第24話 海賊殺しの王子様
ソリスティア王国には5人の王子と3人の王女がいるが、第四王子パラディアス・ベネディクト・アルプはある意味その中で最も有名な王子だ。
その理由は王子の“趣味”にある。
『天下の往来で何の揉め事かと思えば、海賊どもとはな。余が通りかかったのが運の尽き。無駄な抵抗など考えず、黙然として己が悪業の報いを受け入れるがよい』
パラディアス王子の朗々とした声のみが通信で流れてくる。
映像が入ってこないのは、モニター越しとはいえ下々の者が王族と対等に目線を合わせるのが不敬だからであろう。そんなマナーだかがあるとシドは聞いたことがある。
唐突に現れてから一度も自分の名前を名乗っていないのも、海賊に名乗る名前は無いという考えなのかもしれない。
それに名など名乗らなくとも、雪のような銀白色に輝く戦艦「ラ・フィーユ・ビアンコ」の威容を見れば誰が現れたのかなど一目瞭然である。
事実、貨物船が爆散した結果残り2人となった海賊たちも現れたのがパラディアス王子であると悟り、シドの名前を聞いた時以上に動揺していた。
『ひぃぃぃぃっ!? 《海賊殺し》ぃぃぃ!?』
『もうダメだぁぁぁ殺されるぅぅぅ!?』
もはやパニック状態と言ってもよいほどの有様で海賊たちはパラディアスの異名の一つを叫ぶ。
パラディアスは王族きっての変わり者だ。私費を投じて自前の艦隊を揃え、王族の特権をフルに活用して国内各地を自由に巡り、“趣味”で宇宙海賊を討伐している。
武闘派と呼べば聞こえはいいが、その実は本来の公務をぶん投げて遊びまわる放蕩王子である。
ただ、その王子自慢の艦隊の実力は本物である。王子は出自を問わず目についた優秀な人材をスカウトし、自身の親衛艦隊に組み込んでいる。
これまでの戦績は全戦全勝。海賊たちからは死神のように恐れられているのである。
「スゲェ、こんな所で生のラ・フィーユ・ビアンコを見れるなんて! ほらっ、ロナも見てるか? 超レアだぞ!」
『見てますよ。大口径の3連装ビーム砲が前面側面合わせて7基に、複数の副砲門と機銃。そして多数のミサイルハッチ。装甲も強固。先程見せた速度も加味すると、ナーグラート5隻よりもあの艦の方が勝ります。恐るべき兵器ですね。……しかし他の艦は何処に? 何故単艦で行動を?』
ロナは普段は艦隊で動いているはずのパラディアスが単艦で行動していることに疑問を感じている。
しかもここはシャモニー子爵領。現在問題となっているヒーステン伯爵領のお隣りだ。
何か国家的な事情を勘繰らずにはいられない。
だが、それを確かめる術はないし、第一いまは(王子がビーム砲を撃ったせいで)戦闘中だ。
宇宙海賊を絶対殺すことに定評のあるパラディアスの登場により、海賊たちは逃げるのを諦め、破れかぶれの特攻に打って出た。
そう、いるであろうと思われていたワープ船による奇襲である。
『海賊船のワープアウトを確認! ビアンコ直下です!』
ワープアウトをいち早く察知したロナの声がコクピット内にこだまする。
海賊船は民間に払い下げられた旧式の巡視船を改造したもののようで、2門の機関砲と2発の大型魚雷で武装している。
海賊の狙いは魚雷を戦艦の底部に当てることであろう。というか、有効打になりそうな武器はそれしかない。
今にも魚雷が発射されそうな中、パラディアスの冷笑が聞こえてきた。
『奇襲、不意打ち、騙し討ち。海賊はいつもそれだ。ウチの優秀な軍師はその程度とっくに予見していたぞ』
直後、海賊船の甲板上に一機の人型ロボットがワープアウトする。
20メートルほどの大きさで、機動メカと呼ばれる戦闘用ロボット兵器である。
西洋の全身甲冑を模したようなデザインの真っ赤な機体だ。
その機体は手に持っていた大型ランスを振りかぶり、すかさず海賊船の操舵室に叩きつける。
勢いよく叩きつけられたランスは操舵室を潰してもなお止まらず、そのまま船の胴体を真っ二つにしてしまった。
『あとはそこの戦闘機2機だな。さて、どのように死にたい?』
パラディアスは無慈悲な宣告をする。
最後の望みが絶たれ、残された2人の海賊は更なる恐慌に陥った。
『うわあぁぁぁぁぁ! 嫌だ死にたくねえぇぇぇ!』
『チクショウ、全部テメェのせいだシド・ワークスゥゥゥ!』
「へっ?」
突然、片方の海賊が正気を失った目でこちらを逆恨みしてきた。
唐突すぎてシドもビックリである。
そもそも原因は海賊たちにあるのだが、その理屈が通用しないのが悪党である。
『死ねえぇぇぇぇぇっ!』
海賊の戦闘機がミサイルを発射する。狙いはエールダイヤ……ではなく社長が乗る貨物船だ。
敵うわけがないシドを狙うのは諦め、その護衛対象を殺してせめてもの意趣返しをしようという腹であろう。
だがそれも無駄だ。
AIであるロナを出し抜くには全く足りていない。
『シド、機銃を』
「おう!」
ビーム機銃の照準を高速で飛行するミサイルにぴったり合わせていたロナは、シドにトリガーを引くように指示をする。
1発だけ発射されたビーム弾はあっさりとミサイルに命中し、破壊する。
巻き起こる爆発を見ながらシドはホッとした表情で言った。
「危なかったな。撃ち落とせて良かった」
『いえ、仮に私たちが撃たなくても社長は無事だったでしょう』
「どうしてだ?」
『アレを見てください』
機銃を撃たなくても問題無いとロナは言う。
シドが理由を尋ねると、モニターに戦艦「ラ・フィーユ・ビアンコ」の一部分が拡大された映像が表示された。
『ここの副砲を見てください。正確にミサイルを狙っていました。どうやらかなり腕の良い狙撃手がいるようです。私たちが撃たなければ、あちらの方で処理したと思います』
「はーっ、さすがパラディアス王子の施設部隊。凄腕が揃ってんだな」
シドが感心している間にも事態は動いている。
パラディアスが指示したのであろう、赤い騎士型機動ロボが高速で2機の海賊機に接近していた。
『や、やめっ……』
『ひっ……』
機動ロボが大型ランスで2機の戦闘機をまとめて串刺しにする。
海賊たちの断末魔は最後まで聞けることはなく、直後に起きた爆発で全てかき消される。
これで海賊は全滅。襲撃事件に幕が降りたのだった。
◇◇◇
終わった、とシドが胸を撫で下ろしていると、パラディアスが社長とシドの両方に通信で呼びかけてきた。
『そなたらも災難だったな』
真っ先に反応したのは社長だ。彼は操縦席に頭を叩きつけんばかりに下げて礼を述べる。
『殿下、この度はまことにありがとうございます! お陰様で一命を拾いました。このご恩は一生忘れません!』
『よい、礼などいらん。海賊がそこのシド・ワークスに恐れをなして逃げようとしたところに横槍を入れただけだ。文句を言われこそすれ、感謝などされる謂れなどないぞ』
『そんな文句など……滅相もございません!』
海賊に対するものとは違い、鷹揚な態度で社長と会話するパラディアス。社長は恐縮しきりだ。
シドは、自分も何か礼を言わないといけないと焦るが、王族相手の敬語など一度も勉強したことがない。
社長の一言をマネしようにも、パラディアスが「礼などいらん」とか言っている。果たしてそこに「ありがとうございます」と言うのは正しいのだろうか。挨拶は「ご機嫌麗しゅう」とかだろうか。
色々と考えているうちに益々わけがわからなくなってくる。
いっそロナに教えてもらうかと考えた矢先、パラディアスの方から話しかけてきた。しかも映像付きでである。
『そなたがシド・ワークスか』
『は、はいっ殿下! シド・ワークスです!』
裏返った声で返事をしてしまうシド。社長にはできた“頼れるエースパイロット”の演技も、本物の殿上人を前にしたらとてもできない。ロナのため息が聞こえた気がしたが、これをシドの修行不足だとするのは少し酷であろう。
映像に映るパラディアスは、金髪に緑を帯びた目をした貴公子然とした美男子である。意志の強そうな眼差しをしており、軍礼服をモチーフにした豪奢な衣装を着て、マントを羽織っている。
パラディアスは提督席と思わしき場所に腰掛け、興味深そうにこちらを見つめながら口を開いた。
『先程の働きは実に見事であった。たった一射だったが、そなたの技量が優れているのは十分わかった。どうだろう、我が軍に入らないか? 相応の報酬を約束しよう』
「それは……」
シドの、正確にはロナの実力を買い、傭兵ギルドから引き抜こうというのだ。
大変名誉なことであるが、シドには頭を縦に振れない事情がある。
シドは額から汗をダラダラ垂らしながら、しどろもどろで断りの言葉を伝える。
「その……まことにありがたいお申し出なのですが、自分には傭兵が合っていると申しますか……本業はプロゲーマーと申しますか……。申し訳ないのですが、お断りいたしたく……」
『……余直々のスカウトを断ると言うのだな?』
「は、はい……」
頭を下げながらシドは泣きそうなほどの胃の痛みに耐える。
生まれてこの方、専制君主制の社会で生きてきたシドにとって王族の意向に逆らうのは酷く恐怖だ。
最悪、不敬罪で処されかねない愚挙である。
社長もハラハラした様子で成り行きを見ていた。
ほんの僅かな時間だったはずだが、シドには永遠とも思える時間が過ぎたあと、パラディアスは納得した様子で言った。
『……曲げる気はなさそうだな。うむ、わかった。残念だが諦めよう。そなたにはそれだけの事情がありそうだ』
思いの外あっさりとしたその言葉を聞いてハァァァと大きく息を吐くシド。知らずに呼吸を忘れていたようで少し頭がズキズキする。
「あ、ありがとうございます……」
『気にするな。――そなたらの目的はワープゲートであろう? さらばだ、道中気をつけるがよい』
「は、ははっ、殿下もどうかお気をつけて」
『うむ』
映像が切れ、ラ・フィーユ・ビアンコが動き出す。
シドと社長は精神的に疲れ果て、ぐったりとシートにもたれたまましばらく動けなかった。
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