第22話 Gランクミッションその2 『貨物船護衛』
(さて、出発から3時間。周囲に異常無し。機体コンディションも良好っと)
シドとロナは現在、エールダイヤに乗って宇宙を航行中。その傍らには小型の貨物船が並走している。
貨物船の大きさは全長約12メートル、全幅約5メートル。10tトラックを横に2台並べたような大きさだ。
シドがギルドから次のGランクミッションとして指定されたのは宇宙を渡って荷物を運搬する貨物船の護衛だった。
護衛といっても、そこはGランクミッション。今日通るルートも、過去に宇宙海賊などが出現したことがない安全性の高い航路だ。
前回、配達先で脱走兵とトラブルになり戦闘機での撃ち合いになったのが例外中の例外。普通は波風立たず終わるのがGランクミッションなのである。
なのでシドも今度こそ平穏無事に終了するはずだと思っている。
(そうそうドンパチなんてあってたまるか。この間のは運が悪かったが、今回は大丈夫なはず。今日から3日、護衛相手の船に並走するだけの退屈な任務だってギルドのセンパイたちも言ってたじゃないか)
一応、他の傭兵たちからアドバイスのようなものは貰っている。
先輩傭兵たちはシドがギルドに顔を出せば馴れ馴れしい態度でウザ絡みをしてくるが、助言を求めたら(多少大雑把だが)ちゃんと答えてくれる面倒見の良い人たちだ。
蛮族は蛮族でも、親切な蛮族である。
(モニカさんも、このミッションで過去にあったトラブルは九分九厘が護衛相手とのいざこざだって言ってたし)
先輩のみならず、受付嬢のモニカ・パーシーにも話を聞く念の入れようである。まあ、彼の加入時からの間の悪さを考えれば仕方ないことなのかもしれない。
(護衛相手とも今のところ会話が弾んでる。俺と……ってかロナとだけど……)
『シド、低重量下でニンジンを発芽させ、生育途中で次第に重量を増していくという栽培方法についてもっと詳しく聞いてください。興味があります』
「へいへい」
シドはロナに言われるままに依頼主兼貨物船のドライバーのおじさんへと質問を投げかける。
依頼主の男性は白馬コロニーでにんじんジュースを製造している会社の社長だ。市民栄誉賞の副賞としてシドが貰ったジュースの製造元である。
なんでも王都がある王国首都星にジュースを売り込みに行くらしく、宇宙船舶免許を持っているので、社長直々にハンドルを握っているそうだ。
『ワークスさんは栽培方法にもご興味が? いいでしょう、お答えいたします。大昔、それこそ我々がまだ母なる地球に住んでいた時代から野菜にストレスを与えると甘くなるということは知られておりましたが、宇宙時代になり成長途中の野菜に高重力というストレスをかけるという栽培方法が確立されました。我々はその方法をさらに発展させ――』
熱くにんじん栽培について語る社長。この会社は原材料から作っているのが美味しさの秘訣らしい。貨物船の側面に『ケビン健康農園』とあることから元々そちらが本業だったのかもしれない。
道中では依頼主と会話をしてコミュニケーションをとった方が良いというモニカのアドバイスを参考にしたシドは、社長へ自分が飲んだ時の感想や、運搬物であるにんじんジュースについて話を振ったのだが、多弁で自社製品の紹介に余念の無い社長の語り口がロナの知識欲を刺激してしまい、今ではもっぱら彼女の方が熱心に会話しているようになった。
『ほう、そういう発見が! しかしそれではジュースへの加工時に甘味や栄養素が壊れてしまうのではないでしょうか? シド、彼に聞いてください』
もちろん彼女と社長が直接言葉を交わすわけにはいかないので質問はシドの口を介してだ。
社長はその質問をシドのものだと思っているので感心しっぱなしである。
『いい質問です! ワークスさんは栄養学にも造詣が深いようだ!』
「いやあ……ははは……」
『それこそが我が社が最も苦労した点で――』
社長の話は面白くて興味深いので苦にならないが、移動中シドは少しだけ伝書鳩になった気分であった。
◇◇◇
護衛期間は3日。
貨物船が首都星方面へ繋がっている大型ワープゲートまで到着するまでの間だ。
ワープゲートとは、宇宙上に建設された、巨大な輪の形をした施設である。遠距離にある別地点のワープゲートまで多数の船舶をワープさせる機能をもっており、広大な宇宙を移動するには欠かせない施設である。
この会社の貨物船のように自前のワープ装置を搭載していない船が首都星に行くにはこのワープゲートに頼る他なく、またこのゲートは子爵領に一基しかないのでそこまでは直接行くしかないのだ。
首都星方面行きにワープ先が設定されるのは9時の便である。つまり3日後のその時間までには着かないといけないわけだ。
因みに子爵領のワープゲートを通過しただけでは首都星までは辿り着けないので、あと2、3回はワープする必要があったりする。
「ふぅ、ようやく一日目が終了か。疲れた疲れた」
『操縦していたのは私ですよ。アナタは座っていただけじゃないですか』
「座っているだけでも疲れるもんなの。肉体があるってのも大変なんだぞ」
透き通った美声で呆れたように言うロナに対し、シドはコクピットシートの上で伸びをしながら答えた。
現在時刻は王国標準時で夜の9時。場所はとある小型宇宙ステーションの外周にある停泊エリアである。
一日目の行程はここで終了。一泊して翌朝に出発する予定である。
「明日も早いんだ。さっさと寝るか」
『そうですね』
シドはシートを後ろに倒して就寝の準備をする。狭いコクピットなのでフルリクライニングはできないが、電車で後ろの人に気を遣いながら傾ける程度の角度にはなる。ちょっとキツイが寝るには寝れるだろう。
車中泊ならぬ機中泊だ。宇宙ステーションの外周なので、感覚としてはパーキングエリアか道の駅で泊まるようなものである。
シドはシートの後ろに僅かにある小物入れスペースからお茶を取り出して一口飲む。そして、さあ寝ようかというところでメールの受信音が機内に響いた。
『メールですか?』
「ああ、みたいだな。誰からだろ? ――おっ、モニカさんからだ! 『そろそろ休憩のお時間でしょうか? あと2日、事故には十分注意してくださいね。シドさんの無事のお帰りをお待ちしております』だってよ! 優しいなぁ〜」
『……ずいぶんと嬉しそうですね』
「ん? あんな綺麗な人にメール貰ったら誰でも喜ぶだろ。ええと、なんて返信しようか?」
『…………』
シドは眠ろうとしていたことなど忘れては体を起こしてメールに釘付けになる。
ロナはかなり不機嫌そうな声色だが、はしゃいでいるシドはそれに気がつかない。彼女の機嫌がますます悪くなる。
シドは先日モニカからメールアドレスを教えてもらっていた。
依頼の件で連絡が必要になるかもしれないと教えられたのだが、その時に何かを期待するような潤んだ目をした彼女から、メールアドレスと『いつでも連絡してくださいね』とのメッセージが手書きされたメモを手渡しされていたので、シドは「ワンチャン自分に気があるのでは?」と浮かれているのだ。
だが、浮ついているシドに、ロナが冷ややかな口調で水をかける。
『何かを期待しているようですが、一旦冷静になった方がいいですよ。文面的にも受付嬢としてごく普通の業務確認メールです。それに、こちらのページを見てください。アナタのような勘違い男性がイタイ思いをした体験談がまとめられています』
「なんだよ、勘違い男性って……」
何かを期待していると図星を突かれた上、しかも心の隅にあった「勘違い」という不安を指摘されたのでシドは少しムッとする。
反射的に反論しようとしたが、そもそもそこまで女性心理や恋愛の駆け引きに詳しくないシドに出せる言葉はない。
結果、シドは面白くなさそうに一言ぼやくことしかできず、不満が半分、不安も半分の気持ちでロナが開いたホームページに目を向けた。
そこには、
「『凄いですね』って社交辞令を言ったら好意があると勘違いされました。いや、アンタだけじゃなくて誰にでも同じように言ってるからね!(25歳女性)」
「受付の仕事として笑顔で接しているのに相手がどんどん馴れ馴れしくなっていきます。これって好きだと思われてるのでしょうか?(23歳女性)」
「仕事用のメールアドレスにプライベートなメッセージ送らないでほしい。キモくてムリ。(31歳女性)」
「手作りだから何? 手書きだから何? 女子力って言葉知らんの?(28歳女性)」
などなど、今のシドにとって痛烈な言葉が並んでいた。
「ぐはっっ!」
胸を押さえて羞恥心に苛まれるシド。これらを読んでいたら、さっきまで舞い上がっていた自分がバカみたいだと感じる。
まさに「穴があったら入りたい」というのはこのような心境である。
「俺は……イタイ勘違い野郎だったのか……?」
『いえ、そう考えるのは時期尚早です。先程も言いましたが、一旦冷静になってください』
著しく心が傷ついているシドに何故か、傷つく原因を示したロナが助け舟を出した。
彼女は優しく諭すような口調で言う。
『確かにこのメールはただの社交辞令でしょう。ですがモニカ・パーシーがアナタに好意を持っている可能性が億が一、いえ兆が一ほどの確立であるかもしれません。それに、これから好意を持つ可能性もあります。ですから今はがっつかないのが最善です』
「……そうなのか?」
『そうです』
ロナはキッパリと言い切る。
「じゃあ、普通にビジネスライクな感じでメールを返せばいいんだな?」
『はい、それがいいでしょう。彼女とは仕事上の付き合いからコミュニケーションを取り始めて、ゆっくりと、そう亀の歩みの如くゆっくりと距離を詰めればよいのです』
シドにはよくわからないが同じ女性のロナが言うならそうなのかもしれない。
恋愛経験の乏しいシドは彼女の言葉を素直に信じた。
なお、シドに乏しいのは女性の恐ろしさに関する知識もである。
結局シドはモニカに当たり障りのないメールを返し、二人の仲が縮まるチャンスをふいにしたのだった。
◇◇◇
事件が起きたのは2日目の昼過ぎだ。
人気の無い航路を飛んでいると、前方に停止している船をレーダーで見つけたのである。望遠カメラで確認できる位置まで近づいたところ、どうやらその船は中型の貨物船のようだ。社長の船の倍以上の大きさである。
海難事故に会い救助が必要な船に出くわしたのなら人命救助に協力するのが古来よりの船乗りの法である。
もちろんそれは宇宙でも変わらない。
周囲に他の船影が無い以上、依頼主である社長は法律で定められた義務に従い、その船にコンタクトを取らねばならない。
通信で呼びかけると、すぐに返答があった。映像はエールダイヤにも共有され、正面モニターに相手の顔が映る。
『こんな場所で停まってどうしましたか? 何かトラブルでも?』
『いや〜すいません、いきなりエンジンの調子が悪くなって、船が動かなくなっちまったんです』
トラブルが起きた船の操縦者は若い男性だった。首のところがよれたローブランドの服を着た、とっぽい顔の青年である。
事故を起こした気まずさからか、ヘヘヘと誤魔化すように笑っている。
社長は気の毒そうな顔をした。
『それは大変でしたね。よろしければ近くのステーションまで牽引しましょうか?』
社長がそう提案すると、向こうの若者は「地獄に仏」とばかりに喜んだ。
『いいんですか! 助かります!』
『ではそちらに行きますね』
『ありがとうございます!』
『いえいえ、こういう時は助け合いです。それではいったん通信を切らせてもらいます』
『はい、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします!』
男が礼を言ったところで通信が切れたが、映像が消える最後の一瞬、相手の男がニヤリと微かに笑ったような気がした。
シドが何かおかしいと疑問に思った矢先、ロナが社長を止めるように鋭い声で警告した。
『シドっ、社長を止めてください! あの男は嘘をついています! 船は故障などしていません!』
またもや一戦交えなければならない予感がする。どうやらこのミッションも平穏無事には終わらないらしい。
そしてシドたちはこの事件により、とある人物と出会うのであった。
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