第16話 ランクアップ内定
白馬傭兵ギルドを訪れたシドはギルド長に呼ばれ、ノア・レンダの案内で一緒にエレベーターに乗り、最上階である5階まで上がった。
依頼人も訪れる受付などの1階部分とは違い、5階は役職員のみが使用するフロアのようだ。
(……普通だな)
シドが思うくらいにはシンプルで面白みのないデザインの廊下である。
特徴といえば、傭兵ギルド故か室内を覗けるようにはなっておらず、また窓も少ないので実際の幅よりもやや窮屈に感じてしまう閉鎖的な廊下であることくらいだ。
奥の方には電子ロック付きのドアが見え、おそらくそこがギルド長室であろう。ノアも真っ直ぐにその部屋を目指しているので間違いなさそうである。
「ここがギルド長の部屋っス」
「ありがとう、助かった」
「いえいえ〜どういたしましてっス。じゃ、ピンポン押しますね」
思った通り、ロック付きの部屋がギルド長室のようである。ノアがカメラ付きのインターホンを押すと、すぐさま応答があった。
『ご苦労、レンダくん。入ってくれ』
「はいっス! 失礼しまーす」
ロックが解除される音がし、ドアが自動で開く。部屋の入り口にはスーツ姿の男性がいた。おそらく50代。年季が入って少しよれたスーツを精一杯きっちりと着ている。
きっと彼がギルド長なのであろうが、傭兵たちの親玉というにはどこか冴えない風貌である。苦労性な雰囲気も感じられ、どちらかといえば哀愁漂う中年サラリーマンのような男性である。顔に浮かぶここ数日の激務による疲労がその印象をさらに強めていた。
わざわざ入り口で出迎えてくれたのは、それだけシドを歓迎しているということであろう。
彼はシドを一目見るなりやつれた顔で嬉しそうに微笑んだ。
「キミがシド・クラフト君だね? 初めまして、僕はマッテオ・ニイダ。この白馬傭兵ギルドのギルド長だ」
やはり彼がギルド長で間違いなかったらしい。シドはピシッと背筋を伸ばして折り目正しくお辞儀をする。
この辺の礼儀は父親にしっかりと躾けられている。
「シド・クラフトです。よろしくお願いします、ニイダギルド長」
マッテオは一瞬ポカンとした後、目を細めて頷いた。
「うん、こちらこそよろしく。――いや〜、そんな丁寧に挨拶してくれるなんて、他のみんなにも見習わせたいくらいだ。どうもこの業界は荒々しい人が多くて……とと、余計なことを言ったね。さっ、そっちの席に座ってくれ。今、お茶を持ってこさせよう」
「はい、失礼します」
一歩部屋に踏み込むと床にはフカっとしたカーペットが敷かれていた。壁は濃い色合いの木目調でシックな内装である。
マッテオが促した先にはガラストップのセンターテーブルに、レザーのソファセットが置かれていた。そこが応接スペースのようだ。
その向こうにはパーテーションが置かれているが、奥にはマッテオの執務机があるのだと思われる。
シドが座るとその隣にノアがちょこんと腰掛けてきた。
当たり前のように座るノアに、マッテオが困った顔を浮かべる。
「レンダくんはもう下がってくれていいのだよ?」
「いいじゃないっスか〜。ケチくさいこと言わないで、自分も話に混ぜてくださいよ〜」
「いや、ケチとかじゃなくてね……」
「それにほら、ギルド長が新人で右も左もわからない先生を口八丁手八丁で騙すかもじゃないですか。その監視っスよ、監視。組織の透明性の確保です」
シドのためみたいなことを言ってるが、100%興味本位であろう。それはさっき会ったばかりのシドにもなんとなく伝わってきた。
マッテオは「先生?」とちょっと首を傾げ、おそらくシドのことだろうと判断し、どうしようかと目で問うてきた。
それを見たノアが上目遣いでジーッとシドに無言の訴えを送る。
「……ギルド長が構わないのでしたら、同席をお願いしたいです」
懇願の視線に負けたのもあるが、ノアの言うことにも一理ある。それにロナからも『いてもらってもいいと思います』と賛成の意見があった。
それならばシドに否はない。マッテオが了承するならばという形でノアの同席を求めた。
「うん、まあ、変な話をする訳じゃないからいいけど……」
「やった! ありがとうございます、先生!」
マッテオがしょうがないといった様子でノアの同席を認めると、彼女は満面の笑みでシドに礼を言った。
「じゃあ、レンダくんにも聞いてもらうということで」
マッテオはシドたちの向かいに座り、卓上に置いてあった機械のスイッチを押して「お茶を3人分持ってきてくれ」と言った。
すると部屋のドアが開き、オボンを持った秘書と思わしき若い男性が入ってくる。
「失礼いたします」
秘書はシドたちの前にお茶を置くと一礼して部屋を出る。
目の前に置かれたのは湯呑みに入った緑茶だ。後で知ったことだが、緑茶がマッテオのお気に入りの飲み物だそうだ。
「さて、ノークスくん。改めてキミの加入を歓迎しよう。ようこそ白馬ギルドへ。我々一同、キミには強く期待しているよ」
「はい、ありがとうございます」
お茶が来たので話を始めたマッテオ。
挨拶もそこそこに早速本題を切り出してきた。
「キミを呼んだのは、これからのことを相談したいからだ。――単刀直入に言おう。キミにはBランクの席を用意している」
「いきなりBランクですか!」
シドは驚きの声を上げる。
傭兵ギルドのランクはGランクからSランクまである。一番下がGで、一番上がSだ。
今のシドはGランクの見習いであるが、一般的にはDランクから一人前と呼ばれ、Bランクともなれば一流の傭兵として認識される。
一足飛びの大出世だが、これにノアが不満の声を上げた。
「え〜Bっスか〜? ここはドーンとAランクくらいいっときましょうよ。先生の実力なら問題ないですって」
「いやいや、実力的にそうだとしてもね、僕一人の権限で昇格できるのはBランクまでだよ。キミも現役のCランクなら知っているだろう?」
「そこはほら、ギルド長が本部に根回しをしないと」
「無理を言わないでくれ……」
Aランクまで上げろと言うノアに、マッテオは頭を抱える。
そもそも加入したばかりの新人であるシドにBランクを確約するのでさえ異例なのだ。それ以上は彼の一存ではとてもムリである。
諦めの悪いノアがブーブーと文句を言うなか、当事者のシドが「すいません」と言って手を挙げた。
「まだこの世界について詳しくなくてわからないのですが、入ったばかりで経験の無い私がBランクになったりしていいんですか? もっとこう……法律とか業界のしきたり? に詳しくないといけないとかあると思うんですが……」
尤もな質問である。
ただでさえトラブルが多そうなイメージの職業なのだ。エンタメ業界のアレコレを見たことがあるシドとしては、ちゃんとそこを勉強する時間を持たせてほしいと考えていた。
だが、マッテオはそれについては大丈夫だと答えた。
「うん、キミの言う通りだ。だが、そこは我々もきちんと考えてあるから安心してほしい。――まず、クラフトくんは今Gランクなのだが、これはまだそのままだ」
「と言いますと?」
「Fランクになるための条件について説明は受けたね? 王国のギルドでは、新入ギルド員には必ず簡単な仕事をやってもらうことになっている。これはそのギルド員の人格を見定める為でもあるが、同時に新人研修でもあるんだ。最初が緊急事態だったので順番がおかしくなってしまったが、クラフトくんにはまずこのGランクの仕事を受けてもらいたい」
「なるほど、わかりました」
そういう事であればシドとしては願ってもない。いきなりBランクの傭兵として戦場に放り込まれるより、元々やるつもりだった安全な仕事をやる方が心の負担は少なくて済む。
マッテオの説明はまだ続く。
「それでだね、Fランクになったら次はギルドが割り振る依頼を5つばかり達成してほしいんだ。これはCランクやDランクの先輩ギルド員に随行しての任務になる。彼らから教わることで、この仕事のやり方や注意点がだいたいわかるようになっているんだ。本来はこれでEランクに昇格なのだが、ワークスくんは私からの推薦でBランクになるように手配する。少々時間はかかるが、皆が通った道だ。どうかやってほしい」
マッテオが頼むと、シドは納得したという表情で頷いた。
「もちろんです。勉強させていただきます」
「そうか。頑張りたまえ」
シドが素直に了承したのでマッテオも胸を撫で下ろしていた。
強者には得てして我の強い者が多いものだ。面倒で退屈な仕事など嫌だと、ゴネられる可能性も考えていたのであろう。
過去には貴族の子弟が強権を振るって加入直後からBランクになり、実力不足なのに高難度の依頼を受け、それが原因で隣国に領土を奪われるほどの大問題を起こしたこともある。
以来、誰であろうともFランクまではこの過程を徹底するようになっているのだが、やはり従おうとしない者は少なくない。
真面目そうな好青年で本当に良かったと、マッテオの心の中でシドの評価が上げられた。
『わざわざ勉強などしなくとも、王国法も過去の事例も、各種規則や手続きも、既に私が網羅しているというのに……』
まあ、シドの右手でブツブツ文句を言っている強者はいるが。
◇◇◇
お茶を飲んで一息ついた後、マッテオはおもむろにとある物を取り出した。
「これはEランクになったら渡す物なのだが、ワークスくんなら問題ないだろう」
そう言って机の上に置いたのは、馬の意匠が施されたバッジだ。
「白馬傭兵ギルドのメンバーの証であるバッジだ。市長への表敬訪問と市民栄誉賞授与の話はこちらにも届いている。記者会見もあるだろう。スーツの襟にこれをつけておいてほしい」
シド・クラフトは白馬傭兵ギルドの所属であることを全国放送のニュースでアピールする狙いがあるのだろう。
ギルドとしては有望な若手が他所から粉をかけられる事態を防ぎたいのだ。
シドは「わかりました」と言ってバッジを受け取る。
よく見たら隣のノアも胸元に同じバッジをつけていることに気がついた。
「そういえばノアもこのバッジを付けているな」
「ええ、ギルド内では見える場所に付けるのが決まりなんで」
そう言って胸元のバッジを指差すノア。
ただし彼女のバッジはシドとは色が違っていた。シドのは白色だがノアのは銅色である。
「色が違うけど、これは?」
「Cランクだからっスね。自分は工作員と戦闘機乗りの両方でギルドに登録してますけど、ランクの高い方が優先されますのでこの色っス」
ランクによって色が変わるらしい。
ノアは自慢げに言った。
「Cランクは白馬ギルドに5人しかいないんですよ。つまり自分はこのギルドのトップ5っス」
「このギルドにBランクの人はいないんだ?」
「そりゃそうっスよ。ここは規模がちっさいですから、Cランクが5人もいるだけでも凄いことっス」
「そうなのか」
「そこに先生がBランクとして加わるんですから、もうビックリですね」
ノアの言う通り、王国全体でもBランク以上の傭兵はほんの一握りしかいない。
大抵の傭兵はDランクで止まり、一部のベテランや優秀な若手だけがCランクになる(フジタが前者でノアは後者である)。
そして、その中でもズバ抜けた実力や功績を挙げた者だけが更にその上に昇るのだ。
「責任重大じゃないか……」
「先生なら大丈夫っスよ! この業界、実力至上主義なんで、誰にも文句言わせないくらい暴れればオールオッケーっス」
『暴れればいいだけとは楽ですね。望むところです。目に映る全ての敵を破壊して、人間どもを恐れ慄かせる戦果を挙げて見せましょう』
血の気の多い意見に挟まれる中、マッテオがぽそっと言った「ほどほどにね……」の一言が妙に心に沁みたシドであった。
 




