第18話 久しぶりの配信
シド・クラフトは、ついこの間までプロゲーマーとしては“そこそこ人気の選手”でしかなかった。
かろうじて上位陣に食い込めるくらいの実力があり、身嗜みには気を遣っているので、みてくれもそう悪くない。大会でたまにラッキーパンチで放って番狂せを起こす運もある。華は無いが、見ていると時々面白いことをやるタイプの選手である。
ここシャモニー子爵領出身のプロに限定すれば一二を争う選手なので、ローカルニュースでは以前から時々登場していて、地元出身の有名人枠の末席として名前だけは知っている者は多かった。
そんな彼が白馬コロニー防衛戦の活躍で今や時の人である。配信サイトの公式チャンネルの登録者数は倍どころではなく跳ね上がり、桁が一気に二つ上がった。企業からスポンサー契約を打診する連絡もバンバンくる。ここしばらく忙しくて動画をアップできていないが、たまにSNSで何かを報告すると瞬く間に膨大な反応が返ってくるようにもなった。
いきなり住んでいる世界のステージが変わったような感覚である。
だが、そこで調子良く浮かれられないのがシドという男だ。
むしろ戦場での活躍は全てロナの手柄だと考えているので、浮かれるのは手柄の横取りになると思って慎んでいるくらいである。……そこが謙虚な人柄として世間に受け取られていたりするが。
ともかく、本人の認識としては、自分はあくまでプロゲーマーであり、傭兵は副業であるという思いが強くあるのだ。
そして今日、本業を疎かにしているという罪悪感にかられて急遽ライブでゲーム配信を始めたのだが、
「ああっ! くそっ、やられた!」
プレイしているのは、シドが傭兵にもなるきっかけとなったVRシュミレーションゲームのオンライン対戦モードである。
最初のうちは順当に勝てていたのだが、次第に厳しい戦いが増えてくる。話を聞きつけたプロの上位陣が面白がって次々と参戦を表明し、オンラインに潜ってきたのだ。
だからといっても、このゲームは人気なのでそうそうマッチすることはないはずなのだが、
「今のSandy sandってプレイヤー知ってるぞ! なんでこんなとこにいるんだよ!」
>世界34位と当たってやんのw
>秒殺じゃんw
>弱っw
>ドンマイです! 次、頑張ってください!
>本当に戦場で活躍したの?
>命懸かっていると違うんじゃね?
>先生はリアルの方が強いタイプなんスねぇ
>さっきは14位とマッチしてボコボコにされてたな
>運悪っ!
>見始めたばかりか? その前は9位とマッチしてたぞ
>そっちには勝ってたぜ
>乱戦で偶然なw さすがラッキー・シド様w
>運がいいのか悪いのか、どっちだよ
と、何故か最上位陣と連続して対戦する羽目になってしまっている。
それから1時間ばかりプレイしたが、トータルでの勝率は5割ほど。特にトッププロ勢にはほとんど勝てずに終わってしまった。
配信を終了すると、さっそくロナからも一言コメントがあった。
『お仕事お疲れ様でした。しかしヘタクソですね』
「うるせえ。普段はもっと勝てるんだよ」
『はいはい、そうですか』
言い訳がましい言葉をロナは軽く流す。
だが、シドの腕が僅かに落ちていたのは事実である。
「最近ゲームしてなかったから勘が鈍ったんだ。サビ落とししないと。――ところで、コレどうしようか?」
困った顔でシドが指差したのは、今の配信で集まった視聴者からのスパチャの額だ。
「1,700万はあるんだが……どうする?」
話題になった分のご祝儀価格で、これがこれからもコンスタントに入ってくるとはシドも考えていないが、破格の収入だ。今からでもレンタルする機体を変更してもいいくらいの金額である。
そういった意味も込めて「どうする」と聞いたのだが、ロナから返ってきたのはあっさりした言葉であった。
『どうするも何も、アナタのお金なんですから生活費でもバカンス費用でも好きに使えばいいじゃないですか』
「いいのか? ほらっ、貯めたらカスタム機とか作れるぞ?」
『そちらは私の手腕で稼いでみせますのでお気になさらないでください。そのお金はシドが自分のために使うべきです』
「だがなぁ……」
この大金も元はといえばロナの活躍あってのものだ。シドとしては手放しで喜べない部分がある。
ウダウダといつまでも煮え切らないシドに、ロナはこのような提案を持ちかけた。
『でしたら、時々でいいので私の欲しいものを買ってください』
「そりゃいいけど、何が欲しいんだ?」
『まずは本ですね。専門技術書でいくつも読みたいものがあります』
「わかった。リストアップしてくれたら、そっちのパソコン宛に電子データを送る」
『ありがとうございます』
礼を言うや否や、さっそくとばかりにシドの端末にメールが届く。そこはAI、作業の速さは人間の比ではない。
シドがえっちらおっちらと一つ一つ電子書籍の購入を端末で進めていると、ロナがそういえばと話しかけてきた。
『その左手の端末ですが、「マーズフォン」という名称なんですよね?』
ロナが言っているのは、シドを含めた現代の人がだいたい身につけている通信端末のことである。
シドはそのマーズフォンを操作しながら何をいまさらと答えた。
「ああ、そうだぞ? 火星で開発されたからマーズフォンだ」
『どうでもいいですが、安直すぎませんか?』
ロナがそう口にすると、シドは「わかってないな」と言ってヤレヤレと首を振った。
「人類の故郷である太陽系の名前が入っているのがクールなんだろうが。下手なネーミングよりずっといいぞ」
『「太陽系は人類の故郷であり、特に地球は聖地である」という太陽系聖域論ですか……』
「常識だろ?」
『確かに昔からそれに近い考えはありましたが、今ほど極端ではなかったですよ?』
「ふーん」
シドは興味なさそうに返事をして操作を終了する。ロナのところに大量の書籍データが届いた。
そこでシドが言わなくていい一言を言ってしまう。
「しかし、真面目にお金出して買うんだな」
『どういう意味です?』
「いや、AIならハッキングとかでいくらでも入手できそうじゃん」
シドとしてはドラマとか創作で培われたAIのイメージから軽い気持ちでこう発言したのだが、ロナからは驚くほど冷たい声が返ってきた。
『……シド、アナタは我々AIを何だと思っているのですか? 市井に生きるものとして、社会秩序を乱す犯罪などするわけないでしょう。六法全書も買うべきですか?』
マザー製AIであるロナは存在そのものが違法なのだが、それはともかく、ひどく彼女の心を傷つけてしまったらしい。
シドは慌てて弁明する。
「いや、冗談だって冗談! ほらっ、マザー軍だってルール無用だったじゃんか!」
『それはそれ、これはこれです! アナタには、世間のAIに対する認識がいかに誤解と偏見に塗れているかを説明しないといけないようですね』
「いや、ちょっと今忙しい……」
『手短にします。座りなさい』
「はい……」
そうしてシドは、かつて人類を根絶させようとしてきた倫理も戦時国際法もへったくれもないAIの兵士に遵法意識の大切さを説かれるのであった。




