祠の村
アルベルト領を発ち、王都への帰路を進んでいたエリナとルークは、小高い丘の上にある村に立ち寄った。村の入り口には、風雨にさらされ苔むした古い祠が立っている。
「こんな場所に祠があるのね。」
エリナが呟くと、ルークはわざとらしく肩をすくめた。
「田舎の村ってのはこういうもんだろ。」
「でも……少し変ね。」
エリナは祠に視線を向けたまま、何かに引き寄せられるように近づいていく。
◆
村長の話によれば、最近、夜になると祠から「泣き声」が聞こえるという。
「姿は見えないが、確かに子供のような声が響くんです。」
「それで祠を調べたんですか?」
エリナが尋ねると、村長は首を振った。
「いいえ……祠に近づく者は皆、数日以内に高熱を出して倒れてしまうんです。」
「それでほったらかしかよ。」
ルークが呆れたように腕を組む。
「仕方ないわ。恐怖は人を動けなくするものよ。それより、また「子どもの声」が鍵となって事件が起こっているのが気になるわ。」
一瞬考え込んだ後、エリナは村長に微笑んだ。
「今夜私たちが調べてみます。」
「最近は「聖女さま」も板についちゃって……。」
ルークがぼやいたが、エリナの表情を見て諦めたようにため息をついた。
◆
夜が訪れ、エリナたちは祠の前に立っていた。
「夜になると一層雰囲気出るな...」
ルークが剣を背に背負い、彼女の隣に立つ。
「怖いの?」
「は? そんなわけねぇだろ。」
「でも一緒に来たのね。」
エリナが微笑むと、ルークは鼻を鳴らした。
「エリナ様を守るのが俺の役目だからな。」
「ありがとう、ルーク。」
「……礼を言うくらいなら、さっさと終わらせろよ。生憎たたっきることができない、心霊系は得意じゃないからな...」
◆
「……ひっく……ひっく……。」
夜の静寂を破るように、子供の泣き声が響いた。
エリナはすぐに祠に向かって魔力を放つ。
「浄化の魔法、展開。」
柔らかな光が祠を包み込むが、声は止まらない。
「反応がないわ。」
「言っただろ、こういうのは厄介なんだよ。」
ルークが前に出て、祠の扉に手をかける。
「待って。」
エリナが彼の腕を掴んだ。
「封印されてる可能性があるわ。無理に開けると危険よ。」
「うーん。なら、どうするんだよ。」
エリナはしばらく考え込んだ後、小さく頷いた。
「直接、中を視るしかないわ。」
「おい、それって——」
「魔法で中を覗くだけよ。大丈夫。」
ルークは不機嫌そうに腕を組んだが、何も言わず見守ることにした。
◆
エリナは魔法陣を描き、ゆっくりと目を閉じる。
すると、視界の先に淡く光る何かが映し出された。
「……人形?」
祠の中に置かれていたのは、泥まみれの人形だった。
「子供の声はこの人形から……?」
エリナが目を開けると、ルークが怪訝そうに顔を近づけてきた。
「なんだった?」
「中に古い人形があったの。どうやらそれが声の正体かもしれないわ。」
「人形が声を出すって……おいおい、そんなホラーな話はやめろ。」
「でも、それなら浄化の魔法で反応があるはずなのに。」
「だろうな。ってことは、誰かが仕掛けたんじゃねぇか?」
「可能性はあるわね。」
◆
翌日、エリナは村長を呼び、人形について尋ねた。
「その人形……昔、村で行方不明になった子供のものに似ています。」
「行方不明?」
「20年ほど前のことです。当時の村長が祠を壊そうとした際、子供が突然消えたんです。」
「なるほどね。」
エリナは人形を手に取り、再び浄化の魔法をかける。
——ピキッ。
人形が小さくひび割れ、ぼんやりと光が立ち上った。
光の中からは、あどけない子供の姿が現れる。
「僕を見つけてくれてありがとう、お姉ちゃん。」
その声と共に、子供の姿は消えていった。
◆
「なんだったんだ、結局。」
ルークが肩をすくめる。
「祠に封じられた子供の魂が、人形に宿っていたのでしょう。」
「幽霊ってわけか。」
「ええ。でも、もう安心よ。」
エリナが微笑むと、村人たちは深々と頭を下げた。
「聖女様、本当にありがとうございました。」
「ま、これで一件落着ってわけだな。」
ルークは背伸びをしながら、エリナにちらりと視線を向ける。
「井戸の時といい、お前って意外と、こういうの得意だよな。」
「ふふ、褒めてくれるの?」
「私の主人は、聖女で努力家で献身的で勇敢です」
普段は茶化すようなルークが突然、エリナの目を見据えて敬語で答える。
エリナが驚いて何も言えずに、沈黙が2人の間に落ちた。
「なんてな」
ルークが肩をすくめて笑う。
「もう……。」
なぜか少し早くなった鼓動を抑え、エリナは笑みを返した。
穏やかな夜風が村を包み、彼らの背中をそっと押していった。




