第19話 準備完了
「スポンサーさんから契約金上乗せの打診か。スパチャの件も合わせて会計事務所に連絡しないとな」
ロナのお説教のあと、シドはメールの整理を始めていた。いま読んでいるのは彼が契約を結んでいるスポンサー会社からのメールだ。
『アナタのようなプレイヤーと契約を結んでくれる企業があったのですね』
「どういう意味だよ……ったく。ほとんどがシャモニー子爵領の地元企業だよ」
言外にシドのプレイヤースキルを貶すロナ。まだ少し怒っているのか、言葉に毒がある。
シドは面白くなさそうな表情をバングルに目を向けたあと、気を取り直してスポンサーについて答えた。
選手にとって下積み時代から長く支えてくれる地元企業ほどありがたいものはない。事実、シドが駆け出しの時に真っ先に手を挙げてくれたのは実家の側にある会社であった。
しかし、エンタメ業界と軍事では毛色が全く違う。契約を解除されてもおかしくはない話だ。ロナはそこが気になっているようだ。
『これから傭兵としての仕事もことに関してスポンサーは何か言ってますか? プロゲーマーと傭兵ですと、タレントに求めるイメージがかなり違いますよ?』
当然の疑問だが、そこは解決済みらしい。シドは次のメールに目を通しながら答えた。
「『どうかこのまま傭兵を続けてヒーステン伯爵から子爵領を守ってください』だそうだ。言ったろ、地元企業が多いって。さっきの契約金上乗せの件も、プロゲーマーとしての俺じゃなくて、傭兵としての俺に対する話だったよ」
『なるほど。子爵領が伯爵家に占領されてしまえば会社としては大損する可能性が大きいですからね。それどころか社員の家族にも戦禍が及びかねません。イメージだ何だと言ってはいられませんか』
「そういう事」
納得したといった様子のロナ。
シドたちはコロニーを一度守り切ったという実績がある。まだ伯爵家の侵略は終わったわけではないのだ。郷土愛に溢れる企業であれば、進んで向こうからお金を出すのは当然かもしれない。
「しっかしこういう時はチームとかに所属していなくて良かったってホント思うよ。個人活動じゃなきゃ、ここまで融通は利かなかっただろうな」
そう言ってシドはウンウンと一人頷く。
プロゲーマーの中には企業やチームに所属して活動する者が多くいるが、シドはそうではない。この世界に飛び込んだ時からずっとフリーランスで活動してきた個人事業主だ。
『スケジュール管理は楽ですね。――そういえばチームで思い出しましたが、シドは傭兵ギルドのクランにも入る気はないのですよね?』
「あー……まあ、そうだな……」
クランとはギルドに所属する傭兵たちが複数人で集まって結成するチームのことである。軍隊だと「小隊」などと言った方がわかりやすいかもしれない。
複数人で行動した方がミッションを達成しやすかったりとメリットがあるのだが、どうもシドたちは乗り気ではない様子だ。
「ギルド長にあんな風に言われちゃあな……」
『ですね……』
実は先日のギルド歓迎会で何名かにクラン加入を誘われているのだが、ギルド長であるマッテオから口を酸っぱくして言われた事があるのだ。
「『白馬ギルドのクランは全部が全部、愚連隊のような集まりなんだ。普通の感性の人間にはまずオススメしない』とはなぁ……」
『そのような連中とは行動を共にしたくありません。全て断りましょう』
「だな」
そう言ってシドは深く頷く。
蛮族のようなギルドメンバーとはあまり深く関わりたくない。ロナの言う通り、今度会った時に全て断る気だ。
それにシドたちには決してバレてはいけない秘密もある。個人で活動できるならそれに越したことはない。
「ロナの事もあるしな」
『もし子爵軍に騎士の位をチラつかされてスカウトされても断ってくださいね。私の存在を隠すのにも手間が増えますし、なにより「忠臣は二君に仕えず」です。私は何処ぞの人間の家来になるつもりなどありません』
「わかってるさ」
もし仮に彼女が騎士を名乗るとしたらマザーAIの近衛騎士だろうか。
そんな事を考えながらシドは残りのメールをチェックしていくのであった。
◇◇◇
「おっ、ソリスティア・エアチャーター社からだ。エールダイヤの点検整備が終了したってさ。Eー6の格納庫にあるからいつでもどうぞ、だそうだ」
シドはちょうど今届いたメールを読み上げる。
レンタルした機体が整備を終え、会社が持つハンガーに格納されたという内容だ。
「明後日の仕事に間に合ったな」
『ええ、安心しました』
明後日、シドとロナはついに通常のギルドの仕事を始める。
記念すべき最初の仕事はGランクミッション『荷物配達』である。
内容は、ギルドが指定した場所で受け取った小包を、白馬コロニーと隣のコロニーのちょうど中間にある中型宇宙ステーションまで届けることである。
この中型宇宙ステーションはコロニーとコロニーを移動する宇宙船の休憩所となっており、食事や補給、停泊ができる場所である。高速道路のサービスエリアとだいたい同じものであると考えてほしい。
運ぶ荷物も大した物ではなく、本当に序の口といった依頼だ。
「エールダイヤの起動パスはそっち(バングル型PC)に送ったよな?」
『はい、届いてます』
「一泊分の準備はした、依頼の詳細もマーズフォンに届いている、免許証も入れた。あとは……武装はどうする? 標準装備のビーム機銃とミサイルが搭載されているみたいだが……正直いらないよな?」
レンタル契約のオプションに追加料金を払うことで好きな武装を取り付けられるというものがある。ビームガンや投下式の爆弾、対地装備など数多くの種類があるらしい。
が、シドは今回の依頼ではどれも必要ないと考えていた。
「ステーションに行くだけだもんな」
コロニーからコロニーへの航路は交通量も多い宇宙のメインストリートである。船舶同士のトラブルに備えて警察も巡回している場所だ。火器が必要になるような行き先ではない。
楽観的なシドは大丈夫だと考えているが、ロナが慎重な意見を言う。
『いえ、その2つだけでも搭載しておきましょう。伯爵家の反乱以来、少々治安が乱れているとの報道もあります。油断は禁物ですよ』
確かに最近子爵領でも物騒な事件が増えているらしい。テレビ鑑賞がロナの最近の趣味だ。そこで知ったのであろう。
無くてもいいと思うが、持っていたからといって困る話ではないので、シドは素直に頷くことにした。
「ロナがそう言うならそのまま積んでおくか」
『それがいいと思います』
機体の武装は充分だが、ロナは他にも気になるところがあるようだ。シドに手持ちの火器は持たないのかと尋ねてきた。
『アナタも拳銃の一丁くらい持ったらどうですか? 傭兵ギルドに登録していれば所持が認められたはずですよね?』
王国法では一部の例外を除いて一般市民の武装は認められていないが、傭兵や警察などの職業では職務中に限り武器の携帯を認められる。
Gランクとはいえシドも傭兵だ。拳銃の一丁や二丁所持していても咎められはしない。
本人もゲームの中でなら撃ったことはあるし、取り扱いもたぶん大丈夫なはずである。
ロナとしては彼の安全の為にも何かしら持っていてほしいのだが、シドはわかりやすく難色を示した。
「嫌だよ、そんな危ない物。第一、俺が本番でマトモに狙いをつけられるわけないだろ? 自分の足を撃つのがオチだって」
『……わかりました。ムリにとは言いません』
「悪いな、心配してくれたのに」
思いの外すんなりとロナが引いたのでホッとするシド。
だが、『いずれそこも考えないといけませんね』とロナがボソッと呟いていたので、将来何をやらされるのかとシドは内心恐々である。
話題を変えようと、シドはマーズフォンを操作してとある画像を表示した。
「ほ、ほら見てみろ。例のエンブレムマークが完成したぞ。機体にもプリント済みだ」
『えっ!? 可愛い!』
表示されたのはシドがデザイナーに発注して作ってもらった、シドとロナのエンブレムだ。傭兵の世界では機体に個人のエンブレムを付けるのが常識だと周りから言われたので用意したのだ。
ロナも気に入ってくれたようで大興奮している。
『月を背に舞う乙女。素敵なデザインです、気に入りました! ――ただ服の柄が……まあ、仕方ありませんか……』
エンブレムのデザインでこちらからデザイナーに要望したのは、「乙女」、「月」、「舞」の3つだ。
ロナの性別から「乙女」を。
「月」は、シドが調べたところ、地球のハワイの神話に「ロナ」という名前の月の女神がいたのでそこからもってきた。
そして「舞」はハワイ繋がりで“祈り”を表現するために加えたものだ。ロナの母や同胞たちへ捧げる鎮魂の願いを表している。
一つだけロナが微妙な反応を示したのが、乙女が着ているドレスの柄である。世間的にシドを象徴する柄である、アドホック号のようなパッチワーク柄になっていたのだ。
なのでエンブレムデザインは正確に言うと、「月を背に舞うパッチワーク柄のドレスを着た乙女」になる。
『これも腐れ縁と言うのでしょうか……』
身体があればきっと遠い目をしているのだろう。そう思わせるロナの呟きであった。




