第11話 VS アルフレッド・スカイ
間一髪で敵エースであるアルフレッドのファーストアタックをかわした09。敵との距離はやや離れたが、形勢は依然として悪い。
アルフレッド機とアドホック号のスペック差は歴然。いくら09が優れたパイロットであろうとも、模造刀で拳銃を持った相手と戦うようなものだ。位置どりが悪ければ何も出来ずに敗れてしまうだろう。
シドが焦ったように言う。
「後ろを取られるとマズイぞ!」
『わかってます!』
怒鳴り返す09。ドッグファイトで背後を取られた時の危険性は彼女も充分に理解している。
当然、逆に相手の背後を取れれば有利になる。
だが、ドン亀のようなアドホック号では最新鋭機相手にそれができない。また、できたとしても一瞬だけである。
だからこそ彼女が狙っているのは正面からの真っ向勝負だ。
機首を敵機に向けるアドホック号。しかし敵の方がワンテンポ行動が早かった。
アルフレッドは初撃が回避された後、スピードのまま突き抜け、そこから縦方向に180度Uターン。先に狙いを定めていた。
敵機がアドホック号をロックオン。両肩部分が開き、2発のミサイルが発射された。
命中すればアドホック号などひとたまりもない。
09は素早くシドへ指示を飛ばした。
『そんなミサイルなどっ! シド、機銃発射!』
「おうっ!」
09は機首のビーム機銃の照準を猛スピードで飛んでくるミサイルに合わせ、シドへトリガーを引くように指示。
『次っ!』
ビーム弾が発射された次の瞬間には照準はもう1発のミサイルに合わさっている。シドは迷わずトリガーを引いた。
ほぼ同時に2方向へと発射されたビーム弾はそれぞれミサイルを貫く。2機の間に大きな爆発が起きた。
高速戦闘中に、飛んでくる複数のミサイルを正確に撃ち落とす。まさしく人間離れした妙技である。
きっとミサイルを撃ったアルフレッドは目を丸くして驚いているだろう。
そしてそれだけで終わらす09ではない。
『隙だらけです。くらいなさい!』
機銃の照準を今度はアルフレッド機に合わせる。すかさず機銃が唸りを上げてこれでもかと弾丸を吐き出した。
タイミングも狙いも完璧。シドたちは当たると確信した。
だが、予期せぬ事が起こった。
ビーム弾がアルフレッド機に当たる直前、薄い膜のようなものに弾かれて霧散したのだ。
シドが驚きの声を上げる。
「ビームバリアぁ!? 戦闘機サイズで稼働できるなんて、どんなジェネレータ積んでんだ!?」
ビームバリアは消費エネルギーも必要出力も大きいため、通常は艦艇などの大型動力炉を積んでいる兵器に搭載されている。シドも戦闘機に搭載されているのは初めて見た。
バリアを稼働しているということは、アルフレッド機に積まれている物も相当高性能なのであろう。まさしくエース用の特別チューンである。
そして攻撃が防がれた今、今度は09が焦る番である。
『しまったっ!』
アルフレッド機のガトリング砲が今度こそアドホック号を蜂の巣にしようと狙いを定める。
09が回避運動に移ろうとするが間に合わない。
撃たれるとシドと09が覚悟したその瞬間、アルフレッド機が突如攻撃を中止して機体を大きく右へ傾け、その場から急加速で離脱した。
その行動の理由はすぐに判明する。
アルフレッド機を追いかけて5、6発のミサイルがシドたちの前を横切ったのだ。味方からの援護射撃である。
アドホック号の窮地に駆けつけたのは4機の戦闘機だ。編隊を組んで飛行している。
その味方機の中の1機から通信が入ってくる。モニターに30代くらいの軍人男性が映った。
『危なかったな。こちらは防衛軍第6飛行隊、ブラボー小隊だ。司令本部からの指示で来た。これよりそちらを援護――うおっ!?』
言葉を言い切る前に映像が大きく乱れた。強い衝撃を受け、向こうの機体が激しく振動したようだ。
シドが「なんだ!?」と狼狽すると、レーダーと望遠カメラを確認した09が状況を説明する。
『ミサイルに追尾されていた敵機がワープで回避。ブラボー小隊の横5キロメートル地点にワープアウトしてガトリング砲を斉射しました。全機被弾、内2機が撃墜され、残りも損傷がひどく、戦闘継続は困難です……』
「そんな……」
せっかく味方が救援に来てくれたのに、瞬く間にやられてしまった。
シドは呆然とした表情でモニターを見る。
男性は苦々しそうな顔をしていた。
『くそっ、動きやがらねえ! 悪いな。助けに来たつもりが、何の力にもなれなかった。俺は脱出する。健闘を祈るぜ、パッチワークの兄ちゃん』
そう言って通信が切れる。
アルフレッドは再びこちらを狙ってくるであろう。シドの心の中には暗雲が垂れ込めていた。
もう2回も危うい所で命を拾っている。
「二度あることは三度ある」と言うが、次も助かると思えるほどシドは楽観的ではない。
(またアイツが来る……)
怖気が走り、身体がぶるりと震えた。
死の恐怖に苛まれる中、シドが唯一の頼みの綱である09へと意識を向けると、彼女が何やら思案していることに気がついた。
「09……?」
『おかしい……なぜ側面にワープアウトを? 背後を取るのが定石のはず……。初撃も下からとはいえ前方。もしや背後にワープアウトできない……いえ、しない?』
ブツブツと呟く09。
アルフレッドがなぜ敵の背後にワープアウトしないのか、その理由を考えているようだ。
『背後から攻撃しない……生真面目そうな性格……名乗り……そして“騎士”。そんなまさか……でもこの時代ならあり得る……?』
なにかピンときたらしい。
本当にこの理由で正しいのか確認するため、09はシドに質問をした。
『シド、一つ尋ねますが、地球時代に打ち捨てられた「騎士道精神」なるカビの生えた言葉は現代にまだありますか?』
「へ? 騎士道精神? いや、普通にあるぞ」
『ありがとうございます。やはりそうでしたか。……つくづく未来だか過去だかわからない世界ですね』
「おい、何の話だ? 俺にも説明しろ」
『わかりました』
09はアルフレッドがなぜ敵の背後にワープアウトしないか、その仮説を説明する。
『あのアルフレッドとかいう小癪な男は騎士としての規範に則り戦闘しているのだと考えられます。勇気と名誉を重んじ、決して背後からは攻撃しない。そんな縛りを自分に課しているのでしょう。戦場で随分とふざけた話です』
「なるほど」
言われてみればシドも納得できる節がある。
因みにこれはまだ09が知らない事柄だが、AIに対する忌避感が強まっているこの時代では、「人間らしさ」が重要な徳目となっている。
機械的な考え方より、やや非効率的でも人間的な温かさを感じる行動の方が尊ばれるのである。
なのでシドとしてはアルフレッドが騎士道を遵守していても奇異には感じない。09の手前口にしないが、むしろ尊敬の念を覚えたくらいである。
とはいえ負けていいわけではない。
それに、相手の行動指針がわかっても、まだ問題は何一つ解決していない。
正面切っての戦闘でも追い込まれているのだ。ワープアウト先の候補が減ったからといって勝てるとは思えない。
どうするのかシドが09に尋ねようとしたその時、再び通信が入った。
相手はそのアルフレッド・スカイである。モニターに彼の顔が表示された。
『ツギハギの傭兵。貴公の卓越した判断力と操縦技術には心底感服した。名も無き傭兵として葬るにはあまりにも惜しい。決着をつける前にぜひ名前を聞いておきたい。応答を求む』
どうやら改めて名前を尋ねているらしい。
ワープ攻撃を回避したりミサイルを撃ち落としたのがよほど衝撃的だったようだ。
そしてこれも騎士として強者への礼節を示しているのだろう。
若く輝く彼の瞳には獲物を甚振るような色は無く、どこまでも真摯で真っ直ぐな眼差しをしていた。
「……応答するか?」
シドが伺うようにコクピット上部を見ると、09から肯定が返ってきた。
彼女はアルフレッドとの会話で時間稼ぎをしたいらしい。
『はい、お願いします。回線を開くので、少し相手と話をしてください。その間に私は勝つための道筋を考えます』
「わかった。繋いでくれ」
だとすればシドも腹を括るしかない。
覚悟を決めて正面に顔を向ける。表情はひどく強張っていたが、一般人が敵の軍人と喋ろうというのだ、泣いてないだけ上出来である。
回線が開くとアルフレッドが驚いたような顔をする。どうやらシドが自分と同年代だとわかってビックリしたようだ。
『驚いた……若かったのだな。いや、失礼した。改めて名乗ろう。ヒーステン伯爵家が騎士、アルフレッド・スカイだ』
「知ってるぜ、《ヒーステンの若駒》とか呼ばれてるんだろ?」
緊張で喉がカラカラになりながらも、シドはつっかえずに返事をした。
せめてもの抵抗で、ちょっと偉そうな口調だ。
『ああ、恥ずかしながらそう呼ばれている。ところで名前を聞いても?』
「……シド・ワークスだ」
『そうか、感謝する! 先程も言ったが、貴公の操縦技術は嫉妬を覚えるほど素晴らしい。……それ故に疑問だ。何故そのような機体で出撃を?』
「……うるせえ」
何故かと聞かれたら自分がバカだったからとしか答えようがない。もしくは「お前らが最悪のタイミングで攻めてくるからだろうが」だろうか。
どちらも言う気の無いシドは短く吐き捨てて黙った。
その頑なな態度に、アルフレッドも深く尋ねるのを諦めたようだ。
『まあいい。貴公にも理由があるのだろう。だが、それが私たちの勝敗を分ける全てだ。技量の差は圧倒的な機体性能の差でカバーさせてもらう』
「ちっ……」
悔しいがアルフレッドの言う通りだ。せめて普通の機体だったらと思うが、今さらどうしようもないことである。
アルフレッドは口惜しそうなシドに対し、強い意志を感じさせる口調でこう言った。
『次が最後のアタックになるだろう。駄馬に跨ったのが運の尽きだ。貴公に敬意を表し、《若駒》と呼ばれる私の全霊の一撃でぶつからせてもらおう。――いざ、覚悟!』
アルフレッドの言葉が終わると同時に通信が切れ、敵機のブースターが火を吹く。ワープの前準備だ。ここからスピードが最大になった時、機体がワープする。
シドが何か言う前に09の言葉がコクピット内にこだました。
『シド、相手のワープアウトに合わせてミサイルをぶつけます! 無茶をしますので、歯を食いしばりなさい!』
「はあっ!?」
『成功するかは賭けですが、勝算はあります! 時間がありません。ピッチアップします!』
「うわっ!」
シドが彼女の言っている言葉の内容を理解するより先に事態は動いていく。
最高速まで加速したアルフレッド機が発光し、ワープする。
それよりも数瞬早くアドホック号の操縦桿が思いっきり手前に引かれ、09の言った通り無茶な機動で機首が上に上がった。
いよいよ負荷に耐えられなくなったのであろう。機体内部からベキンと割れる音が聞こえてくる。
09が感情をむき出しにして吠えた。
『例え駄馬を駆ろうとも、誇り高きマザー親衛隊の名に懸けて、私は貴様のような駆け出しの仔馬などに負けるわけにはいかないのですっ!!』
跳ね上がるような勢いで機首を上げていくアドホック号。
高速で上へと流れていく視界。シドは指が痛くなるほど操縦桿を握りしめて意識が飛ばないよう耐える。
上がった機首のちょうど真っ直ぐ先に光が見えるや否や、09の指示が飛んだ。
『2発連射、今っ!!』
09はミサイルを連射するように言った。
照準は光った先、今まさにアルフレッド機がワープアウトする場所である。
「――ッ!!」
強烈なGに耐えながらも、もてる反射神経の限界速度でボタンを素早く2回押し込むシド。
放たれたミサイルは一直線に目標へ飛んでいく。
『賭けは私の勝ちです』
アルフレッド機がワープアウトし、パイロットが高速で飛んでくるミサイルを認識した時にはもう遅い。
2発のミサイルは無防備なアルフレッド機に直撃し、宇宙を照らすような大爆発を起こした。
「勝った……のか?」
その頃になってようやく一連の流れが理解できたシドが信じられないといった顔で説明を求めた。
「おい……どうやってワープアウト先がわかったんだよ? どんな魔法だ?」
『魔法ではありません。相手の性格を分析して推論を立て、それが当たっていたというだけです』
「推論?」
『はい。まず先に答えを言うと、相手がやろうとしていたのは古の戦場で活躍した騎兵の必殺技、坂を駆け下りながらの騎馬突撃です』
「ああ、だから上を」
『ええ、そうです。騎士かぶれが考えそうな攻撃でしょう? そして相手の性格から正々堂々の真っ向勝負を仕掛けてくると考え、左右の選択肢を捨てて正面に狙いを絞りました』
それでもやはりアルフレッドが正面上から来るという絶対の確証は無い。「賭け」と言っていたのはそこであろう。
しかし結果はこの通りである。
『他の方向から来ていたら負けていたのは私たちです。敵が愚直な性格をしていて助かりました。これで残りの障害は――シド、見てください!』
「マジか、嘘だろっ!?」
突然09が緊張した声を出した。
シドが慌ててモニターを見ると、そこには爆炎の中から姿を表す、アルフレッド機が映っていた。
流石に無傷ではない。
機体は半壊し、片翼が欠けている。だが、まだ反撃しようとすれば可能であろう。
驚くほど堅固な装甲である。これもエース機としての特別チューンなのであろう。
09が急いでミサイルをロックオンする。
『この私としたことが耐久性を見誤りました。シド、トドメのミサイルを――いえ、やめましょう』
「どうした?」
発射ボタンに指がかかった所でロックオンが解除される。
シドが理由を尋ねると、09が悔しそうに言った。
『敵パイロットが脱出したのを確認しました。くっ、仕留め損ねるとは……』
望遠カメラで見ると、確かにコクピットからパイロットスーツ姿で射出されたアルフレッドが映されていた。
シドは戦争における細かい協定だの条約だのは知らないが、この状態の敵兵を撃つのはどうしても躊躇われるし、後々問題になりそうだと考えてしまう。
それより意外なのは、09がそういった人間同士の取り決めに考えを巡らしたことであった。
(一応はルール守る気があるんだな、こいつ)
人知れず感心していると、09が諦めたように言った。
『私に冷や汗をかかせた忌々しい敵エースを葬れなかったのは残念ですが、切り替えていきましょう。我々には達成すべきミッションがあります』
「ああ、そうだな」
敵の旗艦ナーグラートの破壊である。
ここはもう敵本陣すぐ近く。ここからが本番と言ってもいいであろう。
『ところでシド。一つ言っておくべき事があります』
「なんだ、改まって?」
急にそんなことを言ってきた09。シドはなんだか嫌な予感がした。
そしてその予感は的中する。
『実は先程のピッチアップで機体内部が一部壊れました。特に問題なのはエネルギータンクです。亀裂が入り、どんどん燃料が漏れています。(強い衝撃を受けなければ)爆発の危険はありませんが、あと10分ほどでエネルギーが枯渇します』
「はっ?」
唖然とするシドを無視して、09は強引に話を進めた。
『全体の戦況を見るに、修理に戻る時間はありません。なのでナーグラートへ直行します。いいですね?』
「ちょっ――」
ちょっと待てよ、という言葉を言う前にスロットルレバーが動き出す。
加速するアドホック号は、シドの叫び声と共に敵本陣へと突っ込んでいくのであった。




