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第1話 思いつきで行動すると大抵ろくな目にあわない

 人類が太陽系の外へと飛び出してから早数千年。国家という言葉が一惑星どころか星系単位で用いられるようになった時代であっても、人が娯楽ゲームに夢中になるのは変わらない。

 とある居住コロニーに住む青年、シド・ノークスもゲームが大好きだ。さらに付け足すと、彼は大好きなだけではなく、とても上手い。友人との対戦では連戦連勝。オンラインでも子供の時からトップ帯の常連だった。

 この才能に気づいた時、彼はプロゲーマーが自分の天職だと悟ったそうだ。

 そこからはもう一直線。

 それもそうであろう。

 人気ゲームのプレイヤー数が軽く兆を超えるこの大宇宙時代、業界全体で動くマネーはそれこそ天文学的数字である。

 大きな大会で優勝できたら一生遊んで暮らせるだけの賞金がポンと手に入るし、そこまでいかなくても、ゲーム配信で人気が出たらその収入でもう人生安泰になる。

 トッププレイヤーはほぼ全員が贅沢な暮らしをして、美人の嫁さんをもらっているのだ。

 やるしかない、と自分のゲームスキルに絶対の自信があったシドが決意するのは当然と言えるだろう。

 そして彼は自身の才能でがっぽり儲けるため、高等学校を卒業してすぐさまプロゲーマーになった。

 実際、この決断そこそこ当たりであった。

 業界に入って上には上がいることを痛感したが、それでも彼の実力は通用した。かろうじて全体の上位10%くらいには食い込めたし、運良く幾つかの大会で入賞してまとまった金も手に入った。配信チャンネルの収益もまあまあである。

 夢見たリッチな生活には一足飛びで行けなかったが、彼はまだ22歳。このまま続ければいつかチャンスが巡ってきて、左うちわの暮らしが手に入る――と、楽観的に考えていた。そう、そのはずだったのだが……


『敵襲敵襲! これは訓練ではない! これは訓練ではない!』

『敵艦隊接近中! コロニーの全戦力は直ちに出撃せよ! 繰り返す、コロニーの全戦力は直ちに出撃せよ!』

『傭兵ギルド所属戦闘員は協定により防衛艦隊に協力します。なお、出撃拒否は敵前逃亡と見做されます』


 鳴り響くサイレン。臨時ニュースではアナウンサーが戦争が始まると慌てた声で告げている。街では、我先にと避難施設へと逃げ込む市民たち。

 本来はシドもそっち側だったはずなのに、彼が手首に巻いている腕時計型通信端末に届いたのは、コロニー防衛艦隊司令と傭兵ギルド長連名での出撃命令だ。


「なんでこうなるんだよーーーーーっっ!!」


 青褪めた顔で絶叫するシド。

 いつもやっているVRゲームなどではない。

 彼は本物の戦場に、宇宙戦闘機乗りとして放り込まれる羽目になってしまったのだ。




 ――そもそもの発端は二ヶ月前。シドがゲーム配信をしている時に視聴者から投げかけられた一つのコメントだった。


>こいつゲームだとイキってるけど、リアルの戦場だと泣きべそかいて逃げ回ってそうw


 その時に彼がプレイしていたのは、今大人気のVRシュミレーションゲームである。

 ストーリーは、プレイヤーが戦闘機乗りとして宇宙を巡り、数々の戦場で勝利を掴むというオーソドックスなものだが、そのリアル感あるグラフィックと操作性が好評を博していた。オンライン対戦モードもあり、同接人数は莫大な数字を叩き出している。

 問題が起きたのは、彼が生配信でバトルロワイヤル戦に挑戦し、見事に勝利を収めた後だ。

 ピンチらしいピンチもない見事な快勝。視聴者も大盛り上がりで、彼は次から次へと送られてくるファンからの喝采に気分を良くしていた。そこに投げつけられたのが前述のコメントである。

 この「リアルだと云々かんぬん」は配信をしているとよく目にするコメントなので、シドも言われたのはこれが初めてじゃない。

 普段の彼なら無視して流すのだが、その時はせっかくの勝利に水をさされて苛立ったのか、ついそのコメントに反応して言い返してしまった。

 当然、コメント主はさらに煽り、シドも負けじとヒートアップ。そこから先は見るに耐えないくらいみっともない言い合いである。

 シドは、ほんのちょっとだけ煽りに弱いところがある。

 売り言葉に買い言葉。ムキになった彼は口論の末に「リアルでも戦闘機乗りをやってやるよ」と宣言してしまった。

 この後に彼の身に降りかかる事を思えば、本当にバカ野郎である。


「うわぁ……やっちまったよ……」


 配信終了後、シドは自室のベッドの上で一人頭を抱えて激しく後悔していた。我ながら不味いことを言ったと自覚しているが、もう後の祭りである。


「ろくに喧嘩したこともないようなチキン野郎が戦闘機に乗ってドンパチ? 傭兵にでもなれってのか? いやいや、普通に死ぬって。絶対無理。……かと言って何もしないのもマズいんだよなぁ……」


 宣言なんて無視してもいいのだが、視聴者の前で啖呵を切ってしまった以上、ここで逃げたらこの先ずっと擦られ続けてしまうのが目に見えている。

 この仕事は人気商売でもある。視聴者が離れそうな対応は出来るだけ避けたいとシドは考えていた。


「あー……どーすっかな……いや、待てよ? 確か傭兵ギルドの制度って……」


 だが、シドはそこである事を思い出した。

 彼が住むこの国、ソリスティア王国で戦闘機乗りになるには大きく分けて二つの方法がある。

 一つは軍に入る事だ。これは簡単だが、今の仕事は当然続けられないので論外である。

 そしてもう一つが、傭兵ギルドに登録することである。こちらであれば個人で活動できる上、副業も可。そして何より、彼にとって都合の良い制度があったはずである。

 シドはベッドに横になったまま手首の通信端末を操作してネットを開いた。


「えーっと、検索検索っと。――おっ、やっぱそうだった!」


 シドはネットでギルドについて調べ、自分の記憶が正しかったことに笑みを浮かべる。そこには彼が記憶していた通りの、まさに今の状況にピッタリな条件が記載されていた。


「『ギルドに新規加入した者は、適正を見るためにまずギルドが指定した依頼を必ず達成すること』。よしっ、これだ!」


 傭兵ギルドは荒くれもの揃いで血の気が多い組織である。だが、それでも法治国家の一員として「最低限の社会ルールを守れないヤツは不採用」というラインは守らなければならない。

 なので新入りにはまず最初に、安価な荷物の運搬や宇宙港の警備といった基本的に戦闘が起きない(←ここ重要)簡単な仕事をさせ、人間性や社会性を測っているのである。

 つまりこの場合、シドはギルドに入るだけ入ってその安全な仕事をこなし、その結果をソーシャルネットで報告すれば一先ずの体裁は保てる訳だ。

 

(“体験”みたいな感じで傭兵になって、あとはもうとっとと脱退すればいい。ガチの戦闘なんて死んでもごめんだ。戦場にこそ行かなかったがプロの傭兵として仕事をこなしました、という形でお茶を濁そう。チュートリアルだけプレイして「このゲームをやりました」と言うようなものだが、それで充分だ)


 そう考えを巡らしたところでシドは途端ににこやかな笑みを浮かべた。そして、むくりとベッドから身を起こし、上機嫌な様子で言う。


「むしろこれって良い動画の企画じゃね? ちょっと話題になりそうだし」


 現金なことだが、死ぬ可能性が低いとわかると俄然やる気が出てくるものだ。

 早速とばかりにシドはギルド加入に必要なものを調べ始めた。


「登録は今住んでいるコロニーに支部があるからそこでやるとして、他に必要なのは……身分証に、戦闘機の操縦ライセンス。これは持ってるな」


 最大の難関である操縦ライセンスについてはもうクリアしている。

 実はシドは駆け出しの頃、他のプロと一緒に動画の企画で講習に参加して、操縦ライセンスを取得していたのだ。

 今時のVRゲームは本物の戦闘機と同じような操作を求めてくるものもある。既にそちらで操縦をマスターしている彼には簡単なものだった。

 因みに、戦闘機や宇宙戦艦といった軍事兵器は無人機の製造を法律でかたく禁じられている。

 250年ほど前、とあるAIが人類に対して反乱を起こして大戦争になったので、全宇宙で自律兵器の運用が禁止されるようになったのだ。

 自らを『マザー』と名乗り、人間を滅ぼそうとしたそのAIのせいで、人類は今でも生身の戦争をしているという訳である。


「あとは……当たり前だけど戦闘機か。高いヤツでなくてもいいのかな? どれどれっと……。へー、最低ランクの依頼を受けるだけなら、戦闘機の要求スペックは無し。武装も最低限でいいのか。それなら適当な中古品や、ジャンクパーツをかき集めて用意した方が安く済むなぁ」


 預金残高を思い出しながら、シドはどうしようかと頭の中でそろばんを弾く。

 曲がりなりにも戦闘機を一機購入するのだから、それなりの金はかかってしまう。だが、それでもメーカー品をまるっと購入するよりかは、ボロパーツを組み合わせた方が経済的だろう。どうせ5回も乗らない内に手放すのだからそれで充分だ。シドはそう結論付けた。


「そうだ、そうしよう。よーし、それじゃあやりますか、初のマイ戦闘機造り!」


 早速とばかりにシドは、その手のジャンク屋や整備工場に詳しそうな知人へと連絡を取る。ちょっと前の懊悩などどこへやら。彼は、自家用戦闘機で宇宙を飛び回れそうなことにちょっとワクワクしていた。




 そして二ヶ月後。

 年代や国もバラバラ。それどころか塗装代すらケチったので部位ごとのパーツの色すら揃っていない。まさにくっつけただけ。そんなシド・ノークスのなんちゃって愛機『アドホック(その場しのぎ)号』は完成。

 戦闘用AIを始めとした非合法部品が組み込まれていないかを調べる、傭兵ギルドの簡易機体検査も通過した。

 これによりシドは、晴れて新米傭兵となったのである。

 実は、機体にはジャンクパーツ屋から「まとめ買いしてくれたら安くするから」と言われて押し付けられた、よく分からないパーツがごろごろ混ざっていたので、無事に検査を通過してシドは内心ホッとしていたりする。


「シド・ノークス様、ご登録ありがとうございます。ただ今よりノークス様はソリスティア王国傭兵ギルド、白馬コロニー支部所属のGランク戦闘機乗り(ファイター)です」


 傭兵ギルドの窓口で、ふわりとした落ち着いた声の女性がシドに微笑む。彼女はギルドの職員だ。声と同じく、おっとりとした顔立ちの美しい女性である。

 「掃き溜めに鶴」ではないが、むくつけ男しか居なさそうな場所に思いがけない美人がいたので、シドは少しびっくりしていたりする。


(いや〜綺麗な人だな。できれば仲良くなって一緒に食事とかしたいけど……ダメだろうなぁ、俺すぐに辞めるし。職員さんからしたら印象悪いって絶対)


 叶うならお近づきになりたいという気持ちも湧いたが、自身の目的を考えれば無理だと思い、シドは進展を諦める。

 残念な気持ちを振り払い、彼は「はい、よろしくお願いします」と真面目な顔で返事をした。いかにも実直な好青年といった態度に、せめて今だけでも心象を良くしておきたい下心が見られる。

 だがそれが良かったのか、彼女の方はシドに好印象を抱いたようだ。そもそもシドは本業が人気商売ということもあり、普段から身嗜みには気を遣っていたりする。女性の目から見てもファーストインプレッションは悪くないのだ。

 説明を続ける彼女の声も、少しだけ明るさが増したようである。

 

「こちらこそよろしくお願いいたします。では、ノークス様にはこれより、当ギルドの規則に従い、幾つかの依頼を受けていただきます。それらの達成により、ノークス様をFランクへと昇格させていただきます」

「分かりました!」


 シドは待ってましたとばかりに返事をする。

 既に彼のフォロワーにはギルド加入を告知している。審査を通った以上、もう目的はほとんど遂げたも同然。あとは依頼とやらを終わらせ、昇格と同時に引退でオールオッケーだと楽観的に考えていた。


「では、これから詳しい説明をいたしますね」


 その元気の良い返事を聞き、よほどやる気があるのだと勘違いしたのであろうか。彼女は張り切って説明を続けようとした。

 だがそこに、全ての予定をひっくり返す悪夢のようなサイレンが鳴り響いた。


 ヴィーーー! ヴィーーー! ヴィーーー!


「な、何だ、このサイレン?」

「そんな……っ! これは非常事態が起きた時に鳴る警報です!」


 突然のけたたましいサイレンにシドは困惑する。

 途端に騒然とするギルド内。窓口の彼女もまた、ひどく驚いている様子だ。ひっきりなしに通知音が鳴っている自身の通信端末を操作し、せわしなく内容を確認していた。


「今、こちらにも通達がありました! 監視衛星がこのコロニーに接近する武装艦隊を発見したようです!」

「はあ!?」


 寝耳に水とはこの事だろう。シドのこの22年の人生で戦闘に巻き込まれたのは初めてだ。

 突然の逼迫した事態。足元の地面が崩れ落ちたかのような衝撃を受けると同時に、早く安全な場所へ逃げないといけないという考えが頭に浮かんだ。


「と、とりあえず避難しないと! ええと、この近くのシェルターは――」

「あっ! 待ってくださいノークスさん! ダメですっ!」


 シドがわたわたと通信端末を操作して近くのシェルターの場所を調べようとしていたら、目の前の職員に慌てた声で止められた。

 そして、彼女の口から思わず失神しそうになるような事を告げられてしまう。


「加入して間もない……どころか直後とはいえ、あなたはもう当コロニーの防衛戦力の一つであるギルドの一員です。正当な理由なく出撃しない場合は敵前逃亡と見做されてしまいます!」

「ちょ、そんな!?」


 シドがそんな馬鹿なと狼狽していると、自身の通信端末にギルドから出撃命令が届いた。どうやら彼女の話は本当らしい。

 敵前逃亡は言うまでもなく重罪だ。拒否などできようはずもない。シドは目の前が真っ暗になりそうになる。

 職員はそんな彼に気の毒そうな目を向け、心からの同情がこもった声で言った。


「その……いきなりで心の準備もできておられないでしょうが、どうかご出撃をお願いいたします……。ノークスさん、無事のご帰還をお祈りしております……」

「う、嘘だろ……」


 もはや逃げれないと悟ったシドは、感情のままに天を仰ぎ、ギルドに響き渡るほどの大声で叫ぶ。


「なんでこうなるんだよーーーーーっっ!!」

(モノホンの戦争なんて聞いてねぇよ。ああ、俺のバカ。こんな事になるなら、あんな煽りなんて無視すれば良かった。ああああ、どうしたら……)


 恐怖と混乱と後悔で頭がぐちゃぐちゃなシド。そこへ、背後からギルドにいた男たちが声をかけてきた。


「おい、兄ちゃんよ」

「ちょっとこっち向けや」

「へっ?」


 後ろを振り向くシド。いつの間にか彼の後ろには強面の傭兵たちがズラリと並んでいた。

 その全員が、情けないものを見る目でシドを見ている。普段の生活では会うことのないヤバそうな雰囲気の男たちが、ひどく苛立った様子睨んでいるのだ。シドは心底震え上がった。


「さっきから見てりゃあ、情けねぇ! 男なら覚悟決めろ!」

「グダグダしてんじゃねえぞ新入り! ととっと出撃だ!」


 傭兵たちに大声で怒鳴りつけられ、シドは「ひぃ」と情け無い声を漏らす。

 男たちの目的は単純明快。尻込みしている新米傭兵(シド)を宇宙へ放り出す事だ。

 彼らはシドの腕を摘み、戦闘機のドッグへと連れて行こうとする。


「テメェも傭兵なんだ。こういう世界だってわかって入ってきたんだろ?」

「コイツ足が震えてんゾ。こんなんで飛べるのカ?」

「大丈夫だ。俺がケツを蹴っ飛ばしてでも宇宙に放り出してやる」

「ひえぇぇ、誰か助けて……」

「馬鹿野郎! オメェがコロニー市民を助けんだよ!」

「腹ぁくくれ」

「ほら、行くぞ」

「ひゃっほう、出撃だぁ!」

 

 涙目で助けを求めるも、ここに味方はいない。

 シドは周りにいた他のギルド員たちに引き摺られ、愛機アドホック号のコクピットまで無理矢理連れて行かれたのだった。

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