第13話 駆けつけた両親
シドの自宅の玄関先に怒声が響いた。
「この馬鹿息子がぁーーーっ!」
「ご、ごめんて……許してくれよ……」
「許すわけないだろう! 父さんと母さんがどんなに心配したと思っているんだ!」
「ひぃ!?」
スーツ姿の初老の男性に本気で怒鳴られて縮こまるシド。
成人してからここまで怒られたのは初めてだ。
「ニュースでお前のことが報道されて、二人揃ってひっくり返ったんだぞ! 親になんの相談も無しに傭兵になるなんて、何を考えているんだ! きちんと説明しなさい!」
「わ、わかったよ……説明するから座って。ねっ、ほら母さんも」
怒鳴っている男性はシドの父親だ。すぐ隣には、泣き腫らして目を赤くした母親の姿もある。
防衛戦が終わってから2日後、シドの活躍をニュースで知った両親がシドの住まいまで押しかけてきたのだ。
この2日間、シドはロナのためのパソコンを買いに行く以外にほぼ外出をしていない。
白馬コロニーに戻ったあとは、アドホック号に積まれたミサイルの残弾を軍に返却するためそのまま軍の格納庫へ。
司令であるタック准将は戦後処理に忙しくて通信での短い会話しかできなかったが、代わりにその場に居合わせた軍関係者一同から熱い歓迎を受けた。
機体が動ける状態ではないので格納庫に置かせてもらうことにして外に出ると、そこにはシドが出てくるのを待ち構えていた大量のマスコミがいた。
どうもニュース中継もしているらしく、カメラに向かって喋っているキャスターの姿もある。
これではとても基地の外に出れないと悩んでいたら、軍の人間が車で裏口から出してくれると言ってくれたのでそれに甘えることにした。
傭兵ギルドに顔を出さないといけないと考えていたが、向かうの方から連絡があり、「マスコミが大挙して仕事にならないから後日来てほしい」と言われてしまう。
結局、シドはそのまま自宅マンションまで送ってもらい、緊張の糸が切れたのかベッドで横になるなり気絶するように眠ってしまった。
翌日、ロナに起こされて目が覚めた時には既に昼近く。マスコミはまだ外にいたが、セキュリティのしっかりしたマンションなので中には入られることはなかった。
変なファンやアンチが押しかけてきたら嫌だからこの単身者用のマンションにしたけど、こんな形で役立つとは思わなかったとはシドの談である。
なお、その日シドは一歩も外に出ていない。マスコミは関係なく、全身がひどい筋肉痛に襲われていて歩こうにも歩けなかったのだ。
なので一日中ベッドの上にいたのだが、ロナからは「運動不足」だとか「情け無い」とか散々に言われる羽目になってしまう。因みに、「ストレッチしなさい」とか「お風呂で温まりなさい」など世話も焼かれていたりする。
そして2日目の今日、なんとか動けるようになったシドは、朝早く変装して外に出て電気屋に行き、ロナのためのバングル型パソコンを買い求める。
寄り道せずに家に戻り、ロナとパソコンの接続を終わらせたところで両親が訪ねてきたというわけだ。
時刻は昼前。両親が住んでいるのはシャモニー子爵領の本星である。聞けば二人は朝一番の高速ワープ便で白馬コロニーに来たのだと言う。
因みに昨日電話をシド宛にかけたそうなのだが、回線がパンクしてて終日繋がらなかったらしい。メールも送ったそうなのだが、読むことすらされなかったと怒られてしまう。
そもそも昨日のシドは確認できる体調ではなかったので、誰のメールも見ていない。気づいていれば返事をしていたであろう。そこはシドの落ち度であった。
「それじゃあ説明してもらおうか。プロゲーマーとして真っ当に働いていたお前が、なぜ傭兵なんかになっているんだ? もしかして変なところから借金でもしたんじゃないだろうな?」
「借金はしてないよ……」
「じゃあ何でだ?」
「それは……」
シドは両親をテーブルに座らせ、その真向かいに自分も座る。
二人からジトっとした目で睨まれ、シドの背中は汗でびっしょりだ。胃もキュッと締め付けられるように痛くなってきた。
我が子を本気で心配しているのが伝わってくる分、煽られたから傭兵になりましたというマヌケな理由に罪悪感で心が潰れそうになる。
あれほどもう一度会いたいと願った両親だが、今はすぐにでもこのリビングから逃げ出したい気分だ。
シドの父、マイク・ワークスは役場勤めの公務員である。真面目できっちりとした固い性格で、公私共に折り目正しい生活を心がけている人物だ。その彼がここまで声を荒げているのはシドも初めて見た。
そして母親はメイア・ワークス。おっとりとした性格で、争い事とは無縁なタイプの女性である。息子が傭兵となったと知って一番ショックを受けているのは彼女であろう。
二人に共通しているのは良心的な人間で、不真面目な行いが許せないという点だ。
そんな彼らが、顔も知らぬ人間との言い争いで傭兵となり、あまつさえそれを動画にして自分をバカにした連中を見返そうとしていたと聞いたら何と言うだろう。
(バカ正直に最初から全部話したら、冗談抜きに勘当される!)
そう直感したシドは、最初の視聴者との諍いをカットして説明することにした。
(嘘をつくわけじゃない。ちょっと端折って伝えるだけだ)
両親はゲームに興味が無く、息子の配信を見ていない。また、ギルド加入の際にフォロワーに告知はしたが、そこにも本当の理由は書いておらず、動画の企画とだけしか書いてない。
視聴者の中には例の言い争いと関連付けている者もいたが、両親はネットの憶測を信じないタイプだ。この場で指摘されることは無いであろう。
後ろめたさを感じつつも、自分たちの息子が本物のバカだと知って死にたくなるよりマシであろう。
そう考えたシドは、父親の眼光にたじたじになりながらも、ギルド加入は動画の企画だったのだと説明した。
「SNSでも書いたけど、動画の企画だったんだ。あるんだよ、傭兵ギルドに短期間だけ在籍してそれを動画にするの」
「……本当か?」
「あるある。ほらっ、こんな感じで」
そう言ってシドは端末を操作して動画サイトを開き、疑わしげな表情を浮かべるマイクに見せる。
シドが流した動画には、両親も知っている著名人が◯日傭兵体験と題してギルドに加入している様子が映っていた。
因みにこの動画は王国の傭兵ギルドがPRの為に作成した、あくまで広報用の擬似体験の動画だが、それを真似した配信者たちが投稿した類似動画も沢山あるので、後から調べられても問題ないはずだ。
マイクもひとまず口をへの字にして黙り込む。
「むぅ……」
「俺は戦闘機のライセンスを持ってるから、やってみようと思ったんだよ。白馬コロニーは敵国と隣接してないし、安全だと思ったんだ」
それは本当である。
誤算だったのはヒーステン伯爵が反乱を起こした事だけだ。
シドはこの点を強調した。
「それなのにヒーステン伯爵が急に攻めてきて……俺も戦わなくちゃいけないって言われて、嫌だったけど仕方なかったんだ……」
「嫌なら拒否すればよかったじゃないか」
「それが無理なんだよ。これを見て」
そう言ってシドはまた端末を操作し、今度は傭兵ギルドのサイトにある「非常事態時における規則」というページを開いて父に見せた。
そこにはコロニーが敵対勢力に攻撃された際には防衛軍と連携して撃退する旨や、これを拒否したら逃亡兵と同等の処罰を受けると明記されていた。
なお、これは白馬コロニー側も条例として定めており、自主法としてキチンと公になっている。
「むむむ……」
マイクは苦虫を噛み潰したような表情で穴が開くほどネットのページを見つめている。
二度三度と念入りに読み返したあと、顰めっ面でページを閉じた。
「……そうか規則か」
生真面目な性格のマイクは、規則や法律といった言葉に弱い。法にそう定められているなら、それに従うのが当然という考えだ。
役場の人間として行政の言い分も理解できる。
だが今回は大切な息子のことだ。
運が悪かったというのも、避けられない事態であったことも。また、一市民として自分の住むコロニーを侵略者から守ることの意義も全て頭では理解できるが、心が納得できない。
拳の振り落とし所がなく、ムッツリと黙ってしまう。
すると今度はずっと静かに二人の話を聞いていたメイアが口を開いた。
「ねえ、シド。あなた怪我はしていないわよね? ニュースだと無傷だとか言っていたけど、本当? どこも撃たれたりしてない?」
彼女の瞳はずっと不安に揺れ動いている。2日前からあまり寝れてもいないのであろう。顔に疲労が滲み出ていた。
(母さんの顔色が悪い。きっと俺のことが心配であまり寝れてないんだ……)
申し訳なさでシドの良心がジクジクと痛む。
親不孝者と書かれた巨岩が身体の上にのしかかっているようだ。
シドはできるだけ母を安心させようと、胃の痛みとまだ残る筋肉痛を無視して「大丈夫」と明るい声で元気さをアピールした。
「見ての通りどこも怪我してないよ。ごめん母さん。心配かけて」
「それならいいのだけど……」
だが、それでもまだメイアは心配そうだ。
戦場帰りの息子である。いくら心配してもしたりないのであろう。
そして今度は、シドが危険な傭兵家業を辞めてくれるのか確認してきた。
「ねえ、もう戦争になんか行かないわよね? 傭兵なんて危ないお仕事、もう辞めるんでしょう?」
「いや、それは難しいだろうな」
そう言って口を挟んだのはマイクだ。彼はシドが傭兵を辞めるのは得策ではないと考えているようである。
すかさず母親が「なんで!」と食ってかかる。
「またヒーステン伯爵様の軍隊が来るかもしれないのよ! 今すぐにでも辞めないといけないじゃない! シドが死んじゃうかもしれないのよ!」
シドが心配なのはアナタも一緒でしょうと夫に訴えかけるも、マイクは悔しそうな表情で首を横に振った。
愕然とする妻に、マイクはその訳を説明する。
「シドの活躍は王国中にもう広まっている。突然のヒーステン伯爵家の反乱で生じた国民の不安を払拭したいのかもしれんが、ニュースでは無責任に新進気鋭のエースパイロットなどと持ち上げて、すっかりヒーロー扱いだ」
「でもそんなの……」
そんなの関係ないと言おうとしたメイアを手で制し、彼は話を続けた。
「熱狂している分、それが反転した時ほど恐ろしいものはない。今シドが傭兵を辞めたら、世間は臆病風に吹かれたなどと言って非難の声を上げるだろう。およそまともな生活も送れないほどのバッシングを受けるはずだ。今日、ここに来る時に職場に休みを貰ったが、『息子に話を聞いてくる』と言ったら、いつもは渋る上司から二つ返事で了承を得られたよ。お土産話まで期待されてな。それくらい世間は熱に浮かされているんだ。この子の将来を想うなら、あと数年は続けさせないといけない」
「そんなっ……!」
数年も危険な仕事を続けないといけないと言われ、メイアは、わっと泣き出す。マイクが寄り添いそっと肩を抱き、ハンカチでその涙を拭った。
両親のその姿に、シドは頭をガツンと殴られたような衝撃を覚える。
(こんなに二人を悲しませて……チクショウ、俺はなんて大馬鹿野郎なんだ)
リビングにさめざめとした泣き声が響く中、シドはテーブルに頭を叩きつける勢いで両親に対して頭を下げた。
「ごめんなさい! 考えが足らず、バカなことをしました!」
本心からの言葉だ。
今までシドにはどこか「自分は運が悪かった」という思いがあったが、目の前で涙を流す親の姿を見て、いかに自分が愚かな選択をしたのかを痛感した。
もちろんシドが傭兵にならなければコロニーは占領されていたが、そんなタラレバは関係ない。重大なのは、これからも二人に心労をかけ続けるという点である。
ここでシドが心からの謝罪をしなければ、彼は二度と親の顔をマトモに見れなかったであろう。
「…………」
「…………」
両親から言葉は返ってこない。
重苦しい沈黙がしばらく続いたあと、マイクが静かに「顔を上げなさい」と言った。
シドがそっと顔を上げると、マイクは彼の目を真っ直ぐに見つめ、一つだけ約束するように言った。
「シド、一つだけ約束しなさい」
「はい」
「何度戦場に行っても、絶対に生きて帰りなさい。非道な事を言うようだが、親というのは、例え赤の他人が100人だろうと1,000人だろうと死んでも、我が子だけは生きて帰ってほしいと願っている生き物なんだ。父さんと母さんもそうだ。ただお前だけ生きて帰ってくれればそれでいい。だからシド、それだけは約束しなさい」
「……はい!」
こんなに真剣な父の顔を見るのはいつ以来であろう。
そして親の愛情とはこんなにも胸に迫るものだったのか。
いつの間にかシドの瞳からも涙がとめどなく溢れ出してくる。
暫しの間、リビングに彼の嗚咽が響いた。
◇◇◇
「泊まらなくていいの?」
「来客用の準備も無いくせに何を言う。父さんたちはホテルを取ってあるから心配しなくていい」
玄関先でシドは両親を見送っている。
二人は今日ホテルで一泊し、明日の始発便で帰るそうだ。
マスコミがいるから空港までは来なくていいと言われたので、シドはここで二人にお別れを告げることになる。
「食べるものはあるの? 足りないようなら母さんが買ってくるからね。遠慮しちゃだめよ。私たちはまだマスコミの皆さんに顔を知られてないから、自由に動けるわ」
「……大丈夫、ありがとう」
母が言ったように、二人はまだマスコミに顔が知られていない。だがそれも時間の問題であろう。遠からず両親の家にもマスコミが押しかけてくるに違いない。
自分の行動が二人の生活を壊してしまったと、シドの胸がズキンと痛んだ。
「……そろそろチェックインの時間だな。もう出ないと。シド、元気でな」
「ちゃんとご飯食べるのよ。身体にも気をつけてね。あと、お掃除もしなさい。隅にホコリが溜まっているわ」
「うん、やるよ。母さんも気をつけて。また電話する」
バタンと玄関ドアが閉まり、二人の気配が離れていく。
シドはフラフラと自室に戻り、倒れるようにベッドへと飛び込んだ。
『優しいご両親ですね』
沈黙を保っていた右手のバングルからロナの声がする。イヤホンからではなく、バングルについている小型スピーカーからだ。
うつ伏せのままシドが答える。
「……自慢の両親さ。真面目でしっかりしていて、なんで俺なんかが息子なんだか、いつも疑問に思ってるよ」
『そう思うなら生活を改めることです。お母様のおっしゃる通り、部屋がちょっと汚いですよ』
「掃除する気はあるんだよ。ただちょっと時間が取れないだけだ」
この言い様ではいつまでも部屋が綺麗になることはないであろう。
ロナは呆れたように言った。
『どうやらしっかりと叱られないといけないみたいですね。ご両親に誓って、私がアナタを死なせません。生きて、また部屋の汚さを怒られてください』
部屋が汚いと母親に怒られるために生きろという。
シドは苦笑して右手のバングルを軽くコツンと叩いた。
「ははっ、そりゃ怖いな。――頼りにしてるよ」
『はい、お任せください』
「――でもまあ、あんまり親不孝なのもだし、とりあえずメシはしっかり食うか」
『そこは掃除じゃないんですね』
そんなことを言いながらシドが食事のために起き上がると、ちょうど左手の通信端末にメールが届いた。
一昨日からひっきりなしに届く、友人やファン、本業関係からのメールではなく、傭兵ギルドからのメールだ。
中身を開くと、明日の午前にギルドに来てほしいとの内容であった。
『マスコミはギルドの方でなんとかするみたいですね』
「ようやくか。記者会見でも開くのかね? ――ん? もう一通きた。白馬コロニー市役所? 中身は……へっ!?」
思わず驚きの声をあげるシド。
メールに記載されていたのは、コロニー市長への表敬訪問の依頼と、市民栄誉賞の授与決定の通知であった。
ご意見、ご感想、誤字報告、評価、頂けましたら幸いです。




