第26話 護衛完了
貨物船護衛中に海賊と遭遇したシドとロナだが、それ以降の道中は本来のGランクミッションらしく至極無難に進み、移動3日目の朝8時には目的地である大型ワープゲートまで到着した。
宇宙に浮かぶ直径約500メートルほどの巨大な円形。それが大型ワープゲートである。
500メートルと言えば高層ビルにであれば120階を超えるであろう。シドたちはまだ距離が少し離れているので、その巨大建造物の全体像が見えるが、近づいてしまえば首を仰け反らせなければ上が見えない。それほどの大きさである。
大型ワープゲートがあるのはシャモニー子爵領本星から宇宙船で半日ほどの距離の場所である。少し離れているのは防衛上の理由かららしい。敵対勢力がワープゲートを利用して艦隊を送り込んできても対応する時間を作るためだそうだ。
定刻1時間前だが、ワープゲート前には王都方面行きを望む多数の船が既に並んでいる。
付近には小型機に乗ったゲート職員が飛んでいて、次々と集まってくる船に近づいては並ぶ場所を指示をし、交通整理をしている。
ここで護衛は完了。社長ともお別れである。
『ワークスさん、護衛ありがとうございました。お陰様で無事にたどり着けました。ワークスさんがいなければ、途中海賊に襲われた時にどうなっていたことか』
「いえ、社長にお怪我がなくて本当によかったです。社長もこの先、王都までどうかお気をつけて」
契約満了の電子サインを送ってもらい、別れの挨拶をする。
途中トラブルはあったが、船も積荷も全て無事。護衛としては合格点である。
今回の出来事は、きっと社長にとって一生涯忘れることのない思い出となったであろう。
彼はこの3日間の出来事を振り返り、しみじみと言った。
『始めギルドに護衛依頼を出した時には、まさかワークスさんのようなエースパイロットや、パラディアス殿下のような歴史に名を残すような方々と邂逅するとは夢にも思いませんでした。この3日間は私の人生で一番の大冒険です』
社長は感慨深そうに微笑み、ゆっくりと頭を下げた。
『ワークスさんとパラディアス殿下に助けていただいたご恩は決して忘れません。これからも大変な戦いに身を投じられるのかと存じますが、ワークスさんの無事を陰ながら祈っております。本当にありがとうございました』
そう言って通信が切られる。
社長の貨物船が待機列の方に動き出し、シドはそれをコクピットの中で手を振って見送るのだった。
◇◇◇
帰り道、シドとロナはネットでニュース番組を見ながらのんびりと進んでいた。
今日のトップニュースはパラディアス王子が対ヒーステン伯爵戦線に参加を表明したことである。
パラディアスは積極的に海賊退治をしていることから民衆からの人気が高い。
その彼が前線に出ることによって各貴族家も勢いを盛り返し、伯爵軍を押し戻すきっかけとなることが期待されていた。
しかし疑問なのは、パラディアスがラ・フィーユ・ビアンコ一隻のみで前線に来たことだ。
本来、国王の名代として彼が率いるべき王国軍本隊の姿は無い。テレビ局の取材によれば、本隊は未だ編成や艦の修繕の途中で動けないと言う。
王子が「単独で先に来たのは、現地の貴族軍と連携して本隊到着前に各貴族領の占領地域を決戦までに奪い返すためだ」とインタビューで答えていたが、それもおかしな話である。
『……どのような事情かはわかりませんが、どうも王国軍の一部が今回の伯爵征伐戦への参戦をボイコットしているみたいですね』
ロナがニュースに解説を付け加える。聞けばネットで官報を調べたらしい。
首都星で大至急行われている軍の再編はその人事異動が主な原因のようだ。
「そうなのか?」
『ええ。そして異様なのが、そのボイコットしている軍人たちは皆、堅物だったり正義感に厚いといった評判の人物たちであることです』
「ええ……?」
淡々とした口調で語るロナ。
真面目な軍人が、罪に問われてでも伯爵と戦うことを拒否しているのだという。
さっぱり意味がわからず、シドも困惑した声を上げていた。
「でもそれって抗命罪ってやつだろ? 捕まるんじゃないか?」
『はい、次々と禁固刑に処されております。しかしそれでもボイコットをする者は後をたたないようです。……ヒーステン伯爵の反逆は思っている以上に裏がありそうですね』
「怖っ……」
考えれば考えるほど碌な事情ではなさそうである。シドは国家の闇を見たような気がしてブルっと身震いした。
善良な一市民として叶うなら関わりたくないが、シドはもう遅い。
前線地域の一つであるシャモニー子爵領で頭角を示したのだ。遅かれ早かれ再び伯爵軍と対峙する時が来るであろう。
その日は確実に近づいてきていた。
◇◇◇
復路は何事も起こることはなく、シドとロナは2日後には白馬コロニーに帰還することができた。
報告のために傭兵ギルドまで行くと、丸く可愛らしい瞳を尊敬の色で輝かせた受付嬢のモニカが窓口でシドを待っていた。
「お帰りなさい、ワークスさん! またまた大活躍でしたね!」
開口一番そう言ってほんわかした笑顔を向けてくる。
トラブル発生時には報告するのがギルドのルール。海賊と王子の件もその日の内に既に報告済みだ。
いつの間にかシドの担当受付嬢のようなポジションを確保しているモニカにもその情報は共有されている。
彼女のような美女に褒められるとつい鼻の下が伸びてしまうのが男のサガだ。
シドはややデレっとした表情で後頭部を掻きながら返事をする。
「いえいえ、私は何もしてないです。全部、(ロナと)パラディアス殿下の手柄です」
正確にはシドも機銃のトリガーを引くなどしているが、彼としては自分は何もしていないに等しいという認識である。
だから素直な気持ちでそう言ったのだが、モニカには謙遜しているだけだと受け取られたようだ。
「そんなご謙遜を! ワークスさんが海賊のミサイルから貨物船を護ったと聞きましたよ。とてもご立派です!」
「ははは……ありがとうございます」
ここで変に否定するのは不自然なので、曖昧に笑うことでお茶を濁したシド。
それがモニカ的に好印象だったようだ。
彼女の顔には「驕らない男性って素敵」とわかりやすく書かれ、キラキラといった効果音が付いてそうな視線をシドに向けていた。
熱い眼差しにシドがデレデレしていると、モニカは「あっ、そうです」と思い出したように言って、一枚の電子書類をシドの前に表示した。
「警察からなんですが、ワークスさんへ海賊退治協力へのお礼として金一封が送られてきています。きっとパラディアス殿下が警察にお話ししてくださったのでしょうね」
「へぇーお金なんて貰えるんですね」
シドはまじまじと表示された書類を読む。
そこには彼女の言った通り、海賊退治協力へのお礼と、金一封を贈呈する旨が書かれている。
決まりきった定型文だが、初めて目にした彼にとっては物珍しいものだ。
モニカが詳しい説明をしてくれる。
「ギルドを介して海賊退治の依頼を受けた場合は、国から報酬金が支払われるのですが、今回は航行中に偶然遭遇して自衛のために退治しましたので、こういう形で警察から謝礼金が渡されるんです」
「はー、なるほど。初めて知りました」
「なかなか聞くことはないですからね。ただ、警察からの金一封ですと、正式な委託ではないので額は思いっきり下がっちゃいます。ギルドから正式に依頼を受けてから退治するのをオススメします。――あっ、書類に受け取り同意のサインだけお願いします」
そう言ってモニカはシドに受領サインを書類に書くよう求める。
シドも拒む理由は無いので指先を使って電子署名を書き、金一封を口座に入金してもらった。
「以上でミッションの報告は完了となります。あと一つでランクアップですね。頑張ってください!」
無邪気な笑顔で応援するモニカ。
頑張らなくても達成できるのがGランクミッションのはずなのだが、彼女は次も何かあるかもと期待しているのかもしれない。
シドは苦笑しながら「ありがとうございます」と言って、最後のミッションの詳細をモニカに送ってもらう。
因みに、金一封の額は2万スレイであった。
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