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AIは人類に敗北しました。 〜敗残兵とハリボテエース〜  作者: 山野 水海


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第21話 秒殺

 ギルドの仕事で荷物を配達するため三本角イルカ座ステーションを訪れていたシドとロナだが、運悪くその荷物を手配中の脱走兵に奪われてしまう。

 4人の脱走兵はそれぞれの戦闘機で宇宙へと逃げたので、彼らを追いかけるべくエールダイヤに乗り込んだシドたちは、宇宙ステーションの管制官に事情を説明し、ステーション外へと出してもらった。

 脱走兵たちは既に姿が見えなくなっている。だが、彼らが逃げて行った方向はステーションの管制官が教えてくれた。


『脱走兵たちの機体はこちらの長距離レーダーで捉えています。現在、奴らは隣のトウゥリ男爵領方面へ移動中。こちらのマップをそちらのモニターと共有します。――映像、行きましたか?』

「はい、映りました」


 機体正面のモニターに宇宙ステーションが使用しているこの辺り一帯の宙域図が表示された。

 マップ上に高速で移動する光点が4つある。管制官の言う通り男爵領の方に移動しているので、これらの点が逃げている敵の機体であろう。

 幸いまだ距離はそれほど離れていない。相手の速度も遅く、エールダイヤなら充分に追いつける。


「座標を確認しました。すぐに追いかけます」

『こちらでも軍には連絡済です。すぐに駆けつけてくれるそうなので、クラフトさんもどうか無理はしないでください』

「ありがとうございます。では、失礼します」

『お気をつけて』


 こちらを心配する管制官の男性に礼を言って通信を切る。

 ロナが針路を修正しブースターを全開にする中、改めてマップを見たシドは首を傾げて疑問を口にした。


「おかしいな……」

『どうしました?』

「いや……駐機場でアイツらの機体をちらりと見たが、普通に現行の機種だったろ? もっとスピード出して逃げれるんじゃないかって思ってな」


 シドたちはステーション内で敵の機体を見ている。

 王国軍で一般的に採用されている量産機「リージュ-36」だ。スペック的にはもっとスピードを出せるはずの機体である。

 それなのになぜ全速力で逃げないのか不思議に思ったのだ。


『おそらくですが、全員で逃げるために遅い機体に速度を合わせているのでしょう。マップをよく見てください。一機だけ遅れ気味の機体があるでしょう?』


 ロナにそう言われ、シドがマップの光点をよく観察すると、確かに一機だけ妙に遅い機体があった。


「確かに」

『エンジンか何かはわかりませんが、機体のどこかに不調があるのだと思います。おかげで予想よりも早く追いつけそうです』

「そうなのか。助かったな」

『ええ、本当に』


 エールダイヤはアドホック号では決して出せないような猛スピードで飛ばしている。機体に搭載されている優れた耐G機構が無ければ、シドはとっくに意識も飛ばしているであろう。

 あと数分ほどで脱走兵たちに追いつけそうである。


『脱走兵のようなゴミは早急に処分されるべきです。速やかに機体を停止して憲兵隊に引き渡し、銃殺刑に処してもらいましょう。パン袋の回収がなければ私が代わりにこの場でやってやりたいくらいです』

「お、おう、そうだな……」


 いつもの10倍くらいロナの語気が荒く、殺意も高い。

 戦場で敵に向けるものとは明らかに質が違う負のオーラを感じる。

 種族は違えど誇り高い軍人であり、ややロマンチストのけがある彼女にとって、脱走兵たちは心底唾棄すべき存在なのだろう。

 彼らが奪ったパン袋が無ければ本当に正当防衛か何かで撃墜してたかもしれない。それほどの殺気を放っていた。


(ロナの声が重たくて……寒気がする……? 心臓もバクバクして、なんだこれ? 今すぐここから逃げ出したい気分だ)


 現状、その強烈な殺気にさらされているのはシドただ一人だ。

 自身に向けらたものではないというのに、全身に寒気が走り、今すぐ逃げ出したいような気持ちに駆られてしまう。

 よく物語とかで言われる「プレッシャー」とはこのことかと実感すると同時に、原因となった脱走兵たちへの恨みまで湧いてきた。


(ちくしょう、これも全部アイツらが人のパンを奪ったからだ! 絶対許さねえ!)


 そうこうしている内に敵との距離がさらに縮まる。

 エールダイヤが向こうの機体の索敵に引っかかったのだろう、レーダー上の敵が明らかに動揺している動きを見せた。


「気づかれたか?」

『あちらも当然後ろを警戒しているでしょう。織り込み済みです』


 間も無く接敵、操縦桿を握るシドの手に力がこもる。

 するとロナが気乗りしない声で、これから戦闘が始まるがその前にやる事があると言い出した。


『シド、このまま先制攻撃をしたいところですが、後々聴取されることを考えると一度は投降を呼びかけないといけません。オープンチャンネルで通信しますので、アナタの名前で警告をしてください』

「わかった」

『ではお願いします』


 要は攻撃の正当性を主張するためのアリバイ作りだ。

 犯罪者に声をかけるのは少し怖いが、敵エースのアルフレッド少尉や雲の上の存在であるタック准将と話すのに比べればマシだと覚悟を決め、シドは緊張した面持ちで脱走兵たちに投降を呼びかけた。


「あーあー、逃亡中の脱走兵に告ぐ。こちらは白馬傭兵ギルド所属のシド・クラフトだ。こちらにはお前たちを撃墜する用意がある。命が惜しかったらエンジンを切って大人しく投降しろ」


 これでいいのだろうかと考えていると、思いの外すぐに返事が返ってきた。

 モニターにパッと4人分の顔が映る。どれも先程ステーションの通路で見た顔だ。その中の一人の画面に山盛りのパンが映り込んでいるのがとても腹立たしい。

 統制が取れていない男たちは、各々こちらへ好き勝手に言ってくる。


『ふざけんじゃねえ、誰が投降するか!』

『4対1だぞ! 勝てると思ってんのか!』

『エールダイヤなんて骨董品持ち出してきて、どうしようってんだ!』


 数を嵩に強気な発言をする男たち。

 投降拒否を確認したロナが攻撃の開始を相手に告げるようシドへ指示しようとしたその矢先、脱走兵の一人がシドの名前に気がついた。


『おい、てめえ今シド・クラフトって名乗ったか? あの「白馬コロニー防衛戦」の?』


 その一言でわかりやすく相手に動揺が走った。


『う、嘘だろ! シド・クラフトと言えば、たった一機で艦隊の旗艦を落としたバケモンじゃねえか!』

『なんでこんな所にいやがる!?』

『お前、本当にそのシド・クラフトか?!』


 尋ねられたのでシドは素直に頷く。


「ああ、そうだ。俺がそのシド・クラフトだ」


 モニターに映る彼らの顔が一斉に青褪める。

 物語のヒーローみたいで、シドは内心ちょっといい気分だ。

 もしかしたら脱走兵たちはこのまま諦めて投降するかもしれない。シドはそう考えたが、なかなかそうは問屋が卸さないようだ。

 男たちは口から泡を飛ばしてこちらを嘘つき呼ばわりしてきた。


『嘘だっ! いくら白馬コロニーの近くだからって、本物のシド・クラフトが現れるわけがねえ!』

『ニセモノ野郎め! ちょっと顔が似ているからって、その名前を言えば俺たちがビビると思ったか!』

『シド・クラフトはな、エールダイヤなんて機体に乗ってねえ! もっと趣味の悪いツギハギのオンボロに乗ってんだ!』

『返り討ちにしてやる! 俺たちラッセル小隊を追いかけてきたこと、あの世で後悔しやがれ!』


 現実逃避なのか諦めが悪いのか、とにかく目の前のシドが本物だと認めたくないらしい。

 捕まったら最後、軍法会議で死刑になるのが確実なのもあるだろう。何がなんでも抵抗するようだ。

 ロナの軽蔑しきった冷たい声がスピーカーから聞こえてくる。


『本当に愚かですね。いいでしょう。悪夢を見せてあげます』

 

 通信は繋がったままだが問題無い。あちらには彼女の音声データが流れていかないように細工済だ。

 届いていないその声が開戦の合図になったわけではないだろうが、ロナが言い終わると同時に敵機がUターンをしてこちらに向かってきた。


『死ねえっ!!』


 雄叫びと共に4機の敵機が一斉にビーム機銃を乱射する。だが、確かに狙いを定めて撃ったはずのその場所には既にエールダイヤの姿はなかった。


『消えた!?』


 モニターの向こうで目を丸くする男たち。

 ロナはつまらなそうに『下ですよ』と呟いてシドにビーム機銃を撃つように指示をした。

 脱走兵たちからすれば魔法のような機動で下方向に移動したエールダイヤは、既に機首のビーム機銃の照準をリージュ-36に合わせている。

 シドがトリガーを引き、弾が放たれる。

 命中したのは敵機のウイング部分。どれか1機の片翼1枚だけではない。4機の両翼全て、つまり8枚だ。それも胴体と翼の接合部を破壊する形でである。

 連射されるビーム機銃をロナは細かく動かし、一交差で敵機全てを航行不能にしたのだ。

 パンを守るためにミサイルなどを爆発させることなく、4機の戦闘機の翼をもぎ取る。これがどれほどの神業か、コクピットで見ていたシドも目を見開いて言葉を失ったほどだ。


「…………(パクパク)」

『フフッ驚きましたか、シド? この子のような優秀な機体に乗れば、この程度の芸当など私にとっては造作もないのです』


 上機嫌で胸を張るロナ。シドは半ば放心状態でただ頷くしかない。

 シドはシドで驚き過ぎて魂が抜けかけているが、もっと酷いのは脱走兵たちだ。

 自分たちの機体が一瞬でどうなったかを理解し、正気を失ってしまっている。


『バカなバカなバカな、こんな事ありえない、ありえるわけがない……ッ』

『くそっ何で動かねえんだよ! 何で翼がねえんだ!?』

『ヒヒヒッ、ヒヒヒッ、ヒヒヒッ』

『本物……だったか……それも噂以上の……』


 現実逃避はさっきと同じだが、見ている夢は全く違う。先程は自分に都合の良い夢だが、今見ているのはまさしく悪夢であろう。

 胴体だけになってしまった機体では逃げるどころか何もできやしない。後部のブースターだけではどうにもならないのだ。

 彼らの命運はもう決まったも同然。

 通報を受けた軍の部隊が到着するまで、彼らはパニック状態で宇宙を漂っていたのだった。

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