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魔物憑き


夜の静寂を切り裂くように、遠くで悲鳴が響いた。


エリナは反射的に立ち上がり、声がした方向へと駆け出す。


「ルークは……村長宅にいるわね。」


ルークは村の領主との打ち合わせのため、別行動をとっていた。普段なら護衛のルークが離れることはないが、村の病状について話し合う必要があったため、仕方がなかった。


エリナは胸に手を当て、魔力を静かに練る。


「私だけで……なんとかしないと。」


息を整え、路地裏に入った瞬間。


「――ッ!」


目の前に立っていたのは、漆黒の影を纏った獣。眼だけが爛々と赤く光り、ゆっくりとエリナへとにじり寄る。


「やはり、魔物憑き……。」


村で流行っている奇病の正体がこれだ。

「影呑み病」は、魔物の瘴気が人間の体内に侵入し、ゆっくりと精神と肉体を蝕む病である。患者の体内には微細な魔物が棲みつき、健康な魔力を少しずつ吸収して成長する。病状が進行すると、患者自身が魔物を宿す「魔物憑き」となり、自我を失って暴走する危険性がある。


進行した影呑み病の特徴は、病人から魔物の気配がすること。


そして、進行が進んだ魔物憑きの病状は、聖女由来の魔力でしか治せない。

昼間の治癒で懸念していた通り、エリナの手には負えない、絶望的な状況だ。


「退きなさい。ここは通さないわよ。」


エリナが手を翳し、一縷の望みを託して治癒魔法を放つ。淡い光が獣を包み込むように降り注ぐ。

重度の病が相手だからだろうか、その光はいつもより弱々しかった。


「...やっぱりダメね......」


獣は一瞬怯んだが、すぐに再びエリナに向かって飛びかかってくる。


「くっ……!」


エリナは咄嗟に身を翻し、地面を転がる。


「こうなったら村人に被害が出る前に始末するしか...」


エリナが攻撃魔法を放とうとしたその時――。


「下がれ、エリナ!」


鋭い声が闇を切り裂いた。


「ルーク!」


銀の剣を手にしたルークが、素早くエリナと獣の間に割って入る。


「待たせたな。」


ルークは獣を一睨みすると、剣を構えたままわずかにエリナを振り返った。


「無茶しすぎだ。」


「私が村を守らないと……。」


「勇ましいお姫様だ。」


ルークは溜息をつきつつ、前へ進み出る。


「行くぞ。」


エリナは頷き、再び魔法を発動した。


「……あれ?」


さっきとは違う、はっきりとした白銀の光が現れる。まるで太陽のように輝くその光が獣を包み込み、静かに消し去った。


「さすがだな。」


ルークが剣を納め、周囲を見渡す。


エリナは黙って自分の手元を見つめた。


「ルーク……。」


「ん?」


「私、さっき一人で戦った時、魔法がほとんど効かなかったの。でも、あなたが来た途端、こんなに力が出るなんて……。」


「新手の告白か?」


ルークは茶化すように返したが、エリナは考えこんだままだ。


「これは偶然なのかしら。」


ルークは言葉を遮るように、エリナの頭を優しく撫でた。


「深く考えるな。戦闘で魔力を消耗して疲れただよう。今は休め。」


「でも……。」


「考えすぎだ。」


エリナはしぶしぶ頷いたが、その違和感は胸に残り続けた。


(あの光……ルークといる時だけ強くなる……。)


エリナはその考えを口にすることなく、ただ夜空を見上げた。

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