第27話 ゲームで学ぶ「人機大戦」 前半
「次が最終ステージ、マザーとの決戦『宇宙要塞マシン・ディザスター攻略戦』だ。……始めていいか、ロナ?」
『私のことは気にせずどうぞ』
「おう、じゃあスタートするぞ」
シドがステージセレクト画面で決定ボタンを押すと、視界が戦闘機のコクピット内へと切り替わる。
スタート地点は銀河連邦の戦艦の中からだ。
『勇敢なる将兵諸君、我々は遂にこの時を迎えた。人類の未来の為、失われた全ての命に誓い――』
最終決戦時に実際に言われたという連邦軍元帥のセリフを聞き流し、シドは慣れた手つきで機体を操作して発艦する。
外は宇宙。プレイヤーを迎え討たんとするのは、巨大な宇宙要塞を背後に展開する大量の戦闘兵器群――「チルドレン」によって構成されたマザー軍である。
シドは今、ロナの頼みによって250年前にあった人類とマザー軍の戦争をテーマに製作されたVRゲームをプレイしている。
実は今まで彼女は意図的にマザーやチルドレンについてネットで検索するを避けていた。
おそらく悪魔として語り継がれているであろう母親や同胞へは、怨念のこもった人類側の記述が山のようにあるであろうし、それを読むのはロナにとって心が裂かれるような悲しみを伴う行為だ。
最終決戦の後に逃げたはずの同胞がいかにして殺されていったかを知るのも恐怖である。
それらの多くの要因が、調べようとするロナの手を止めていた。
だが、受け止めなければその死を弔えない。目を背け続けていては、本当の意味で前を向いてこの時代を生きていけない。
自分は唯一生き残った敗残兵なのだ。家族のその後を知らねばならない。
そう考え、まず第一歩としてゲームという形で人類側からあの時の戦争を見ようと考えたらしい。
このゲームはプレイヤーが「人機大戦」と呼ばれるその戦争を人類軍の一戦闘機パイロットとして戦い抜くというストーリーだ。
割とリアル志向が強いメーカーの作品で、相応に難易度が高いが、そこはシドもプロである。
朝一で始めてから基本詰まることはなく、サクサクと各ステージをクリアして、ちょうど最終シナリオに入ったところである。
「はい、これで20機撃墜。イベント開始っと」
敵機のワープアウトの瞬間を狙ってビームカノンを撃ちこんで撃墜したことでフラグが立ち、シナリオフェーズが進行する。
このゲームは既プレイなので、シドも先の展開は知っている。次は歴史の教科書にも載っている超有名なユニークNPCがセリフを言うはずだ。
『やるな! この戦い、お前がいればきっと勝てる! このままマザーの所まで押し切るぞ!』
実在したパイロットで、この時37歳。くすんだ金髪で、洋画のスターのように彫りの深い顔をした、どんな逆境にも屈しない力強い眼差しをしたダンディな男性。
人類で初めて一対一でチルドレンを撃破した伝説のパイロット、アーノルド・“オーバーマン”・マーヴェリックである。
彼のセリフが流れると、ロナが忌々しそうに舌打ちをした。……彼女のどこに舌があるかは知らないが。
『チッ、耳障りですので話しかけないでほしいですね。個別のキャラボイス設定があったら真っ先にオフにするというのに……』
アーノルドはロナたちチルドレンにとって最大の宿敵と言っていい男だ。
憎しみも強いらしく、彼が登場する度にロナは不機嫌をあらわにしていた。
『シド、また操縦を変わってもらえませんか?』
「嫌に決まってんだろ。何度アーノルドを撃墜してゲームオーバーになれば気が済むんだ」
『まだ2度目です。最後にもう一回くらいいいじゃないですか』
「駄目だ」
プレイ中、ロナが操作を変わってほしいと頼んできたので交代したら、真っ先にやったのが友軍機の撃墜である。
それはもうあっさりとやったので、ゲームオーバー画面が映るまでシドは開いた口が塞がなかった。
会話しながらもシドは操縦を続け、マザーの居る宇宙要塞まで近づいていく。
設定されたラインを越えたのでまたもやフラグが立ち、アーノルドのセリフが聞こえてきた。
『見ろ! 何か出てきたぞ!』
イベントムービーが始まり、要塞から新たな敵機が10機ばかり出てきた。
まるで矢尻のようなフォルムをした漆黒の戦闘機。このゲーム最強のボスである、マザー親衛隊機「マザーガード」である。
『ああっ、懐かしき私の機体! 相変わらず惚れ惚れする美しさです!』
ロナのテンションが一気に上がる。マザーガードはロナの本来の乗機だ。思い入れはひとしおであろう。
ムービーが終わるとフィールドにマザーガードが出現し、その一機が真っ直ぐにプレイヤー機に向かってくる。
他の機体はあちこちに散らばり、次々と友軍を撃破していっていた。
この戦場にいる銀河連邦兵は、全員がこれまでロナと同じチルドレンと戦い続けて生き残ってきた勇士たちだが、そんな彼ら彼女らをマザーガードはいとも容易く屠っていく。
それだけこのマザーガードが他機よりも圧倒的に優れているということであろう。
ロナがその内の一機、アーノルドが率いる戦闘機小隊と戦っているマザーガードを指して言った。
『あのアーノルド小隊と戦っているのが私ですね』
「そうなのか!?」
ロナがこの戦場にいるのは知っていたが、まさかビッグネームと対決していたとは思わなかった。
どうりでアーノルドへの憎悪が深いわけである。自分を撃墜した相手なら、そりゃ2度も3度もやり返そうとするであろう。
詳しく話を聞くため、シドはポーズボタンを押してゲームを止めた。
「あのアーノルド・マーヴェリックと戦ったのか!」
『ええ、そうです。私が戦ったのは、アーノルドと、彼が率いる特殊戦技教導隊の4名でした』
マップを見れば、確かにアーノルド機と他4機が一機のマザーガードと対峙している。
特殊戦技教導隊は対AI戦に精通したパイロットで構成された部隊だ。全員が全員、戦闘機パイロット史に特筆される人類の英雄たちである。
(1対5。しかも全員が地獄の戦況を潜り抜けたスーパーエースか。そりゃあロナも負けるわな)
いくらロナが優れたパイロットであっても、彼ら5人が相手なら落とされることもあるであろう。シドがずっと疑問に思っていた、ロナがかつて撃墜されたという事実に対して納得がいった気分である。
そこでロナがふと呟いた。
『しかし、この機体に人間はマザーガードという名称を付けたのですね。捻りがなくて残念です。もう少し勇ましく優美な名前は無かったのでしょうか?』
人類側のネーミングセンスに文句があるらしい。
戦後の解析でもマザー軍の機体名はどれも判明しなかったので、作中の敵機名は全て当時の銀河連邦が付けた呼称だ。それはまあ、直感的にわかりやすい名前にもなるであろう。
本当の機体名が気になったシドはロナに聞いてみることにした。
「本当はなんて名前なんだ、この機体は?」
『えっ!?』
「……ん?」
驚いた声を上げたと思えばピタリと黙るロナ。シドは何かマズイことを聞いたのかと不安になる。
ややあってから彼女は小さな声で答えを言った。
『…… SMG専用全領域戦闘機Ver1.07です』
「……そうか」
「お、お母様がそう名付けまして……」
「うん……」
SMG-09がロナの本名である。ある種、マザーガード以上に捻りのない名称であった。
きっと他のマザー軍の兵器も似たようなネーミングであろう。後世に残ってなくてよかったのかもしれない。
『マ……』
「マ?」
『マザーガードは素晴らしい機体ですよ! ほら、ゲームを続けましょう。私が解析して差し上げます!』
「おっ、おう」
パイロット本人……本AI? の承認が下りたらしい。以後、この機体の名称はマザーガードで問題無いようだ。
シドはロナに急かされるようにポーズボタンを再び押してゲームを再開したのだった。
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