第15話 再びの傭兵ギルド
一晩明け、指定された時刻に傭兵ギルドを訪れたシドとロナ。
遠巻きにちらほらとマスメディアの姿は見えるが、少なくとも先日のように歩道を塞ぐほどではない。
因みにシドの自宅マンションの周りも同じような感じだ。おかげでスンナリとここまで来ることができた。
だが、なぜかシドは戸惑ったように入り口の前で突っ立ち、中に入ろうとしないでいる。
「時間合ってるよな……? なんだか静かすぎる気がするんだが」
『合っているので問題ないでしょう。いつまでもドアの前で立ち止まってないで、早く入ったらどうですか?』
どうやらギルドがやけに静かなのが不気味なようだ。
最初、シドが登録のためにここを訪れた時は雑多な音がギルドの外まで聞こえるほど賑やかだったのを覚えている。それなのに今は物音一つしない。
5階建てのオフィスビルが、まるで人っ子一人いないみたいに静まり返っているのだ。
入り口は自動ドアだが、外から中が見えないスチール製。しかも、ちょっと威圧感を感じるような無骨なデザインである。
それもあってシドはためらっていたのだが、ロナに早く中に入るようにと促されてしまう。
彼女の声は右の耳元に装着している小型骨伝導イヤホンから聞こえている。屋外なので周りに聞こえないよう、イヤホンを通しての会話だ。
因みにイヤホンにはマイク機能とカメラ機能も付いているので、周囲の音と映像はロナもしっかりと拾えている。何か異常があればすぐさま彼女が反応できるだろう。
シドは意を決して建物に入ることにした。
「……それもそうだな。よしっ、入るか」
入り口に近づき開閉スイッチを押す。
ゆっくりとドアが開いた瞬間、割れんばかりの拍手と共に大歓声が彼を出迎えた。
「来たぞ、シド・クラフトだ!」
「待ってました!」
「ヒーローのご到着だ!」
「キャーーッ! シドくーん!」
「素敵ーーっ! こっち見てーー!」
「よっ、白馬コロニー1番のイカれ野郎!」
「エースキラー!」
「チャンネル登録してやったぞーーっ! 感謝しろーーっ!」
「ファンになりましたーー!」
広めのエントランスには、先輩傭兵とギルドの職員たち100人近くがシドを待ち構えていた。
野太い声から黄色い声まで様々。拍手のみならず口笛まで吹かれ、先程までの静かさから一転、お祭りのような賑やかさだ。
ここまで歓迎されたのはシドの人生で初めてである。
どうしたらいいのかと戸惑っていると、年配の男性が気さくな態度で近づいてきた。
「おう、待ってたぜ、スーパールーキー」
「あっ、えっと……フジタさん」
「おっ! なんだ、俺の名前覚えてたんだな」
声をかけてきたのはCランク戦闘機乗りのフジタだ。
このギルドでも古株で、ヒゲが濃くてガタイも良く、山賊のような顔の男性である。
防衛戦で別行動になって以来だが、彼も無事に生き残っていたようである。
「ご無事だったんですね」
「あったり前よぉ。いいか、俺ら白馬傭兵ギルドは『好き勝手暴れて、しぶとく生き残る』がモットーだぜ。そうそう簡単には死なねえのさ」
そう言ってフジタはガハハと豪快に笑う。
返答に困ったシドが「はあ……」と気のない返事をすると、フジタがニヤリと上機嫌に歯を見せた。
「その点、オメェは合格だ。サイコーに命知らずな暴れっぷりだったぜ。これからもその調子で頑張れよ」
激励と共にバシッと強く背中を叩かれる。
見れば、他の傭兵たちもこちらに向けて何故か満足げな表情でサムズアップしていた。
シドは「ははは……」と困ったように笑うしかない。
この蛮族たちの仲間入りをしたかと思うと複雑な気分である。
すると、職員の中から見覚えのある女性が一人、シドの名前を呼びながら飛び出してきた。
「ノークスさん!」
潤んだ目で感極まったようにこちらに走り寄るおっとり顔の美女。
シドは一瞬悩んだが、すぐに彼女の事を思い出した。
「あなたは……受付の?」
「はい、モニカ・パーシーです!」
彼女はシドがギルドに登録した時に対応した受付嬢である。
彼女はシドの前に立ち止まると、周囲の目を気にすることなく彼の右手をギュッと握り締めた。
「本当にご無事でよかったです……。私、ノークスさんが出撃されてからずっと心配で心配で……うぅ……」
涙を流しながらシドの無事を喜ぶモニカ。
強く握られた手から熱が伝わってきてシドはちょっとドキドキしてしまう。こういうことは不慣れなようである。
「その、ご心配おかけしまして」
そう言ってシドは軽く頭を下げる。美人に手を握られてちょっとだらしない表情だ。
周囲からは囃し立てるかのような口笛が吹かれ、隣のフジタもニヤニヤと二人を見ている。
照れ臭いなとシドが思っていると、モニカは片手でシドの手を握ったまま空いた方の手で涙を拭い、笑顔を浮かべた。
「いえ、いいんです。――でも、まさかノークスさんがあんな大活躍をなさるなんて、私びっくりしました。ノークスさんって凄い人だったんですね」
心から安堵したような表情でニコリと微笑むモニカ。
花が綻ぶとはこのことであろう。どんな朴念仁でも即座に恋に落としそうな破壊力だ。
至近距離にいるシドには刺激が強く、心臓が痛いほどに高鳴るのを感じた。
と同時に、悲鳴を上げるほど強く、右手のバングルがギュウッと締まる。
「ギャァーーーーッ!? 痛い痛い、折れる折れる!!」
「えっ!? ご、ごめんなさい!」
突然必死の形相で叫び出したシドに驚き、モニカはパッと手を離した。自分が強く手を握りしめ過ぎたのだと勘違いしたのだ。
彼女が手を離したことでバングルの締め付けはすぐさま緩む。
(こんにゃろう、ロナめ。いきなりなんなんだよ?)
心の中で悪態をつくが耳元のイヤホンからは彼女の声は聞こえてこない。
微妙な沈黙が流れ、しだいに周りがざわつき出す。
気まずそうなシドに困惑するモニカ。
シドが叫んだのはバングル(の内側にいる“彼女”)のせいなのだが、周りはそうは思わない。
そんなに強くモニカが手を握ったとは誰も思わないので、いったい何事だと皆が首を傾げた。
ざわめくエントランスの空気を変えたのは、いやらしい笑みを浮かべたフジタの言葉だ。
「ははーん。シド、オメェさん今のは照れ隠しかぁ? あんな叫び声を上げやがって、初心な野郎だな」
「えっ!?」
シドは違う、と思ったが、「じゃあ何だ?」と聞き返されても困る。なのでここは大人しくフジタの言葉に乗っかることにした。
「いやぁ……まあ、テレちゃってつい。たはは……お騒がせしました……」
そう言って情け無い笑みを浮かべながら周囲にペコペコ頭を下げると、周りも納得したのか、エントランスの雰囲気も元に戻った。
モニカも「ノークスさんって面白い人ですね」と笑い出す。
多くの生温かい視線を感じながら、シドはあとでロナをしっかり問いただそうと強く心に決めたのであった。
◇◇◇
弛緩したギルド内の空気を引き締めるようにパンパンと強く2回手を叩く音がした。
シドが視線をそちらの方に向けると、人垣の中から小柄な少女が進み出てくるところであった。
少女は明るく活発な声で周りに呼びかけた。
「皆さーん、いつまでも見ていたい気持ちはわかりますが、そろそろ解散しましょ。歓迎会もあるので、シドさんとお話ししたい人はそこでという事で。さあ、お仕事お仕事。定時で終わらないと今晩の歓迎会には間に合わないっスよ」
シドは初耳だが今晩自分の歓迎会があるらしい。
少女の言葉でばらばらと人垣が崩れていく。
職員たちは自席に戻り、モニカもぺこりと会釈して持ち場に帰っていった。
フジタは仕事があるのか外に出て行き、十数人の傭兵がそれに続いた。
中には「約束通り一杯奢るぜ」と声をかけてきた者もいる。フジタと同様、防衛戦で見た顔だ。
残ったのは先程の少女だけである。
学生のように小柄でヘアスタイルはやや外ハネさせたショートカット。いたずらっ子のような表情が印象的な少女だ。声と同じく活発そうな雰囲気で、元気よくシドに近づいてくる。
「初めまして、先生。自分はCランク工作員のノア・レンダっス。一応、Dランクの戦闘機乗りでもあるんで、先生ともいつかミッションご一緒するかもですね。その時はよろしくお願いするっス」
「せ、先生?」
何故かシドを「先生」と呼ぶ、ノアと名乗った少女。
彼女は戸惑っているシドを楽しそうに見つめながらその理由を説明した。
「自分ゲームが趣味でよくやるんです。腕はそこそこなんでプロゲーマーとかにはあまり勝てないんですけど、リアルならこっちはプロの傭兵だから絶対負けないな〜ってずっと思ってたんです。でもシドさんはどっちも私より強いじゃないですか。なので尊敬の意味を込めて“先生”っス」
「は、はあ……なるほど? それでノアさんは――」
「ノアでいいっスよ〜。水臭い呼び方はなしでいきましょ? 先生なら敬語もいらないっス」
初対面なのに馴れ馴れしい態度でグイグイくるノア。
業界人の知り合いには似たような態度を取る人物が多々いるが、年下と思わしき少女にされるのはシドも初めてだ。
調子を崩されながらも、シドは彼女に聞きたいことを尋ねた。
「じゃあ……ノア。俺に用事があるから話しかけてきたんだろ?」
ノアはその通りだと頷く。
「はい。一つは先生の歓迎会兼防衛戦の打ち上げについてっス。18時より白馬コロニアルホテル4階の“草原の間”にて行われるっス。主役なんで、ぜひご参加お願いします」
「今、初めて聞いたんだけど……」
「ギルドの連絡不備ですね。あとで私が言っておきます。いや〜ここ数日はホント忙しくて」
マスコミ対応から軍と協力しての戦後処理。救援に到着した子爵軍への引き継ぎ。各傭兵の安否確認等のetc。
目の回るような忙しさだったそうだ。
後で聞いたところによると、パソコン作業が得意という理由だけで工作員のノアも事務に駆り出されていたらしい。
「まあ、今日は暇だから大丈夫だけど」
「良かったです。みんな喜びますよ」
そう言ってニッと笑うノア。
因みに白馬コロニアルホテルはコロニー内でも一二を争う高級ホテルだ。
傭兵たちは普段こんなところで打ち上げをしないが、今回はギルド主催で参加人数も多いのでここにしたらしい。
参加費もギルド持ち。めったにない大盤振る舞いである。
「他にもあるのか?」
「はい。ギルド長に先生を呼んでほしいと言付けされました。部屋まで案内するっス」
「ギルド長?」
「工作員の勘的にたぶんランクアップの話っスね。先生ならいきなりAとかになるんじゃないですか?」
「はっ? 俺がAランクに?」
「まっ、詳しいことはなんにも聞いてないので、ギルド長にお願いします。さあ先生、ギルド長室はこっちっスよ」
「わかった……」
本当に工作員なのかと疑いたくなるほど適当な事を言ったノアは、軽快な足取りでエレベーターの方へとシドを案内する。
つくづくこのギルドにはいい加減な性格の傭兵たちが揃っていることを再確認し、シドは不安な気持ちを抱えつつノアの後を追いかけるのであった。




