴締めて気合い入れろよ』

『そのオンボロじゃあ、すぐ撃墜されるだろうが、できれば死ぬんじゃねえぞ。生きてりゃ何とかなるもんだ』

『ただし、撤退命令がある前に逃げんのは無しだ。ギルドの信用に関わる』

『逃げていいのは戦闘続行不能になったらだ。例えば機体がブッ壊れたり、エネルギーが切れたりして、その動く鉄クズが動かない鉄クズに変わった時だな』

『まあ、その機体は弾一発でバラバラになりそうだけどよ』

『ハハっ、(ちげ)えねぇ!』

『まっ、そん時は身一つで宇宙遊泳しながら救難信号でも出して、流れ弾に当たらない事を祈ってるといいさ』

『もし帰還したら一杯奢ってやるよ。酒場がクソ伯爵軍に占領されてなきゃだけどな』

「あ、ありがとうございます……」

『おう! まっ、それもこれもテメェが生き帰れたらの話だ!』

『そりゃそうだ!』

『なに、死んだら死んだで奢ってやるよ。冥福を祈って乾杯ってな!』

『ガハハ、そりゃあいい! そん時は俺も一杯付き合うぜ!』

「ははは……」


 古参傭兵たちが放つ遠慮のないブラックジョークに、シドは乾いた笑いを返すことしかできない。


(なんだコイツら。さっきからふざけた話しかしねえ)


 プロの傭兵というものは移動中に入念な打ち合わせをするイメージを持っていたシドだが、実はどうもそうではないらしい。

 シドへのアドバイスやエール以外で交わされるのはバカ話ばかり。敵とぶつかった後の話をする者は誰もいなかった。

 不安になり、なにか作戦とか無いのかとも聞いてみたが、一応のまとめ役であるCランク戦闘機乗り(ファイター)のフジタ曰く、「各自が好き勝手やるのが白馬ギルドの流儀だ」との答えが返ってきた。つまり作戦など最初から無いらしい。


(泣きそうだ……。ゲームだってチームで真面目に作戦を立てるのに……)


 シドが片手で操縦桿、もう片方の手でキリキリ痛む胃を押さえながら隊の最後尾を飛んでいると、そのフジタさんから「そろそろ到着だ」と通信が入った。――そう、いよいよ接敵である。

 モニターに映る、敵軍を意味する赤い点。こちらの傭兵部隊は30機にも満たないのに、相手は大小の軍艦から戦闘機まで含めて赤点が200以上表示されている。正規軍らしく、隊列のとれた美しい並び。この赤い塊にぶつかりに行って砕けずにいられる想像などカケラもできない。

 だというのに頭のネジが外れた傭兵たちは、むしろ戦い甲斐があるとばかりに気炎を揚げていた。信じられない戦闘狂たちである。


『おうテメェら、あとは自由行動だ。好きに暴れてこい』

『へっへっへ、腕が鳴るぜ!』

『お高く止まった貴族軍の奴らをブン殴れるなんて、今日は最高の日だ』

『一発かましてやらあっ!』

『ひゃあ! もう待ち切れねえっ! 一番槍は俺がもらったぁ!!』

『あっ、ズルいぞっ! 俺が先だ!』

『負けるか! 俺の方が先だっ!』

『あいつらに抜け駆けはゆるさねえ! 続け続け!』


 一機がブースト全開で飛び出したと思ったら、他の機体も我先にと続いて行ってしまった。

 他の傭兵が全員突撃してしまったため、一人ポツンと残される形となったシド。思わず口から「うわぁ……」とドン引きした声が漏れていた。


(……なんだコイツら。マジでおかしい。生きてきた世界が根本から違う)

 

 そこまで思いを巡らしたところでハッと我に返る。

 ずっと先で小さな爆発が見えたと思ったら、すぐにビーム砲の軌跡と大小の爆発が宇宙を輝かせ始めたのだ。戦闘開始である。

 もう迷っている暇も無ければ、泣き言を言う時間すらない。自分も早く行かなければならないのである。


「ーーっ、やってやらあああぁぁー!! チクショーおおおおお!!」


 シドは腹を括り、泣きそうな声で叫びながらスロットルを操作し、ブーストを全開にする。

 ツギハギアドホック号は、ミサイルとビームの飛び交う地獄へと真っ直ぐ突っ込んでいくのであった。

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