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魔物憑き 後編


アルベルト領に入ってから三週間が経とうとしていた。


「また……ダメだった。」


エリナは患者の寝台の前で膝をついた。魔物憑きに侵された村人が、静かに息を引き取る。


「……申し訳ありません。」


その言葉をどれだけ繰り返しただろう。


「聖女様……これ以上は……。」


村長が申し訳なさそうに声をかける。


「いいえ、まだできることがあるはずです。」


エリナはゆっくりと立ち上がった。


だが、その心の奥底には焦りと恐れが渦巻いていた。


(このままでは、すべての人を救えない……。)


ルークが王都へ報告に行き、不在の間に、次々と患者が運ばれてきては命を落とす日々。

一人で抱えるには、あまりにも荷が重かった。



夜、村の広場に座り込んだエリナは、暗闇を見つめていた。


「どうして……私にはこれしかできないの。」


目を閉じれば、王宮で過ごしていた日々が浮かぶ。

婚約者であるアルベルト王太子にふさわしい妃になれるよう、必死に努力してきた。


「私は……聖女じゃない。」


妃教育の中で気づいた自らの“限界”。

人より努力を重ねても、求めるものには届かないことを痛感していた。


「それでも……諦めるわけにはいかない。」


村を救えなければ、多くの命が失われる。


その時、月明かりの下に立つ一人の少女の姿が目に映った。


「……あなた、魔物に侵されているの?」


少女は静かに頷いた。


「お母さんを助けに来たら、私も病気になっちゃった。」


「なんてこと……。」


エリナは胸が締め付けられるのを感じながら、その子を抱き寄せた。


「助けて……聖女様。」


エリナの腕の中で少女がか細く呟く。


「──ええ、任せて。」


涙を拭い、立ち上がるエリナの瞳に迷いはなかった。



翌朝、村の中央にある泉の前で、エリナは両手を組んだ。


「光よ……すべてを祓いたまえ。」


ゆっくりと魔力を込めると、淡い光が泉に広がっていく。対外と循環させる魔力ではなく、体内にある有限かつ生命とも直結している魔力を使って行使した、禁術とも言えるる手札である。


「この水を村中に届けてください。今までの聖水より効果が高いはずです」


「聖女様……。」


村人たちが感謝の声をあげる。


しかし、その時だった。


「聖女様!村の北に新たな魔物憑きが!」


「また……?」


エリナはすぐに駆けつけた。


寝台に横たわるのは、少女の母親だった。黒い紋様が肌を覆い、息も絶え絶えだ。


「お願いです、母を助けてください……。」


少女の震える声が耳に響く。


(もう誰も失いたくない──!)


「光よ──我が道を照らしたまえ!」


その瞬間、広場全体が金色に輝いた。


「えっ……?」


エリナ自身が驚いた。


眩い光が少女の母親を包み込み、黒い紋様が一気に消えていく。


「母さん!」


少女が母親に駆け寄り、抱きつく。


「エリナ様、なんて……なんてすごい力だ。」


村人たちは驚きと感謝の声をあげた。


しかし、エリナはその場に膝をつき、手を震わせていた。


(なぜ……? ルークがいないのに……。)


「私は……聖女なの?」


その疑問が浮かび上がる。

険しい顔で考え込みながら立ち上がると、少女と母親の笑顔が目に飛び込んできた。


「ありがとう、聖女様。」


その言葉に、エリナはようやく微笑んだ。


「聖女であろうとなかろうと、私は救える人を救うだけ。」


光をまといながら、エリナは静かに呟いた。

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