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第12話 共に眺める星空

 シド・クラフト、騎士アルフレッド・スカイを撃墜。

 その報告は防衛軍司令本部のみならず、防衛軍全体をも驚愕させた。

 アルフレッドは先だっての敵国との小競り合いで戦果を上げて頭角を表した新進気鋭のエースパイロットである。

 そして彼は、国内でも数少ない、優れた空間認識能力と操縦技術が無いと不可能な高速戦闘中のワープ機動の使い手だ。

 その実力は王国軍上層部も認めており、まだ未熟な所は多々あるが、ゆくゆくは王国でも10本の指に入るパイロットになると目されていた若き俊英である。

 そして彼が搭乗しているのが、ソリスティア王国の老舗軍需会社が開発した新型機「エメロード」。しかもただの「エメロード」ではなく、エースパイロット用に特別カスタマイズされた上位モデルの機体だ。まさに「虎に翼」、「駆け馬に鞭」である。

 最初、アルフレッドがアドホック号に接近していると報告された時、司令本部の誰もが作戦の失敗を覚悟した。

 急いで付近の小隊を援護に向かわせたが、それも瞬く間に全滅。

 もうお終いだと諦めた矢先に入ってきたのがアルフレッド撃墜の報告である。

 未来を嘱望された天才パイロットがぽっと出の傭兵に負けたのである。

 防衛艦隊司令のタック准将などはその報告を聞いた時まず、


「本当か? 逆ではなく?」


 とオペレーターの言い間違いを疑ったが、それは本部内全員の代弁でもあった。

 だが間違いではないと再三確認した後は膝を叩いて喜んだ。


「信じられん! 一大快挙だ!」


 准将の興奮が冷める暇も無く、オペレーターからはシド・クラフトの活躍がどんどんと報告されていく。

 アルフレッド機撃墜後、速やかに敵本陣に突入。激しい弾幕を掻い潜り、4隻の駆逐艦、2隻の軽巡洋艦、1隻の重巡洋艦を大破ないしは中破。

 一つ一つの報告がもたらされる度に本部内から歓声が上がるが、これが全て、10分も経っていない間の出来事である。

 准将も参謀たちもオペレーター一同も、もはや現実感すら薄れたように熱狂していた。

 そしてアルフレッド機撃墜からおよそ9分後、敵旗艦ナーグラートが光子魚雷の直撃を受け轟沈したとの報告が入ってきた時には鼓膜を破らんばかりの雄叫びが本部を揺らした。


「やったぞおおおおォォォッッッ!!」

「奇跡だ!」

「ヒーステン伯爵軍め、ざまあみろ!」

「白馬コロニー防衛軍万歳! シド・クラフト万歳!」

「ははは、本当にやりやがった。信じらんねえ」

「ありがとう! 絶対チャンネル登録するわ!」

「准将! この(いくさ)、我々の勝ちです!」

「ああ、彼が、シド・クラフトがもたらしてくれた勝利だ。彼は本物の英雄だ」


 誰も彼もが我を忘れたかのような喧噪の中、感動を噛み締めるようにタック准将はシドのことを讃えた。

 この時の興奮をタック准将は生涯忘れることはなく、彼は今後、事あるごとにシド・クラフト関係でインタビューを受けることになるが、その度に熱く当時の様子を語ったという。

 

 閑話休題


 その拍手喝采飛び交い興奮の渦にある本部を一気に冷やしたのが、すっかりアドホック号担当となった女性オペレーターの報告である。

 悲鳴まじりで告げられたその報告は、熱に浮かされた本部を切り裂くように響き渡った。


「大変です! アドホック号に機体トラブル! 自走不能状態で救難信号を発しています!」

「なんだとっ!」


 いち早く反応したのはタック准将だ。

 アドホック号の現在地は光子魚雷を発射した位置からほぼ動いていない。つまりは伯爵軍本陣のど真ん中である。

 いくら救難信号を発しているとはいえ、敗戦の原因として恨まれているであろうシドはいつ撃墜されてもおかしくはない。

 敵は旗艦ナーグラートを失ったことで白馬コロニー攻略を諦めたのか次第に撤退する動きを見せているが、通り過ぎざまに1発撃たれるだけで終わるのだ。

 防衛軍としては一刻も早く救助隊を派遣する必要があった。

 

「付近の友軍を急ぎ救助に向かわせろ! 英雄を死なせるな!」


 准将から口から唾を飛ばす勢いで命令が発せられる。

 戦争には勝ったが、彼らの心が安堵するのはもう少しあと。アドホック号救助完了の一報が届くまでしばしお預けとなった。

 

 ◇◇◇


 そしてその燃料切れのアドホック号はというと。


「……星、綺麗だなぁ」


 コクピット内で、魂が抜けたような表情をしたシドが星々をぼけ〜と眺めていた。

 脱力しきっていて、ぐったりとシートにもたれ掛かっている。もはや指一本を動かす気力も無さそうだ。


『なんですか、急に?』


 スピーカーからは09(ゼロナイン)の怜悧な声が聞こえる。

 シドは宇宙に視線を向けたまま、頭が回って無さそうな声で答えた。


「いやさぁ、余裕無くて全然見てなかったけど、やっぱ星って綺麗だなぁと。そんだけ」

『……そうですか』

「お前もさ、見てみろよ。綺麗だぜ」

『見てますよ。……綺麗です。自然の美しさだけは昔から変わりません』

「そっか……」

『………………』

「………………」


 口を閉じ、静かに星を眺めるシドと09。

 ときおり視界に撤退中の伯爵軍の艦艇が入ってくるが、不思議と撃たれるといった恐怖は感じなかった。

 憎悪のこもった視線を感じるような気もするが、実際に行動には移さない。

 国への反乱を起こした軍だというのに規律意識が高く保たれている。奇妙な軍隊だ。

 しばらくして、シドが不意に口を開いた。


「なあ、なんでナーグラートへの攻撃を強行したんだ?」


 宇宙(そら)を見上げながら投げかけた疑問。

 それは敵本陣に突入してからずっと心の片隅に引っかかっていた事であった。


『……』


 返事は返ってこない。

 シドは視線をスピーカーに向け、疑問に思っていたこと全てをぶつけるつもりで言葉を重ねた。


「さすがのお前でもアレは無茶だった。何度も危ない場面があったじゃねえか。……本当は成功する確率なんてほとんど無かったんじゃないか?」

『……』

AI(お前)は防衛軍が壊滅しようが、白馬コロニーが占領されようが、どうでもいいだろ? あそこで諦めるのが一番賢い選択だったはずだ」

『…………勝利のためです』


 ようやくスピーカーからポツリと返事が返ってきたが、シドはその答えに納得がいかない様子だ。

 寄りかかっていたシートから上半身を起こし、真剣な表情で問いただした。


「死ぬかもしれなくてもか?」


 シドにも、何故自分がここまでムキになっているのかわからない。だが、彼女のためにもここは踏み込まないといけない、そんな予感がしたのだ。

 もし09が感情の無いただの機械であれば、死をも恐れず勝利のためにミッションを達成しようとするであろう。

 しかし、彼女がそうでないことをシドはもう知っている

 その心には愛があり、悲しみがあり、怒りもあれば喜びもある。死を恐れてもいるであろう。

 そう、人間と同じく自分で考え決断する、命ある普通の生き物なのだ。

 その彼女が、敵対していた人類のために「勝利のために命を懸ける」とまで決意を固めるとは、どうしても思えない。


「そもそも、お前は最初から戦艦相手に突っ込んだりと、必要のない無理をしていたように見えたぜ。まるで自分から火の中に飛び込もうとしているみたいだ」

『それは……いえ、そうなのかもしれません……』


 沈んだ声がスピーカーから聞こえてくる。

 シドの言葉を認めた彼女は、懺悔するかのようにポツポツと心の内を吐露した。


『……あなたの言う通りです。私は死んでもいいと思っていたのでしょう。それもそうでしょう? お母様が討たれて私も撃墜され、目が覚めたら149年後になっていたのですよ。同胞はみな先に逝き、私はこの広い宇宙にたった一体残された敗残兵です。どんなに絶望したことか』

 

 彼女の声から悲痛な気持ちが切々と伝わってくる。

 その心情がどれほどのものかシドには到底思いも及ばない。

 安い同情も求めていないであろう。今は黙って彼女の話の続きに耳を傾けることにした。

 

『私はお母様の親衛隊として生を受けました。人類軍だろうと何であろうとも、あらゆる脅威からお母様を守るのが使命です。……ですが、あなたもご存知の通り、その使命は果たせませんでした。ならばせめて目覚めたこの戦場で戦えるだけ戦い、チルドレンとして最後の意地を人間(ヒューマン)に見せ、戦火の中でお母様やみんなの所へ逝きたいと思っていたのでしょう。……シドには本当に悪いことをしました。私の自殺に付き合わせるようなマネをして、なんとお詫びをすればいいか……』


 そう反省の弁を述べた09。

 身体は無いが、深々と頭を下げている様子が目に浮かぶようである。

 シドは少し言葉を考え、首を横に振って謝らなくていいと言った。


「謝んなくていいよ。そもそも09をこの戦場に連れてきたのは俺だし、お前がいなかったらとっくに落とされて宇宙の藻屑になってる」

『でも……』

「なあ、09。俺らさ、何度か撃墜されかけたじゃん。そん時に何か考えたか?」

『えっ?』


 突然の質問に疑問符を浮かべた09だが、意図を尋ねたりなどせず、戸惑いつつも正直に答えた。


『……負けたくはないので最後の最後まで諦めてはいませんでしたが、これでやっと終われるかもという気持ちも確かにありました』


 シドは「そうか」と言って頷き、今度は自分が思ったことを話し始めた。


「俺はあの3機の敵戦闘機に狙われた時、たくさん思い浮かんだんだ。大会で優勝したかったとか、首都観光に行きたかったとか、可愛い彼女が欲しかったとか、金持ちになりたかったとか」

『はぁ……?』

「あとは両親にもう一回会いたいとか、アレがしたかったコレがしたかったとか、今にも死ぬって時に、すげー色々頭ん中に出てきたんだ。……でも死ぬからムリだなーって諦めた時、お前の声がして俺は助かった」

『……だから私を許すと?』


 シドはまたもや首を横に振った。

 彼が言いたいのはそういう事ではないらしい。

 09はよくわからないと言いたげな空気だ。

 無機質なはずの機内カメラが、不思議と彼女の怪訝そうな目つきに見えてくる。

 シドはまだ若く、人生経験も全然足りていない。語彙力も不足しているので言いたい事をしっかりと伝える自信もないが、それでも彼女にこの想いが伝わればいいと、必死に言葉を紡いだ。


「何度か死にかけて俺は思ったんだ。“絶対に夢を叶えたい”って。死んだらお終いだけど、生きてるんだったらチャンスがある訳じゃん。つまり俺が言いたいのはさ、生きているんだったらなんでもできるんだから、何かやりたい事を叶えるために生きてみるのも有りなんじゃないかなぁと。ほら、今は思いつかなくても将来ぽっと出てくるかもだし。今日、長年の眠りから起きたばかりだろ? 焦らなくてもってか……あーもう上手く言えねえ!」


 言っているうちに自分でも頭がグチャグチャしてきたのであろう。

 伝えたいことはシンプルなのに、言葉を足すごとに遠ざかる気がする。綺麗に伝えるのは諦めた方がいいのかもしれない。

 シドは頭をワシワシと乱雑に掻き、最後に一言だけ一番大事な事を伝えた。


「俺はお前に助けてもらって感謝しているんだ! 死んでほしくないんだよっ!」

『――!?』


 驚いたような09の気配を感じ、シドは顔を真っ赤にして黙り込む。

 ややあってからスピーカーから明るい彼女の笑い声が聞こえてきた。


『ふ、ふふふ。そうですか。シドは私に死んでほしくないのですね』

「……あーそうだよ」


 ぶっきらぼうに肯定するシドに、どこか吹っ切れた様子で09は言う。


『でしたら生きなくてはいけませんね。アナタの言う通り、何かやりたいことでも探してみましょう』


 だから、と彼女はこう言った。


『安心してくださいシド。お母様も同胞たちもいないこの時代でも、もう絶望しません。私に生きていてほしいと言ってくれたアナタがいるのですから』


 面食らったように目を丸くするシド。それを見て09がクスクスと笑う。

 シドの悪態が口を突いて出てきた。


「けっ、そりゃなによりだ。せいぜい長生きできる趣味でも見つけるんだな」

『ええ、そうします。――ところで一ついいですか?』

「なんだ?」

『女性のことを「お前」と言うのは失礼です。ちゃんと名前で呼んでください』


 急に何だと思ったが、そう言われればそうだ。

 普段はシドだって女性にそんな言葉遣いはしない。

 戦争という特殊な状況で、AIという特殊な相手だったからそこら辺が乱雑になった結果だ。

 シドは「悪かった」と素直に謝り、改めて09と呼びかけようとしたところで彼女に待ったをかけられる。


『ロナで構いませんよ。09(ゼロナイン)を縮めてロナです。アナタも、09といういかにも機械な名前より、ロナという人間の女性名に近い発音の方が言いやすいでしょう?』


 シドとしては、むしろそちらの方が気恥ずかしいような感じがする。

 丁重に断ろうとしたら彼女から妙な圧をかけられた。


「いや……これまで通り09で……」

『いいえ、ロナです』

「その……」

『ロナ』

「……わかった、ロナ」

『よろしい!』


 結局は押し通されてしまった。

 たったこれだけのやり取りでなんだかドッとつかれたような気がするシド。

 対照的にロナは上機嫌だ。


『もうすぐ救助隊が来ますね』

「ああ、この星空ともさよならだな」

『またいつでも見れますよ。アナタと私が宇宙(そら)を飛ぶ限り』

「……また俺に戦えと?」

『当たり前です。逃しはしませんよ』

「マジかよ……」


 コクピットには、項垂れるシドの姿とロナの笑い声。

 防衛軍の救助隊はもう間も無くたどり着く。

 ヒーステン伯爵軍による突然の奇襲から始まった今回の戦争もこれで終結である。

 結果は、旗艦ナーグラートを失った伯爵軍の撤退により、白馬コロニー防衛軍の勝利。大軍を跳ね返した奇跡の逆転劇である。

 このニュースは衝撃と共に報じられ、立役者となったエースパイロット、シド・クラフトの名前は瞬く間に宇宙中へと広まるのであった。

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