第13話 ロナの新居
「新居の居心地はどうだ、ロナ?」
『さすがは未来のコンピュータ。広々とした容量で至極快適です。お手間をかけましたね、シド』
シドの右耳に装着した骨伝導イヤホンからロナの美しい声が聞こえてくる。
ここは白馬コロニー内にあるシドの自室。
彼らは今、AIであるSMG-09ことロナを、新しい電子機器に移し替えていたところである。
ブレスレット型ミニPC。それが彼女のニューボディだ。
ブレスレットと言っても、正確にはバングルである。リストバンドほどの大きさで、「O」の形をした腕に通すタイプ。男性用のちょっと無骨なデザインだ。
引っ越しの経緯を説明するには、まずアドホック号との別れに触れなければならないであろう。
時間はシドたちが防衛軍の救助隊に保護されたところまで戻る。
◇◇◇
白馬コロニーに着く前に、まず最初にシドが行わなければならなかったのがアドホック号内よりロナを取り出すことだ。
ロナの本体は「コアチップ」と呼ばれる1cm四方の超高性能CPUチップだ。
シドがアドホック号を組み立てる時にまとめ買いしたジャンクパーツ。その中の一つに、彼女が組み込まれている物が含まれていたのだ。
シドはナーグラート撃沈後、防衛軍の救助隊に機体ごと曳航されている間に作業をした。
「ここを壊せばいいのか?」
『はい、そこのパネルです。その裏まで移動しました』
移動したと言ったロナ。
シドはその言葉に疑問を持つそぶりもなく、彼女の指示通りにコクピットシート後ろにある薄っぺらいパネルを手持ちのレスキューハンマーで叩き壊した。
因みにこのハンマーは、機体を組み立ててもらった業者に「常備しておくのが規則だから」と言って割高で売りつけられた物である。結局それは嘘だったのだが、シドもまさかこんな風にハンマーが役立つとは思ってもいなかった。
それはさておき、パネルを引っぺがした裏にいたのは、背中にケーブルが刺さった、体長5cmほどの人型をした黄金色の物体だ。
顔も模様も描かれていないジンジャークッキーと表現すべきフォルム。つるんとして光沢のある半透明の体。そしてその真ん中にはAIの心臓とも言うべきコアチップが埋まっている。
そう、この謎の物体の正体はロナである。
お菓子みたいな姿のロナは、首?をシドの方に向け右手を挙げた。
スピーカーから彼女の透き通った声が流れてくる。
『無事に対面できましたね。もう少し手間取るかと思いましたが、内部にあちこち亀裂が走っていたので、楽な移動でした』
シドは「おおーっ」と感動した声を上げ、目を輝かせてロナの姿、正確にはコアチップの周りの黄金色の物質を見つめた。
「それが『メタモルシェル』か! 初めて見た!」
メタモルシェルとは、とある星で発見されたカタツムリに似た生物の殻から採取できる物質である。
そのメタモルシェルの有名な特徴は、触れている生物の思考した通りに色と形状と硬度、そして多少の性質を変化させることができるというものである。
例えば手に持って木材をイメージすれば、色合いも質感もその人物が想像した木材風の物質となり、しっかりとニッパーをイメージできれば本物と遜色なく使用できるニッパーに変化するといった具合だ。
元のカタツムリに似た生物は、この性質を利用して石などに擬態して捕食者の目を紛らわしたり、高い所から落ちたらゴムのように弾性を高めて防御したりしているらしい。
ロナたちチルドレンは、このメタモルシェルが変化により高い伝導性と絶縁性を両立できるのを利用し、自身のコアチップをこれで包むことで、どのような電子機器にも接続できるようにしている。現にロナは今、メタモルシェルをソケットの形に変形させ、背中側に給電・通信用のケーブルを接続している。
なお、この物質の難点は、接触とイメージを続けていないと形状を維持できないことである。
肌から離れたり、僅かでも雑念が混じったりすると、とたんにメタモルシェルが反応して変化するか、もしくは元の状態である黄金色の固形に戻ってしまうのだ。
だがそれも常時揺るがない思考を走らせられるAIには関係ない。便利なパーツとして自由自在に変形させることができるそうだ。
『目を輝かせていないで、私に手を差し伸べるなどしたらいかがですか?』
はしゃぐシドに対し、ロナが呆れたように言う。
シドはハッとしてすぐさま片膝をつき、右の手のひらを差し出した。この上に乗れということだ。
「おっと悪い。早く隠れないとだからな。さっ、乗れよ」
『ありがとうございます』
ロナの体がスライムのような丸い粘体に変わり、うにょんとした動きでシドの手の上に乗る。
そのまま固体に戻ると、半透明の体の中にコアチップが埋まっている姿がなんだか化石入りの琥珀のようだ。
『ここは戦場なので贅沢は言いませんが、次に私を手に乗せる時はハンカチの一つでも敷いてくださいね』
「はいはい。わかりましたよ」
それがレディへの気遣いなのですよとばかりに注文をつけられたが、シドも無機物の女性に対しての紳士的な振る舞いは聞いたことがない。おざなりに返事を返すに留めた。
そのわかりやすい態度にロナは、
(……教育が必要ですね)
と心の中で呟く。
それはさておき、ロナを手に乗せたシドは当面の隠し場所として自身の胸ポケットを提案する。ロナもそれに異存はなかったが、ただ一つだけ問題があった。
「とりあえず俺の胸ポケットに隠そうと思うんだが、構わないか?」
『ええ、お願いします。ですがその前に何か通信機器を貰えませんか? このままケーブルを外すと機体との接続が切れてアナタとの会話も何もできなくなってしまいます』
ロナはアドホック号との接続を切ってしまえばコンピュータとの接続も切れ、できることがほとんど無くなってしまう。なので何かしらの通信機器を求めたのだ。
「そう言われてもな……何かあったっけか?」
言われたシドは困ってしまう。
左手首に装着しているリング状の多機能通信端末(今でいうところのスマートフォンのような物)があるが、これはプライバシーの塊であるし、健全な男子として他人、特に異性には見せられないようなデータや履歴も色々とある。
ロナに貸したらそれらが全部見られてしまうだろう。後々どんなことを言われるかわかったものではない。
何か別の物をと考え、シドは右の方の手首にもう一つ通信機器を着けていたことを思い出した。
「そうだ、おしゃれ用で着けていたから忘れてた。これも通信機能付いているんだった。ロナ、これでいいか?」
そう言ってシドは、ロナを乗せている右手に巻かれているスマートウォッチを指差した。
この時代でも、おしゃれアイテムとして腕時計は人気である。
シドは特に時計趣味はなく、大人の身嗜みとして着けていたのだがそれが幸いした。
ロナが了承するとシドは彼女を乗せたまま時計のバングルを緩めて渡した。
『ありがとうございます。ではこうして――』
ロナはシドの手のひらの上で時計のバングルを締め直すと、真ん中の隙間に入ってメタモルシェルを変化させ、ちょうど自身に巻きつけるような形で固定させた。
その姿があまりにも似ていたので、シドはウォッチピローみたいな見た目だなと一人思っていたりする。
ともあれ、これで通話等の問題も解決した。
ロナは今まで引きずっていたケーブルを身体から取り外し、シドの胸ポケットに収まる。
ふと彼女の胸の中にアドホック号への複雑な想いが去来した。
(使えない機体から解放されて、もっと清々すると思っていたのですが、妙な寂しさを感じてしまいます。命懸けの激闘を共にしたからでしょうか? 忌々しくも、忘れ難い機体になってしまいましたね)
苦労もさせられたが、仮にも死線を潜り抜けた相棒である。そしてこの機体は帰ったらスクラップ行きは確実だ。
少しの寂寥感を覚えたが、戦争が終われば解体されるのが兵器の定めである。気持ちを切り替え、さっそくスマートウォッチの音声機能を使ってシドに話しかけた。
『ひとまずこの場はこれでしのげそうです。ですが、やはりちゃんとしたコンピューターがついたデバイスが欲しいですね。しかし私はお金など持っておりません。さて、どこかに甲斐性のある男性はいないものでしょうか?』
無一文のロナがわざとらしい口調でおねだりをしてきたので、シドはため息まじりに男の甲斐性を見せることにした。
「……はぁ、わかった、買ってやるよ」
『ふふっ、ありがとうございます。良いものを選んでくださいね』
「へいへい。――つーか、今回の報酬で買えば良くね? 俺はほとんど何もしてないし、全額やるぞ?」
そう提案するとロナは一転して冷ややかな口調で、
『……本当にアナタって人はガッカリですね。いいからプレゼントしてください。それと、報酬の使い道は私とアナタで相談して決めます。いいですね?』
「ガッカリって何だよ……ったく。仰せのままに、お姫様」
「よろしい」
話はシドがロナに新しいPCデバイスをプレゼントするということで纏まった。彼女の機嫌も戻ったようだ。
コロニーに到着する前にケーブルを雑にコクピット裏に戻し、シドとロナは激戦を共にしたアドホック号と別れを告げる。
初仕事を終えたシドはさっそくロナに新しいパソコンをプレゼントした。
買ったのは先述のバングル型ミニPCだ。
外出先での仕事用、昔でいうノートパソコンのような役割の機器として売られており、左手首の通信端末より処理能力が高い。シドの出先にもついて行く為、右手に装着できるコレを選ぶことになった。
ロナはそのバングルの内側に張り付くようにメタモルシェルを変形させ接続。ちょうどPCとシドの肌の隙間に挟まる感じだ。
彼女もかなり気に入っているらしく、上機嫌で自分の使いやすいようにパソコン内部をいじくり回している。
なお、彼女がいの一番に検索して調べたのは有人ワープの仕組みであった。




