リリアーナ
薄暗い宮殿の一角、誰も近づかない一室。
ルークは重厚な扉を開けて中に足を踏み入れた。そこにはリリアーナが立っていた。豪奢なドレスを纏い、微笑みを浮かべている彼女は、しかしその眼差しの奥に冷酷な光を宿している。
「レディーの部屋にアポイントもなしに乗り込むなんて、ずいぶん焦ってるのね、黒騎士様。」
「余裕だな。魔物憑きが広まっている間に、のんびりと茶でも飲んでいたのか?」
ルークは冷ややかに言い放ちながら扉を閉め、部屋の中心まで歩み寄る。リリアーナの微笑みは消えないが、その目が鋭く細められる。
「何の用かしら? あなたがこんな場所に来るなんて、珍しいこと。」
「単刀直入に聞く。お前が魔物憑きを広めているって証拠は揃ってる。」
リリアーナは顔色一つ変えずに微笑を保つ。「まあ、大胆な推測ね。証拠と言ったけど、それを私が信じるとでも?」
「信じなくてもいい。だが、お前のやったことはすでに明らかだ。俺が動けば、お前の地位なんて一瞬で吹き飛ぶぞ。」
ルークの低い声には確かな威圧感があり、リリアーナの微笑みがわずかに揺らいだ。そして、ふっと肩をすくめ、椅子に腰を下ろした。
「何がお望みなの?」
「解毒薬だ。」
リリアーナの目がわずかに見開かれる。
「解毒薬?」
「ああ、お前が魔物憑きを広めるために動いている以上、それに対抗する手段を持っているはずだ。」
リリアーナはしばらく黙ったままルークを見つめていたが、やがて静かに笑い始めた。
「解毒薬……ね。ふふ、やっぱりあなたも、王家と同じ。使えるものなら何でも利用するつもりなのね。」
「言い逃れはいい。」ルークは低く一喝する。「エリナが倒れたんだ。解毒薬があるなら渡せ。」
その名前を聞いた瞬間、リリアーナの笑みが消えた。代わりに深い怒りがその顔に浮かぶ。
「エリナ? あの苦労知らずの女のために私に頭を下げに来たの?」
「エリナだけじゃない。」ルークは一歩前に踏み出す。「お前のせいでどれだけの人間が苦しんでいると思っている?」
リリアーナは立ち上がり、ルークを鋭く睨みつけた。「苦しんでいるのは私の方よ!」
彼女の声が震える。拳を握りしめたその姿は、どこか悲痛だった。
「私の家族は魔物憑きに取り憑かれたの。父も、母も、妹も……みんな。村人たちは魔物憑きを広めないために、彼らを生きたまま焼いたわ。」
ルークの目がわずかに揺れる。
「それを知った王家はどうしたと思う? その事実を闇に葬り、私たちの存在そのものを抹消しようとしたのよ!」
リリアーナの声は怒りに震え、彼女の瞳から涙が零れ落ちる。
「だから復讐しているのか。」ルークの声は冷たいが、その目には複雑な感情が浮かんでいる。「それで、どれだけの命を犠牲にした?」
「復讐だけじゃないわ。」リリアーナは鋭い目つきでルークを睨み返す。「魔物憑きに対抗する方法を知りたければ、犠牲が必要なのよ。魔物憑きの触媒は、幼い子供の死体とその遺品。これがなければ解毒薬を作ることすらできない。」
ルークは目を見開いた。「子供の遺品だと?」
リリアーナは苦笑いを浮かべた。「そうよ。己の魔力が定着していない、弱った子どもには魔物の魔力が入り込む余地がある。魔物と融合する直前の子どもを利用することで、解毒薬は作られるの。」
「……狂ってる。」ルークは吐き捨てた。「お前は、それを分かってやっているのか?」
「分かっているわ。」リリアーナは毅然とした声で答える。「そして、私はこの国をこれ以上の苦しみから救うために動いている。あなたたちが私をどう思おうと関係ない。」
沈黙が流れる中、ルークは静かに拳を握りしめた。
「いいだろう。」彼は低い声で言った。
「俺は俺のために、なんとしてもエリナを救う。エリナが悲しむような触媒なんてものに頼らずにな。」
ルークは踵を返し、部屋を去る。その背中を見送りながら、リリアーナは苦々しい表情を浮かべ、再び椅子に腰を下ろした。




