第10話 騎士参上
敵と味方が激しく交差する大乱戦の様相を呈している白馬コロニー防衛戦。
シドと09のアドホック号は、敵の旗艦である重級戦艦ナーグラートを光子魚雷で撃沈するため、真っ直ぐ敵本隊の中央部を目指している。
機体を動かす09は、いち早くターゲットであるナーグラートへと辿り着くため、思考回路をフル稼働させて最適なルートを模索していた。
一か八かの賭けにでて全面攻勢を仕掛ける防衛軍と、それを迎え撃つ伯爵軍。両者が死力を尽くしてぶつかる激戦の最中である最前線。そこを無傷で(アドホック号が被弾に耐えられない為)抜けるのは09といえども難しいらしく、かなり苦戦をしていた。
なかなか思うようには進めない要因としては、敵は味方の3倍は数が多いこともあるが、一番はアドホック号の機体スペックの低さがあるようだ。単純にスピードが遅く、小回りのききが悪い。低品質のパーツばかり使っているからだ。
09もイライラし、コクピット内のシドに何度も「物はちゃんと選びなさい」と文句を垂れていた。
しかし、もう間も無く突破できそうである。
アドホック号の前方にいるのは2隻の敵駆逐艦と複数の敵戦闘機。
彼らを抜いたその先すぐが敵艦隊が旗艦ナーグラートを中心に陣を構える伯爵軍第6艦隊本隊になる。
そこからが本番だが、まずは第一の関門をクリアといったところである。
アドホック号は途中、襲いかかってくる敵の戦闘機をもう4機ほどは落としている。09としては残りの敵は友軍に任せ、敵本隊に集中したいようだ。
操縦桿がやや右に傾き、アドホック号が進路を変える。
『前方にいる、巡洋艦2隻と戦闘機10機は友軍に押し付けます。2時方向に進路変更。味方戦闘機小隊の後ろを通って先へ行きますよ』
「ああ、わかった」
『ここからが正念場です。一気に敵艦隊へと突入しま――っ、真っ直ぐに来る!? 私たちが狙いですかっ!』
「どうした09?」
敵艦隊へと突入しようとした矢先、突然09が驚きの声を上げた。何者かがアドホック号へと向かってくるのだと言う。
シドがどうしたのかと問うと同時に、司令本部から通信が入る。
スピーカーから本部の女性オペレーターの緊迫した声が聞こえてきた。
『敵エース機が急速で接近中! ワークスさん、気をつけてください!』
「エースぅ!?」
ひっくり返った声で叫び、即座にレーダーへと目を向けたシド。そこにはオペレーターが言うように高速でこちらへと向かってくる機影が表示されていた。
スピーカーから今度は09の苛立たしげな声が流れてくる。
『そのオペレーターの言う通りです。敵艦ナーグラートより発進後、一般機とは段違いの速度で脇目も振らずこちらに来ます。どうやら最初から私たちを狙っていたみたいですね。この機体で相手をしなければならないのは手間ですが、仕方ありませんか……』
「マジかよ、敵のエースと戦うってのか!? それこそ味方に任せて、俺たちは先に行った方がいいんじゃないのか……?」
エースと聞いて及び腰のシドを09が一喝する。
『振り切ろうにも敵機の方が速いので追いつかれます。時間もありません。ここは正面から返り討ちにしましょう。この私を標的にしたこと、後悔させてやります。シド、あなたも覚悟を決めなさい』
「お、おう……!」
完全に標的にされている以上、無視はできない。下手に逃げて背後を取られる方が最悪だ。
闘志を漲らせる09と青褪めた顔のシド。彼らは敵のエースと戦うことを決意する。
望遠カメラで捉えた敵機の姿がモニターに表示された。
「はっ? 何だこいつの装備は?」
戸惑いの声を上げるシド。
映し出されたのは、シドも知っている王国製の最新鋭機だが、目を引くのはその純白に赤のラインが入ったカラーリングと、機首と両翼から下げられた3門の大型ガトリング砲である。
ただグチャグチャなだけのアドホック号とは対照的に、無骨ながらも洗練されたフォルムの機体である。
09は冷静に敵機を分析する。
『あのガトリング砲ですが、見たところビームではなく実弾を発射するタイプですね。ビームバリア対策でしょう。対戦艦を想定した兵装だと思われます』
「バリバリ大物狙いじゃねえか。俺たちを相手にしてないで、他に行ってくれよぉ」
泣き言を口にするシド。だが、この機体に見覚えがあることに気がついた。
将来ゲームに登場しそうな物は覚えておくようにしているらしい。
シドはモニターをよく見て、記憶を探りながら思い出す。
「あれ? この機体、ニュースで見たことある気がするな。確かつい最近どっかで活躍した、《ヒーステンの若駒》とかって呼ばれているパイロットが乗ってたような……? 名前が……えっと……」
『名前など、どうでもいいです。他に何か覚えていますか?』
「他? 他は普通の高性能機体のはずだ。詳細が一般公開されている訳じゃないから大体のことしか知らんけど――」
シドが続きを言おうとした瞬間、アドホック号に通信が入る。
発信元はなんと敵のエース機から。オープンチャンネルでの呼びかけである。
アドホック号のモニターにシドと同じくらいの年齢の若い男性が映った。
甘いマスクの顔立ちをした金髪の美青年だ。笑顔を振りまけば数多くの女性を恋に落とせそうな顔だが、戦闘中の今は使命感に満ちた精悍な顔つきをしている。
青年は真っ直ぐとした目で言った。
『見つけたぞ、ツギハギの傭兵! 友軍から報告は受けている。この先へは、この私、ヒーステン伯爵家が騎士、アルフレッド・スカイが絶対に通さない!』
軍人らしいハキハキとした喋り方である。
因みに、この通信は映像も音声も一方通行である。アルフレッド側からはアドホック号のコクピット内は全く映っていない。
だから09は遠慮なく言い切った。
『まさか戦争中に敵と通信回線を開いて名乗りを上げる、たわけ者が存在するとは思いませんでした。呆れ果てて言葉もありません』
09としてはとても信じられない行動。やっていて恥ずかしくないのかと敵ながら心配になるくらいである。
だが、その言葉に「えっ?」とシドが首を傾げた。
僅かな沈黙の後、09が恐る恐るといった様子で確認する。
『……もしかして、この時代では中世の戦場のごとく名乗りを上げるのですか? あの男の頭のネジが緩んでいるわけではなく?』
シドはあっけらかんと答えた。
「まあ……騎士だし、名乗るんじゃね? そういうもんだし。あー……昔はいなかったんだっけ?」
『いる訳ないでしょう、そんな時代錯誤な存在!』
大声の否定で音割れするスピーカーに、シドが思わず耳を押さえる。
09はさらに質問を重ねる。シドは痛がりながらもそれに答えた。
『それと「騎士」とは何ですか? 階級でしょうか? それとも称号ですか?』
「いてて、騎士ってのは領主様が特別に活躍した部下にやる称号だよ。めったに貰えないらしいから、スゲェんじゃねえの? 詳しくは自分で調べろ」
『要は“とても強いエース”だと。わかりました、それで十分です』
耳を押さえながら答えるシド。
彼は大雑把に説明したが、事実、規模の大きい伯爵家でも10名ほどしか与えられていない称号なのでとても珍しい。
なお、軍内の階級とは別なのでアルフレッド自体は少尉である。
そしてその〈騎士〉であるが、名乗りを上げてからずっと沈黙していたのだが、おもむろに口を開いた。
『……返答は無いようだな。では名も無き傭兵よ、覚悟!』
そう言って通信が切れる。
どうやら律儀にシドからの返答を待って回線を繋いでいたようである。真面目な性格なのかもしれない。
『シド、敵機が加速しました。距離を詰めてきます』
09に言われてモニターを見る。
望遠カメラに映るアルフレッド機のブースターが全開となり、一気にそのスピードを跳ね上げていた。
曲がることなど考えていないかのような急激な加速。機体が軋みをあげ、シドの目にはブレたように見えた。
(――ヤバい!!)
それを見た瞬間、シドの脳内に最大級の警戒音が鳴り響く。
この急加速は、ゲームで何度も見た挙動だ。敵がやってきたこともあるし、自分もやったことがある。
子供でも知っている有名な攻撃方法。しかも、大元の技術はマザー率いるAI軍が開発し、戦闘などに使用していたはずだ。
なのに何故か平然としている09。気づいているなら、あり得ない呑気さである。
(もしかして、コイツ気づいてないのか?!)
心臓がキュッと縮まったかのような恐怖を覚え、シドの全身からブワッと汗が吹き出す。
『フルブーストからの正面突撃? 小細工など不要だとでも? この私を侮りましたね。面白い、返り討ちに――』
「違うっ!!」
喉が枯れんばかりの勢いでシドが叫んだ。
「ワープだッッッ!!」
『なっ!?』
次の瞬間、望遠カメラからアルフレッド機の姿が発光と共に消え、1秒にも満たない時間でアドホック号の近くにワープアウトした。
現れたのはアドホック号の左側下方5キロメートル地点。
ガトリング砲の照準がピタリとアドホック号に合っていた。
『くうううううゥゥゥッッッ!!』
初めて聞く09の焦った声。彼女は人間の限界を遥かに超えるAIの反射速度で機体を動かす。
シドがアルフレッド機の位置を認識した時にはもう操縦桿が限界まで左に傾いている。
翼がもげるのではないかという勢いで機体が左に傾き、何かの機器がピーピーと異常を知らせる音を鳴らす。
どこかのパーツからミシリと嫌な音も聞こえる気がする。
「ぐへぇ!」
シートベルトが食い込むほどの圧がシドの身体に襲いかかる。肺から空気が押し出され、潰されたカエルのような声が出た。
コクピット内に鳴り響くロックオンアラート。敵機の3門のガトリング砲が火を吹いた。
『避けなさい、このポンコツゥゥゥ!!』
09はなりふり構わず叫んだ。
毎秒100発を超える弾丸がアドホック号を貫こうとする。一発でも命中すればお終いだ。
高速で弾丸の軌道を演算し、ブースター、姿勢制御装置、使える全ての手段を駆使して、ほんの僅かでも当たりにくいように機体を動かす。
シドの警告で初動が早かったのも幸いした。それが無ければ絶対に間に合ってはいない。
奇跡と言ってもいいだろう。弾丸はギリギリ、本当にギリギリ紙一重でアドホック号の腹の先を掠めて行った。
大きくそのまま左へ旋回するアドホック号。
対するアルフレッド機はブーストの勢いそのまま通り過ぎる。初撃が回避されるとは思っていなかったのか、追撃もない。
互いに距離が離れる。初交差はアドホック号が奇跡的に命を拾った形だ。
『生まれて初めて冷や汗をかかされました。あのような青二才に……屈辱です……っ」
AIが汗をかくかはともかくとして、アルフレッドのような若手パイロットに撃墜されかけ、さしもの09も声に悔しさが滲んでいた。
半分意識が飛びかけていたシドも、咳き込みながら復活する。
「ゴホッゴホッ、あー……死んだかと思った……。大丈夫か、09。機体とかどこか壊れてないよな?」
『どこも壊れていません。全弾回避しました。それよりもシド』
「ん?」
被弾していないかと確認すると、問題無いと返ってきた。
だが、その声がどこか低くて怖い。
シドは09から、なんだかもの凄い圧を感じるような気がした。
彼女は淡々とした口調で続ける。
『まさか有人ワープが実現しているとは、心底驚きました。ワープは無機物であるAIの専売特許だったのですが、さすが249年後、目を見張るほどの技術革新です』
「お、おう……」
絶対に怒っている。
今度はシドの背中に冷や汗が流れた。
『一般機は使っていませんでしたので、おそらくエース機のみの装備なのでしょうが――知っていましたね?』
断言する09。
知っているに決まっている。そもそも知らなければワープだと警告などできない。
シドはビクビクしながら答えた。
「あ、ああ。確か、50年くらい前からだったかな? そんくらいから付いてるぞ」
『このトンマッ!! そういう大事なことは早く言いなさいっ!!』
再び音割れするほどの勢いで鳴り響くスピーカー。
シドの耳は今度こそ吹っ飛んだかもしれない。
 




