第25話 王子の知恵袋
「残念でしたな、殿下。噂のシド・ワークスをスカウトできなくて」
「まったくだ、グレンよ。進路上に偶然彼を見つけた時は、これぞ天の計らいかと思ったのだがなぁ……」
シドたちと別れた後、戦艦ラ・フィーユ・ビアンコの艦橋にて、パラディアス王子は艦橋クルーらと先程の一件について会話をしていた。
パラディアスにグレンと呼ばれた男性は、この戦艦の艦長である。
名前はグレン・ピアーズ、大佐の階級章のついた軍服を着た、角ばった顔をした焦茶色の髪の40代男性である。実直な性格をした叩き上げの軍人だ。
広々として明るい色調の艦橋。所々に金で装飾が施されており、ラグジュアリーな内装だ。軍艦らしい無骨さが押さえられているのは、王子の御座艦としての特注仕様である。
そこでパラディアスは提督席に膝を組んで優雅に座っており、グレンはその前にピシッと背筋を伸ばし手を後ろに組んで立っている。
「ヒーステン伯爵軍との決戦を考えれば優秀なパイロットは一人でも多く欲しかったのですが……」
「なに、彼がいなくとも我が艦には十分な戦力が揃っているさ。――そうだろう、余の軍師よ?」
パラディアスは不敵な笑みを浮かべ、チラリと自身の隣りに立つ男へ視線を投げかける。
問われた男――軍師コウメイは、白羽扇を携えたを手を重ね、恭しく拱手(中国式の挨拶のジェスチャー)をしてそれを肯定する。
「是、殿下」
彼こそはパラディアスの智嚢。参謀のリ・コウメイ(本名)である。
背が高く、長い黒髪を後ろに流した線の細い男性で、パラディアスにその類稀なる才覚を見込まれ、26歳にして王子の施設艦隊参謀の地位を得た天才だ。
その深謀遠慮は王国に並ぶものなく、冷静かつ的確な采配でパラディアス王子の艦隊を常に勝利に導いてきた名軍師である。
なお、古代中国の偉人である諸葛孔明に倣い常に白羽扇を携帯しているのは、本人曰く「ケレン味を出すため」らしく、意外とお茶目な人物でもある。
因みに流石に服装までは(作戦行動中は)コスプレしておらず、普通の参謀将校用の軍服である。
「しかし軍師よ、何故ワークスは余の誘いを断ったのであろうな?」
パラディアスが何気ない様子で尋ねると、コウメイは打てば響くようにすぐさま自身の推察を口にした。
「私が見るに、彼はその戦闘機乗りとしての才能に反して兵士の目をしておりませんでした。彼が言った『本業はプロゲーマー』というのが本音でしょう。戦いと無縁な一般人としての生き方を望んでいるように思えました。おそらく今は世間の熱狂に押されて傭兵を続けておりますが、そのうち隠れるように一市民に戻るのではないでしょうか」
しかし功績を上げれば上げるほどそれが遠のくでしょうが、とコウメイは締めくくる。
映像を見てそこまで洞察したらしい。卓越した人物鑑定眼である。
パラディアスも納得した様子で頷いた。
「なるほどな。そうであれば余の軍になど加わるわけがないか。あれほどの操縦センスを持ちながら勿体無いことだ」
惜しむように首を横に振るパラディアス。
するとコウメイが白羽扇で口元を隠しながら疑念を含んだ口調で言った。
「そこがどうも私には腑に落ちないのです。軍で調べた白馬コロニー防衛戦や三本角イルカ座ステーションでの彼の戦闘データを閲覧しましたが、あまりにも人間離れしております。まるで機械……そう、戦闘用AIのような正確さです。彼の様子を見ても自身の技量に対する自信や驕りがカケラも見受けられません。あたかも『他の何かが機体を動かしているから自分の力ではない』と思っているかのような……」
「わかってねぇーなぁー軍師サマよぉー! シド・ワークスがAIに頼ってるって? んなわきゃねぇって!」
コウメイがロナの存在に迫りかけたその瞬間、艦橋にズカズカと大股で入ってきた女性が大声でそれを否定した。
赤くメッシュを入れた髪色の派手な女性だ。大尉の階級章がついた女性用の軍服をだらしなく着崩し、クチャクチャとガムでいて、とてもガラが悪い。
「戻ったかアイビス」
パラディアスが声をかけると彼女――アイビス・ドーンは「ウッス、大将」と軽く目礼し、再びコウメイに突っかかる。
「大将もわかんでしょ? シド・ワークスはAIなんざ使ってねえ。アイツの射撃にはゾクっとするような凄みがあった。これは戦場でサシの殺し合いをしたことがねえヤツにはわかんねえ感覚だ。ヒョロくてマトモに銃も撃てねえ軍師サマには理解できないだろうがな」
アイビスは先程海賊船や戦闘機を撃破した赤い機動ロボのパイロットだ。シド(ロナ)の射撃も比較的近くで見ていた。
因縁をつけるような目つきで睨まれているコウメイだが、彼女に絡まれるのも慣れたものなのか平然としたものだ。
彼女の言いたいことを自分なりに解釈し、冷静に聞き返す。
「つまり、貴女の武人として感覚が、彼の攻撃にいわゆる“殺気”のような、AIでは発し得ないものを感じ取ったということですね?」
「あーそうだよ。そう言ってるじゃねえか」
彼女は大きく頷いた。
実は、犯罪者たちの中には違法に制作された戦闘用AIを用いて戦闘行為をする者が稀にいる。
パラディアス艦隊も、そのようなAIを機体に組み込んだ海賊と過去に戦ったことがあり、アイビスも対AI戦を経験済みだ。
しかし、同じAIと言ってもロナたちマザー製AI「チルドレン」とは全くの別物である。
決定的に違う部分は、これからアイビスが語る点にある。
「AIどもは所詮はプログラム。効率良く正確に人を殺す動きをしているだけの、ただの機械だ。人間様が誰でも持ってる、魂ってもんが無えんだよ。オレはアイツらから殺気も意志もクソも感じたことはないね」
そう、裏社会に出回っている違法AIは「マザー」や「チルドレン」のようにシンギュラリティを起こしておらず、自我を獲得していないのだ。
アイビスが言うように、命令に従いプログラムを実行するだけの機械。そこに自分の意思など存在しないのである。殺気など放つはずもない。
「なるほど……」
コウメイはなおも口元を白羽扇で隠しながら思案する。
野生的な感覚に優れたアイビスの意見は決して無視できない。それに彼女は戦闘のプロだ。直接戦闘の分野では自分より遥かに洞察力があるはずである。
そして何より、
(シド・ワークスはそんな大それた犯罪ができるタイプではなさそうに思えます)
コウメイの眼はシドの性格を見抜いていた。
「貴女のおっしゃる通りですね。AI云々は私の思い違いでしょう。シド・ワークス殿の自信の無さは彼の性格故か、何か別の要因によるものなのかもしれません」
自分の勘違いであったと認めたコウメイに、アイビスは勝ち誇ったように言う。
「だろ? 軍師サマは考え過ぎなんだよ。だから世の中なんでも悪い方に見えるんだ。うちの狙撃手のおチビだってAI顔負けの射撃精度じゃねえか。シド・ワークスもおんなじだって」
「そうですね。歴代の名パイロットにも人間離れした技量を持つ者は数多くいました。シド・ワークス殿もその一人なのでしょう」
それにこの時代にも一人、同じ条件で同等の戦果を挙げられると断言できるパイロットがいた。
(帝国の《宇宙最強》、彼ならこの程度の芸当は軽くやってのけるでしょう。……もし、シド・ワークス殿が彼と等しい強さを持っているのでしたら、我が国にとって切り札となり得るのですが)
そこまで考えたところでコウメイは自身の主の方へと向き直り、改めて恭しく頭を垂れて謝罪を述べた。
「殿下、私の早合点でした。シド・ワークス殿に対し、大変失礼な疑いをかけてしまい、申し開きようもございません」
パラディアスは軽く手を振ってそれに答えた。王子はコウメイの慎重さに幾度となく助けられている。今回も殊更責める気はなかった。
「よい。以後気をつけよ」
「ははっ!」
コウメイの謝罪によりこの話は終わる。
パラディアスは席の手すり部分にあるボタンを押して言った。
「そろそろティータイムにしよう。そなたらも同席せよ」
艦橋の入り口の自動ドアが開き、タキシードを着た白髪頭の老執事が入ってくる。ボタンは彼を呼ぶためのベルだったようだ。
パラディアスは老執事にお茶の準備をするように申しつける。
「茶を飲む。この3人の席も用意せよ」
「かしこまりました」
老執事は一礼し、手首に巻いたマーズフォンを操作して部下に指示を飛ばす。
程なくして再び入り口のドアが開き、メイド服を着た侍女たちが次々と入ってきた。
先頭の侍女二人は協力して運んできた木製の丸テーブルを王子の前に置く。微かに揺れる戦艦でそのような物を置くのは危ないような気がするが、テーブルの脚に仕掛けがあるのか、床に置いた途端まるで磁石でくっついたかのようにピタリと動かなくなった。
そして次の侍女がテーブルクロスを引き、その次の侍女がティーセットを用意と、流れるような手際で着々と準備が整っていく。
グレン、コウメイ、アイビスのための席も準備された。
全員分の紅茶も運ばれてきたので(アイビスだけは侍女に「アタシの分はコーラな」と注文していたが)、銘々に席に座る。
なお、持ち場を離れられない他のブリッジクルーにはコップに入った紅茶が配布されている。
「失礼いたします、殿下」
コウメイもまた用意された席につくが、その時ふと頭にある考えが過ぎった。
アイビスが言った、シド・ワークスがAIを使用していないという根拠である“殺気”。それを放てるであろうAIの存在に思い至ったのだ。
(魂……つまり心が無いから意志を感じない? ではかつて人類に牙を向いた「マザー」のような「心ある機械」、シンギュラリティを起こして自我を得たAIなら? 例えば「チルドレン」の生き残りがあの機体を――)
と、そこまで考えたところでコウメイは頭を振って考えを打ち消した。
マザー製AIの根絶が宣言されてからもう249年も経っている。今になって生き残りが表舞台に出てくるとは考えにくい。
そしてシンギュラリティを起こしたAIが新たに開発されたという可能性も極めて低い。この249年、どのAI開発者も再現できなかった現象だ。
もしできれば色々な意味で世界を揺るがす大ニュースだが、それを一般人であるシドが使用している理由が思いつかない。
両方とも夢物語のような話だ。考慮には値しない。
(我ながら子供のような妄想してしまいました。そのような事、あり得るはずがありませんね)
そうしてコウメイは席に座り、隣りで喉を鳴らしてコーラを呷る女性を横目に、紅茶の芳しい香りを楽しむのであった。
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